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お釈迦様、
拝金主義と言う言葉がありますね。
お金は豊かに生きていく手段でしかないのにその手段だけをたくさん持つことを喜びにしてしまう。
豊かな生活の中身が全くないからそのたくさんのお金を豪邸を建て、塀をめぐらせ、高額な商品を買って身につけ、高額な食品ばかり食べて満足してしまう。
ただただ利己の満足しか追及しない。
社会の孤児になっていく。
それが拝金主義の末路ではないでしょうか。
拝金主義を排してして生きるには、ホリエモンさんのように「金儲けがなぜ悪い」と居直る様ではいけませんね。
そんな居直る社会的未熟児をマスコミ・政治家たちは追いまわしていたのですからね。
拝金主義の反対側にあるのは人のためにならない仕事はしないという利他精神ではないでしょうか。
利他精神を自己の生き甲斐と確立してただひたすら昨日より今日、今日より明日の自己を確立するのだと自分に言い聞かせることではないでしょうか。
よりよき社会を作ることを自分の生きているその場で実行していくことではないでしょうか。
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最近は、拝金主義は、一部のお金を儲けることが上手い人たちへの憧れが根にあって、それが出来ない人はどうしても拝金主義というよりそれから派生したような拝成果主義になってしまうように感じています。つまり、成果の為なら道徳やモラル、やさしさ、愛までもおろそかにしてしまう。成果の先には地位とお金があるわけですが・・・。
2008/4/6(日) 午後 1:03
[pphotoex]さん、「拝成果主義」は新しい造語の様ですね。うなづけます。しかし、批判している自分自身がいつのまにか批判されなければならない愚を犯さないためにも死ぬまで、日々これ自己反省を繰り返さないといけません。私のような小人は。ありがとうございました。
2008/4/6(日) 午後 6:45 [ chi*ih*ma20*5 ]
僕も同じです。
僕は愚を犯すことは避けられない事と諦め受け入れていますが、それは chirihama2005 さんのような方がいらっしゃることで、省みることができるという安心感を感じているからです。いつの世も希望を感じられる先輩がちゃんと居てくださるのでなんとか人類は残って来たのかもしれないと思うことがあります。本当に有難く感じます。
2008/4/6(日) 午後 11:05
[pphotoex]さん、現代の怖いところは、携帯がはやりすぎて、すべての人が直対応人間になるのではないかということです。
むしろ、電話を切って考えることが大切だと思いますがいかがですか。
2008/4/7(月) 午後 0:58 [ chi*ih*ma20*5 ]
chirihamaさん、
「直対応人間」のイメージが一緒かどうかわかりませんが、携帯の電子メール機能のことをおっしゃられているなら同感です。もし違う場合は記事にしていただけると嬉しいです。
個人的には、携帯電話の電子メール機能は、一人で集中して取り組んだり考えたり本を読んだり、そういった貴重な時間を若者から奪っているように思い心配することがあります。
携帯・電子メール・ゲーム、そしてブログ(笑)。道具としてうまく使わないとデメリットが目だってきますね。道具になってまだ間もないというのもあるかもしれませんが、今現在、色々気になることがあるのは確かです。対面での楽しいコミュニケーションの場が少なくなってしまっていることが問題かもしれません。個人的に塾にはそういった少なくなった対面でのコミュニケーションを楽しめる場所であることも期待するところがあります。余談ですが、ブログでコミュニケーションを楽しむ為にはそれなりの努力が必要に思うので、少し別物かなと思っています。
2008/4/7(月) 午後 10:06