人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

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機械翻訳の到達点

先日、ヤフーの「知恵袋」に次の英文の日本語訳を求める質問が出されました。

I slumped against the cool glass of the booth.

数人の方が回答を寄せていらっしゃいました。その中に機械翻訳を5例集めてくださる方がいました。以下の通りです。お読みください。


1. Yahoo!翻訳で翻訳した場合・・・

「私は、ブースのいかしたガラスに対して沈み込みました」

2. エキサイト翻訳で翻訳した場合・・・

「私はブースのクールなガラスに対して落ち込みました。」

3. nitty翻訳で翻訳した場合・・・

「Iはブースの涼しいグラスに対して落ちました。」

4. グーグル・ライブドア・so-net翻訳で翻訳した場合・・

「クールグラス1杯の急落に対する私のブース」

5. OCN翻訳で翻訳した場合・・・

「私はブースの涼しいガラスに対して急落しました」


これだけ見つけてくださった努力に深く感謝するとともにいわゆる機械翻訳のひどさ・でたらめ性に驚きました。
一体日本の学校の生徒の何年生に当たるでしょうか?
皆さんの判定をお待ちします。


機械翻訳以外に日本語訳の労力を取られた方が他に3人いらっしゃいました。ご本人の同意を得る手段がありませんのでその部分は割愛させてください。ご興味のある方はヤフーの「知恵袋」英語コーナーをみてください。



私の考え方と、日本語訳を載せておきます。

slump は「ドスンと倒れる」

against A で「Aに体を預けて」あるいは「Aに体を押し付けて」

cool glass は「ひんやりするガラス」。「ひんやり」感じたのだから顔をガラスにあてていたのでしょう。

booth は、日常用語では、食堂や、喫茶店の「仕切り席」あるいは、駅などの「売店」、「公衆電話のボックス」が候補に挙がる。ガラスが出てくるから「電話ボックス」ではどうでしょうか。

以上を勘案して英語嫌いな人でもわかる訳にすると。

「私は電話ボックスの中で顔をひんやりするガラスに押し当てながら倒れこんだ」


最近入れたばかりのマイクロソフトのXPのWord2007の翻訳ソフトでWorldLingoを使ってみると

I slumped against the cool glass of the booth.
私はブースの涼しいガラスに対して暴落した。


先の機械翻訳とあまり変わらないようです。
悲しいことにこれがWord2007の標準装備なのです。マイクロソフトさんどうしろと言うのでしょうか。ひたすら心がさびしくなります。

父の死

父は昭和61年に亡くなりました。77歳でした。

 前年の春、庭掃除をしていて、こけて頭にこぶを作りました。こぶのあとに小さな青あざができていつまでも治らないので、近くの皮膚科に行きました。このお医者さん、神戸で病院を経営している私のいとこと親友だったこともあり、丁寧に見てくださいました。組織を医科大の皮膚科に送って下さいました。悪性腫瘍のおそれありとのことで、すぐ入院を勧められました。私は神戸のいとこにすぐ電話して詳しく聞いてもらいました。その結果「黒肉腫」と言う悪性の奇病だと言うことでした。すぐ、入院手続きをして手術の手筈を取りました。

 私は医科大の皮膚科の教授と執刀される助教授の先生に直接お会いして万全の対策をしていただくようお願いしました。

 直接お会いして、納得したのは金沢大学から離れたが、皮膚科としては日本の最先端を行っていると自負していらっしゃることでした。執刀される先生は、日本に4,5例の執刀例しかないので、あまり日本の文献はたよりにならないから、アメリカの大学の資料を取り寄せてそれを研究しつつやることにしていると言ってくださいました。どちらにしてもこの病気は長くて1年持たないと宣告されました。

 家族会議を開いて検討しました。

 決めたことは、3点。

 「あと一年と宣告されていることを父と母両方に隠すこと」

 「奇跡を信じてあらゆる方法を試してみること。医学は進歩したと言っても、現実には医者の判断を越えてがんが治った事例がある以上、そのあらゆる方法を試すこと。丸山ワクチン。富山の奇跡の水。温熱療法。...。」

 「たとえ一年であろうとも、一日でも多く家に帰って普通の生活をするように努めること。抗がん剤も本人の食欲を減退させ、意識を低下させるものを避けてもらい、入院中も散歩し、読書し、思索できること、そして自宅へ帰っての平常生活を一日でも多くすること。生きる最後の最後まで、人間的であってほしい、ということ。人間的尊厳をもった死を迎えよう、とまとめました。」

 この会議で兄と対立したことが一点ありました。
「手術前に教授と担当医の方に挨拶に行って手術を頼む家族の願いを聞いてもらう」と私は提案しました。
 兄は「それは先生に失礼だから、手術後退院時にすべき」と言いました。
 私は現実に起こっている医療過誤の大半は担当医の手術前の心構えの喪失だと思っています。二日酔いであったり寝不足であったりさまざまの要因で医師だって人間だから、満足ではない状態で、人の生死にかかわる大切な手術に臨むことがある。そんなとき悪いことが重なると患者の生死にかかわる重大事が起こる場合がある。
 医療過誤は発生してから後、どれだけ騒いでも遅い、命は絶対に取り返しのつかないものだから。
その対処として我々患者としては、医師の自覚を高めるために、前もって挨拶しておくべきである、と私は思います。
 私は、兄の反対を押し切って習熟直前に教授、担当医、看護師長にあいさつに回りました。

 命にかかわる手術は、たとえ盲腸の手術でも、医師側の最高責任者と担当医、患者側のもっとも理性と見識をもって対処できる責任者が手術の前に合って手術の心の準備をすべきだと思います。

 医療過誤裁判で何億取ろうとも命は帰らないのです。医療過誤を絶対に起こさない方向で最大限努力することが大切だと思います。

 母の85歳の腰の手術をする際には手術直前に担当医の先生によろしくお願いしますと、あいさつに伺いました。私の前立腺の手術のときは、直前に妻に担当医の先生に挨拶に行ってもらいました。

 私は糖尿病宣告されて以来、月一回の通院に妻に一緒に来てもらいます。医師の短い診察時間で言われることを全面的に受け止めるためには、私の判断だけでは私自身が不安だからです。そのおかげで妻はしっかり食餌療法を受け持ってくれて良好な患者というおほめをいただきました。

 妻の検診にも全部付き合って、私も一緒に先生の話を聞きます。

 命にかかわることはあとの祭りは、許されないのではないでしょうか。

 私は金沢へ帰って英語教室を開いたばかりで、一番忙しい時でした。しかし、2度とないこの父の人生を一日でも伸ばすこと、およびその伸ばした一日が、人間として有意義になるようにしてあげなければ、そもそも英語教室を開いて世のため人のためになると言うことも嘘になると思いました。
 自分の対処、創意、工夫、努力のかけ方によっては、よくなるかも知れない身内の不幸を「忙しさ」にかまけて放棄してはいけない。
 父の介護の結果英語の勉強が停滞し教材がたとえ遅れても、それはこの問題を人間的に克服できれば、次の段階でのりこえられるはずだ。人類の進歩と同じで、そのつど生まれる困難を真剣にとらえないで進むと大波乱になってしまうのではないだろうか。人間とは所詮螺旋的にしか進歩できない。

 病気になる前、私は、忙しさにかまけて父と同居はしていても朝食しかともにしていませんでした。塾と言う仕事の関係上夜は家に帰れません。その分昼をともにすることは、やろうと思えばできるのですが、忙しさのあまりやっていませんでした。ある日、父が私の仕事場に顔をのぞかせて「頼むから昼も一緒に食事をしておくれ」と言われました。このときはじめて、今この人にとって生きがいは私との時間を少しでも多くもって対話することなのだ、と理解しました。その後ずっと朝昼食事をともにして、楽しい会話を作るように努力しました。

 入院した後毎週日曜にお弁当を家で作って病室を訪れ父・母・私たち夫婦のピクニックを病室で行いました。本当に父はうれしそうでした。何よりも人との交わりを大切にする父にとってこれほどうれしいことはないようでした。

 手術後、通院治療に切り替えてもらって、早めに家に帰りました。頭の皮を全部剥がれて白い包帯が痛ましいものでした。側頭部から始まった黒い腫瘍はどんどん日ごとに下へ降りてきました。お岩さんのような黒い大斑点が顔を攻めてくる恐ろしい病気でした。顔からのどや首にまで斑点は侵略していました。それでも治ることを信じていた父は一日に何キロも散歩して体力回復に努めていました。治ったら四国のお遍路さんに行くんだ、と口にしつつ。

 「醜い」顔のまま、金沢のおいしいところはどこへも行きました。飲んで、食べて、話して、呵々大笑するのが生きがいの父から楽しい会食の機会を奪うことはできませんでした。ドンドン、ドンドン機会を増やしました。そのたびごとに私が英語教室をやっていることを自慢げに話すのを喜んでいました。温泉にも連れて行きました。すべて平常心で当然治るんだから、何をしてもいいのだと思ってくれること念じていました。その気力で「奇跡」を信じ、丸山ワクチン、富山の奇跡の水、温熱療法、すべてをやってもらいました。

 丸山ワクチンをめぐる医師との交渉、抗がん剤投与、温熱療法、すべて大切な時は一緒に病院まで足を運びました。担当の先生が渋りがちなのをやっていただきました。奇跡なんか起こりっこない、と分かっていても、奇跡が起こるとしたらそれを信じた人だけでしょうから、とおもいつつあきらめきれませんでした。富山の水くみも行きました。

 包帯巻きや注射、ベッドからの立ち上がり、これらすべてにおいての私の妻の介護を、病院の看護師さんよりうまいと言って喜んでくれました。一年半、苦痛であったはずの病院と在宅の介護で笑顔、笑い声が絶えませんでした。本当に人間らしい最後を過ごしてもらいました。

 しかし、1年半後、父は最期の入院後1週間で去りました。
 
 死後二人だけになった父の顔を生まれて初めて私は、手で触りました。まだ温かみのある顔をなでながら2度と口を開かなくなった現実を受けいれることを拒絶していました。どんなにやりつくしても死はつらいものです。「生きている時にできることのすべてをやったと」という気持ちがあってもやっぱり死はつらいのです。絶対に取り戻せないものを失うのですから。

教授、担当医の方々には本当にお世話になりました。こちらの「わがまま」を全部聞いていただいて民間療法、抗がん剤投与の打ち合わせ、温熱療法の金沢大学医学部への依頼。

 先生方への感謝の念は父の病気の進化とともに増しました。死後二十数年、年賀に託して父を大切にしていただいたお礼を今でも欠かさないようにしています。

動詞の変化と活用法

動詞は原形、現在形、三単現、〜ing形、過去形、過去分詞形 と変化します。

   go   go    goes   going   went   gone

(1) 原形は話し手の「願い」を表します。だから命令文、祈願文、要求・提案・命令のthat節の中で使います。

(2) 現在形は目の前に見える現実の姿、そのもの本来の姿を表します。また現在形は現在の習慣も表します。

(3) 〜ing形はbe と結びついて今行っている、あるいはある過去に行っていた進行中の動作を表します。ほかに、分詞、動名詞としてさまざまの役割をします。

(4)過去形は過去の事実を述べます。
しかしここでよく考えてみましょう。過去とはそもそも何でしょう。過去とは「過ぎ去ったと話し手が認識する頭の中の仮の姿です。過去と言う現実が今あるわけではなく、あくまでも頭の中の記憶の中にあるもの」です。
だから、went と発言した時点で「いま述べているのは、今目の前にある現実ではない、過去の出来事の頭の中の記憶の残像です」と表明したことになります。
 しかし、人間の頭の中には、過去の記憶の残像以外に、勝手に想像した姿も浮かび、それが実際に起こったことと同じように頭の中に残ります。この勝手に描いたものを英語では過去の動詞の役割に与えたのです。同じように頭だけのものになっているから同じ形を与えたのです。

だから、動詞の過去形とは、「A:主語の過去の姿」と「B:主語の現実にはない姿」の2面性を持っているのです。

これが、過去の副詞と結合するとき、あるいは話の中で、明らかに過去と分かる文脈の中で使われると、Aの「過去形」としてあらわれ、If節「もし〜ならば」という仮定を述べることを表明した接続詞の後、また、明らかに現在のことを言っていますと言う文脈である It is time S + V という文の中では「話し手が想像した主語の姿」になるのです。

You went to bed at eight last night.
「君は昨日8時に寝たね」 明らかに過去の文

If you went to bed at eight, you could sleep ten hours.
「8時に寝れば、10時間ねれますよ。」 If節の中だから仮定法

It is time you went to bed.
「この時間はあなたが寝たと思っている時間ですよ」→「もう寝る時間ですよ」 現在の文の中に使っているから仮定法。

 過去形の動詞がなぜ仮定法に使われるかの説明です。

(5)過去分詞形は、be + 過去分詞で受動態、have [has, had} + 過去分詞で完了を作ります。

Why sure の正体は何か?

私の使っている研究社のリーダーズプラスには why, sure として「もちろんですとも、いいですとも」と載っています。

Google で次のような文例を見つけました。この場合は、間にコンマなしで「もちろんですとも」があうようです。


DANNY: I say, thirty-seven years ago today, your show first hit the air-waves. Do you remember that first day?
GUY: First day? Why sure, Larry. I remember it like it was my first day.

[考察]

アメリカから帰るといつも思ったのは、「何とアメリカ人は 'Yeah' と 'Sure' を多用する人々だろうか」、ということです。

 今もYeah, Sure の二つの音が耳から離れません。

  そしてまた、 'Why' を感嘆詞としてよく使います。

  だから、このWhy, Sure2つが並列して出てきても何の不思議もないようです。ちなみに上の文例が載っている文の数行あとにまた Why sure が載っています。

 私たち日本人が想像する以上に使うようです。

 ただし、英辞郎には why sure はありませんでした。極めて残念です。

第一文型と第二文型

簡単な見分け方、

第一文型:S+V

第二文型:S+V+C:Cは「補語」で「主語の説明になる語」と考えてください。S=Cが成り立ちます。これはとっても大切な見方なのでしっかり覚えておいてください。

I am Taro. S=C I am young. S=C

ですから、動詞の後に補語になる名詞か形容詞が来ていたら、第二文型です。

それに対して、第一文型も動詞の後にいろいろ文が続くことがあります。その見分け方は、副詞と前置詞+名詞(代名詞)がきていたら修飾語として捨てますから、問題なく第一文型と見ていいのです。ただしここで問題が2つ発生します。

(1)名詞と副詞の両方の意味がある単語はどちらに使われているか見抜かなければならない。
例えばtoday, yesterday, tomorrow, home, next day, this morning
これらの単語・句は動詞の後に来るとほぼ間違いなく副詞として使われるので第一文型と見て間違いありません。

I came home early yesterday, home, early, yesterday 全部副詞で第一文型


(2)前置詞+名詞(代名詞)が数は多くないのですが、補語になって第二文型を作る場合があります。

of use = useful, of interest = interesting, of importnce = important など

This book is of interest. of interest = ineresting S=C


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