人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

社会評論

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  今のようには母に手がかからなかったころ毎年年末から正月に1週間のアメリカ訪問を英語の研鑚と英語の図書の購入のために13年間続けました。

  そのころハグは全くはやっていませんでした。新年を迎えると1月1日0秒を期し周り中の人々があらゆる人に Happy New Year! を叫びます。とても気持ちのいい風習でした。一緒になって私たち夫婦もやっていました。

  でもhugは一度も経験しませんでした。白人・黒人・アラブ人・メキシコ人・ブラジル人・韓国人・中国人あらゆる人と挨拶を交わしましたがhug は経験しませんでした。


  多分最近の流行でしょう。旧共産圏の崩壊、9・11以後のテロ社会がもたらした現象ではないでしょうか。



  この背景に確実にあるのは世界中に燎原の火のように広がってしまった不安感です。

 

  20世紀は宗教と民族問題は解決したものと一般に思われていました。



  世界の政治史は近代国家の証を宗教からの自立においていました。言葉を代えて言えば王制と宗教国家からの自立が中世と近世を分ける試金石でありました。

  ある宗教が国教になるとそれ以外の宗教を信じる人、無宗教の人は迫害されるに決まっています。アメリカ移住の歴史は,すなわちアメリカ建国の歴史は,世界的信教の自由の歴史であり,人類史が長年の汗と血であがなって獲得してきたものです。宗教からの独立は人類の最も大切な財産の1つです。世界中の政治史の歴史に書いてある。そう信じていました。

  1979年にイラン国家の成立を見ました。私はこの事実を受け止められずに,「なぜ?そんな馬鹿な!」「一体人類はどこへいってしまうのだ?」と煩悶したのを今でも鮮明に覚えています。

  1980年のユーゴスラビアのチトー大統領の死を契機に劇的変化が起きます。ユーゴは戦後「民族融和」の歴史的見本でありました。私なんか単純にユーゴスラビアを民族対立が理性で融和を勝ち取った1つの良い見本と思っていました。それが四分五裂どころか6っつに分かれてしまいました。そして民族対立は世界中に起き,戦う武器が高度化し、敵対勢力の肉体的抹殺という最も野蛮な方法に回帰してしまっています。

  今や自爆テロが日常語になっています。

  旧共産圏の崩壊によってマルクス主義はもはや未来社会に向けた哲学・理論ではなくなりました。これは単に旧共産圏内部での哲学・理論の喪失ではなく資本主義内部での反政権勢力にとっても同じことでした。世界が哲学と理論を喪失した時代、それが現代です。



  マルクス主義と無神論者がその哲学的理論的構築を放棄するとキリスト教,イスラム教の宗教勢力が勢いを増し,民族主義者が目覚め民族独立運動を果敢に戦い出しました。



  両者とも武器を持ってたちあがりました。



  2001年、アフガニスタンに集結したタリバンとアルカイダのイスラム原理主義者は9・11同時多発テロとして現代における宗教戦争を最も過激な形で敢行しました。



  現代文明の繁栄の象徴としての貿易センタービル2棟の崩壊を実写として見せつけられた全世界の大衆は言語を絶する不安感を心の最深部に刻み込みました。



  9・11によって決定的な不安感を持つようになったのではないでしょうか。どんな宗教を信じても解消できない不安感に浸っています。

 

  しかしそれを克服する思想と哲学・理論はまだできていません。



  その不安感を解消するには肉体的接触でしょう。相手の体のぬくもりと心臓の鼓動を確かめることで生きていることの確信を得たいのではないでしょうか。



  キリスト教を信じ、イスラム教でアラーを信じている観念論者が肉体的接触で相手を確認しないと不安なのはおかしな現象です。これも唯物論が正しい1つの証明になるのではないでしょうか。

 

  これが私の考察です。これからこれが正しいかどうかインターネットを探ります。



  日本語版ウィキペディアが、簡潔に歴史をまとめてくれています。



  2001年、アメリカのジェイソン・ハンターJason Hunterが母親の死後「FREE HUGS」と書かれたプレートを持ってマイアミの海岸を歩いたのが起源だとされている。

  その後、2004年にはオーストラリアのホアン・マンJuan Mannが同じように「FREE HUGS」と書かれたプレートを持って街を歩く姿をビデオに記録しYouTubeに投稿したことで世界中にフリーハグズの運動が広まった。

(「フリー・ハグズ」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)



  ジェイソン・ハンターのお母さんがなくなったのは5月11日で9・11の4ヶ月前です。そしてその直後にハンター君はマイアミ海岸をFree Hugs と言う看板を持って歩いたらしい。

  時間的には9・11より早いが世界的に受け入れられたのはやはり現代を覆い尽くしているこの世界的不安感ではないでしょうか。



  私の「葉っぱ宣言」も言ってみれば指針なき世界での私なりの不安感の解決だと分かりました。



  どちらが優れているとか言う問題ではないと思います。



  確かなことはこの時代の不安感を克服するには「葉っぱ宣言」はぜひ必要だと言う確信をえました。

多読=速読の害

  

  私はどうしても速読ができない。

 読めない言葉が出てくると落ち着かなくてどうしても辞書を引くことが多くなる。

 大山と出てきたら「おおやま」か「だいせん」か「だいさん」なのか分からないと落ちつかない。

 ルビーと出てきたら「赤い色か」「青い色か」「白い色か」確かめないと座りごこちが悪い。

 「我輩は猫である」を読むと考え込む。どうしてこのくしゃみ先生は金田家の奥さんの鼻ばっかりあげつらうのだろう。明治時代の知識人とはかくも庶民に横柄なものなのかと思う。
 人が持って生まれた特性のうち自分の努力でどうにもならないことに何度も何度も言及することが鼻につきだす。
 漱石の美的感覚・不美人ナ人への思いやりのなさに腹が立ち出す。
 実業家への不当なまでの八つ当たりについに本を投げ出す。
 「我輩は猫である」を何度手にしたことがあるだろうか。毎回毎回我慢して読もうとしても最後まで行かず仕舞い。「坊ちゃん」「心」「門」「三四郎」と漱石の主な著作は読んだが途中に投げ出すことはなかった。

 気に入ったところを何度も何度も声に出して読んでみたい。

 読書は遅々として進まない。

 私の考えと違うところが出てくると、著者との対決が始まる。考えることを行間に書いていく。

 これをやらないと読んだ事が自分の身につかないようである。

 1960年代にアメリカのケネディ大統領が速読術で大量の書物を読んで情報を処理していることが華々しく報道され、速読術が世界中を席巻した。

 いろいろ速読術をやってみた。目を左から右に走らすだけで顔を動かすな。声をだすな。時計で測って速く読め。どれも定着しない。

 結局自分の速度でゆっくりしか読めない自分にもどっていた。

 高校時代読んだ「罪と罰」によって課せられた人類の課題「人はなぜ社会の悪人でも殺してはいけないのか」に自分なりの結論を出すのに3年以上かかった。金沢から東京まで持ち越した宿題だった。

  「人は誰でも過ちを犯すものである。犯した過ちが過ちとして自覚できてその過ちを克服できるには人によってかかる時間は違う。しかしいずれにしても、生きつづけることによってのみ過ちからの自己解放は達成される」

 「しかし、光市の母子殺人事件の犯人のように殺される側に全くの落ち度がないのに殺しを実行する残忍な殺人者には死刑を私は容認せざるを得ない。」「いたいけない子供を折檻死させてしまう母親、父親が数年の懲役で許されるのにはどうしても納得できない」

 速読術をマスターしたといって高らかに宣伝する人に私は常に劣等感を持ってきた。自分の頭の悪さに引け目を感じてきた。

 「国家の品格」を読んで私は速読=多読の効用に疑いを持つようになった。筆者の論理の支離滅裂、結論の出し方のでたらめに接して、頭のいい人の中にもひどい人がいることが分かった。

 「国家の品格」で高く評価されている「武士道」を読んで、新渡戸稲造氏という人は、全く自説を持たない他人のさまざまな説を説明しているものにすぎないことが分かった。

 あまりのひどさにあきれてこの人の本職は何だったかと思い、彼の「農業本論」を古本屋で取り寄せたが、難解で挫折。ところが「武士道」のほぼ20年後の彼の評論(「修養」タチバナ教養文庫)を読んで驚きあきれた。

  多読の害として、(1)目を悪くした。(2)乱読したので頭脳が粗雑に流れて、緻密を欠くようになった。(3)種種の説のを見たので、自分の定説がなくなった。 (「修養」268ページ)

  ここに表されている新渡戸稲造氏の見解はかなり正直に心情を吐露したものとして私は高く評価したい。


  ちなみに 更に、「修養」を読み進めると、396、,397ページに武士道の自殺を「死は軽い」「生は重い」として完全否定している。

  つらいのは前の多読の三つの害説をどう読んだらいいかである。

  この多読の三つの害説がまだ生きているならば、この『修養」も「粗雑で緻密性を欠いた頭が書いた定説なき男の世迷い事」となり。

  多読の害を克服した人としてみるならば、これはまさに正論で、「武士道」を世迷い事としてすてて、多読を止めて熟読・遅毒に勤めるべきである。

  もちろん私は後者が大賛成である。

バリアフリーの家

  平成元年に家を建てたました。

  夫婦とも45歳。終の棲家となることは確実。2人が人生をまっとうできる家でなければならない。30年後の75歳から90歳まで生きても快適な家とはどんなものだろう、と考えました。


  私たち夫婦には子供がいません。


  二人が老いて体の自由を失ってもお互いに人間の尊厳を失わずに生きるとはどういうことだろうかと考えました。


  五体が満足に越したことはないが人間いつ事故に遭うか分かりません。いつ難病に襲われるか分かりません。


  自分が交通事故に遭うか、難病に遭って車椅子生活を余儀なくされたとき、まずバリアフリーの家のことを考える財政的・精神的余裕が生まれるだろうかと思ったとき恐ろしくなりました。万が一そんな不幸に出会ったときにはきっと気の小さい私は、自分の前途を嘆き、生きるそのことに苦労するに決まっている。とてもバリアフリーの家に立て替えたりする余裕があることなんか考えられませんでした。


  当時はニューヨークに年1回行って英語文化の吸収と語学力の研鑚を行っていました。ニューヨーク、東京、金沢どこを歩いても見本とする建築物はありませんでした。
特に専門家と思われる病院・診療所に注目を払いました。でもマイナスの教訓しかありませんでした。
すべては老後の生活、不幸に出会ったときの生活を想定した生活者の視点を第1に考えることにしました。
  完全バリアフリーの家を建築屋さんにお願いすることに夫婦の考えは完全に一致しました。


  そのとき新しい夢が生まれました。
  どんな障害者の人とお友達になっても我が家へご招待できる家を建てたいと強く思うようになりました。


  母(当時75歳)との同居が始まりました。
  まだまだ足腰も頭もしっかりしていました。
  新聞のチラシ広告で新築の家と比較するのが楽しみになりました。
  事あるごとに言っていました。
  「どこの家と比べてもこの家が最高だね」

  10年後腰が弱り市立病院に入院となりました。母の希望を入れて特別室を頼みました。室内にバス・トイレつき。ところが15センチの段差があり、歩行器を押してしか自力で歩けなくなっていた母には遠い廊下の向こうにあるトイレまで行かなければならなくなりました。
金沢市立病院は私の家と同じ年に建設されました。私の教室の窓から見える巨大な建築物に圧倒されながら毎日眺めていました。私の家の惨めなほどの小ささに気が滅入ることが何度もありました。

  我が家の2階にバス・トイレのユニットを取り付けることになりました。ところが建築屋さんはどうしても段差ができると言うのです。新築の家でありえないことです。それなら1階の天井と2階の床の間隔を広げればいいだけ。譲りませんでした。貧しい我が家にできたことが巨額の私たちの血税を使ってできた特別病室にできていないことに絶望と深い憤りを抑えることができませんでした。

  専門家が信用できないことを平然と専門家ずらをしてやってしまうのだということがしっかり分かりました。

ギョーザ問題によせて

  <ギョーザへの恋文>

  子供のころ,母の手作りの水ギョーザは、すき焼きに次ぐ我が家のごちそうであった。

  魚は新鮮この上ないものを、ほぼ毎日食べていた。
  我が家は3月から6月にかけて,親戚が経営するいわし漁の基地になった。いわしを始めとするあらゆる魚が浜から直行して食卓にのぼった。どんな魚でも刺身にできた。焼き魚も新鮮であればあるほどおいしい。いわしの団子汁は決まって私のおはこ。いつでも私がすりこぎを握った。  
  地引網の季節になると,我が家の横の道が網の引き上げ地点への一番の近道。行商のおばさんがあがったばかりの鯵(あじ),鰈(かれい),小鯛(こだい),キスなどの「高級魚」をおしげもなく最安値で最初にお披露目していってくれた。トレトレのキトキトの魚がいつでも食卓を潤していた。
  
  野菜はほぼすべて自家製。家族総出の日曜の野良仕事でまかなっていた。
  大根・じゃがいも・サツマイモ・きゅうり・トマト・なす・とうもろこし・西瓜(すいか)・うり・トーモロコシ・えんどう豆、いちご・ピーナッツ。あらゆる野菜栽培に挑戦していた。
  
  山羊を1頭飼い毎日牛乳ビンで5,6本ほどの乳を家族で消費。,鶏を20羽ほど飼っていて卵はいつでも豊富にあった。

  中3の受験期を除いて小学校5年から高校2年まで日曜に遊んだ記憶がない。いつでも畑仕事の手伝いが否応なく入ってきた。山羊と鶏の世話は早朝から夜まで365日全面的に私に回ってきた。新鮮で豊富な野菜は家族労働に依存して自給自足していた。中・高の6年間部活動を許されなかった。

  牛肉・豚肉だけは我が家の食卓に上る機会はほとんどなかった。

  牛肉・豚肉を食べたい、が私の執念・怨念になっていた。

  この牛肉と豚肉に思いっきり出会える儀式が、我が家ではすき焼きと水ギョ−ザだった。

  といっても口にできるのは、すき焼きも水ギョーザもせいぜい年に1,2回。

  母が小麦粉をこねる。大きなお饅頭のようなかたまりができる。また伸ばして小さな角切りのさいころができる。一つ一つをめん棒で丸く伸ばしていく。手品でも見るように羨望の目で,皮作りから始まるギョーザの作業行程をながめていた。ひき肉がたっぷり入った具が一つ一つつめられ,おなかが膨らんだ三日月がきちんとまな板のうえに並べられる。あとは父の帰宅を待ってだしの入った熱いつゆであっためる。

  熱いつゆから発する湯気で両ほおをあっためながら,熱い熱いと思いつつ箸でつまみあげギョーザを口の中でころばせる。ころがるひき肉を歯で受け止めると豚の味が口いっぱいに広がる。いつまでも忘れられない豊かな満ち足りた感情が全身を走る。
  「フー,アチチ」
  そんなギョーザが好きなだけ食べられる。手作りだから出来る特権。
  ギョーザの日はうきうきした気分になったものだ。

  <肉なしギョーザ>

  東京の地下鉄の車掌を5年間やっていたころ,朝の一番の乗務は11時過ぎに昼食休憩に入る。西馬込乗務区の近辺の食堂はまだ客を迎える準備ができていない。いつも行き付けの中華料理屋。昔かたぎの口下手ないかついおじさんが主人。気難しそうだがどことなく人好きのするおじさんだった。暗黙の了解があって乗務員は暖簾が中にあってもどかどか入って行って料理を注文する。向こうも手馴れたもので手早く作ってくれる。乗務員は1分1秒の勝負であることを良く分かってくれている。

  ある日おじさんを先頭に一家でギョーザをくるんでいる。
  お袋のギョーザ作りと二重写しになってついつい近づいて,具がいっぱい入ったボールを覗き込む。  あんまり驚いたので,声が勝手に口から暴走してすっとんきょうな大声に変わっていた。
  「あれ,おじさんこのギョーザ肉が入ってないよ」

  おじさんもすかさずきり返す。

  「肉をたくさん入れて,商売が成り立つか」

  流れた空気はしらけ1色。沈黙のまま肉野菜炒めを詰め込んで運転手さんと店をあとにする。

  ぼくの大好きなギョーザがひどい仕打ちを受けて,情けなく,悲しく,裏切られたようで,それ以来東京のギョーザは食べないことにしていた。

  地方へ行ってもギョーザは苦手だ。でもラーメンを頼んでもう少し栄養をつけたいとなるとどうしてもギョーザに手が出る。いつでも肉の少なさに絶望したまま店を退散する。

  妻の作ってくれるギョーザは天下一品。ひき肉がたっぷり。私のギョーザへの思い入れを十分に組み込んだ一品にしあがっている。
  子供のときのようにうきうきした気分を味わえる。

  <料理とは?>

  そもそも料理つくりは素材選びから始まる。
  素材選択の中に料理人の知恵が試される。
  農業・牧畜生産者の人間的営為と善意を感じるもの、流通業者の苦労と努力,消費者への思いやりを感じるものを選び抜くことが要請されている。
  いい素材にくわえて、おいしいものを食べてもらいたいという料理人の食べる人への愛情が加わるとき料理は,結果の出来,不出来は別にしておいしいと思えるものに変質する。

  食べる側のおいしさに変える努力は間食しないこと。昔から洋の東西を問わず人類が共有する生きる知恵は「空腹にまずいものなし」(Hunger is the best sauce. この言葉はソクラテスだそうです)

  毎日毎日,愛情をたっぷりまぶして料理を作っている主婦の料理は,長年月のうちに,掛け値なくおいしいものに向上する。
  離婚を繰り返している人,夫婦喧嘩に明け暮れる人には終生理解できない人生の妙味である。

  料理の味は,生産者,流通業者,料理人の3者の人間的営為と善意が融合・合体して始めておいしくなる。その主導権を握っているのは料理人である。料理人の行動原理は食べる人への愛情先行の,うまさの追及である。
  料理店の料理人の愛情は不特定多数の人々に向けられることが多い。お得意客が増えると愛情の対象が頭に浮かび料理作りの喜びも具体的な側面が増えてくる。
  家庭料理の料理人の愛情の対象は特定の一人ないし数人である。伴侶は結婚後の全生涯に渡る期間、子供は成長して巣離れするまでの期間愛情の対象になる。どちらにしろ料理人にとっては安さの追求は,大切な要素ではあるが二の次,三の次である。だから家庭料理はまず安心して食べられる。

<冷凍食品とは?>

  冷凍食品、チルド食品,スーパーのお惣菜(デリカテッセン)ほど便利なものはない。家庭の料理人の手を煩わすことなくそれなりにおいしいものを,ほどよい値段で提供してくれる。
しかしこの便利さが怖いところでもある。
  料理作りの主導権を生産者または流通業者にゆだねてしまう。家庭の料理人には全くほとんど工夫と努力の余地がのこされていない。愛情のまぶしようがない。

  冷凍食品販売者の行動原理は「おいしさ」の先に「安さ」がくることが多い。
  愛情ではなく利潤の追求が行きすぎると、「おいしさ」があやしくなるだけでなく「安全」さえ犠牲にすることがある。

  1955年に発生した森永ヒ素ミルク中毒事件は、乳製品の溶解度を高めるために、安価であるという理由で工業用のヒ素を触媒にして作られた化合物を粉ミルクに添加しておこったもの。1956年当時の厚生省の発表によると、ヒ素の摂取による中毒症状(神経障害、臓器障害など)が出た被害者の数は、12,344人。死亡者130名。
  日本で起こった戦後最悪の食中毒事件の発端は「安さ」の追求が根本原因であることを見逃してはならない。

  今回のメタミドホスも中国では禁止されているが「安さ」のため実際には農薬として使われているという記事も出ている。

  JTさん、生協さん、なぜ生産工場が中国でなければならないのですか。

  「おいしさ」を求めて中国まで行ったのですか。
  「安全」を求めて中国まで行ったのですか。

  <ギョーザ問題の真の教訓とは?>

  わたしが生協活動に入って最初の大仕事は酪農組合から提起された牛乳値上げへの対処だった。わたしは酪農組合からの農家の窮状を聞き、値上げやむなしの結論に至った。東京地区は私の決断が大きく左右して値上げを認めた。
  ところが関西の活動はすごかった。京大,同志社大,大阪府立大の活動家を中心に学生を組織して酪農組合にデモをかけ、値上げ阻止を勝ち取る。その直後の大学生協連の全国大会で,関西の活動家はこの成果を華々しく宣伝。東京はしょんぼり。
  関西のこの運動を先頭に立って指導したのが赤軍を作って武装闘争に走った塩見孝也氏と連合赤軍の森恒夫氏であった。

  酪農家の窮状に目をつぶり、一方的な要求の強要は,他人の不幸に乗った利益の追求にしか思えず、私にはどうしても理解できなかった。
  「牛乳を値上げしてもらわなければ,農家の生活が維持できません」と訴えられたとき、「あなたたちの生活なんかどうでもいい。学生の生活さえ安定すれば」と値上げ要求を拒否していて,安心して牛乳が飲めますか?
  適度に冷やされた牛乳を飲むときに,喉元を通る心地よい爽快感を、酪農家の笑顔、誇り、将来にかける目の輝きも同時に飲み込んでほしいのです。
  学生だけの一方的要求をつきつけて後は知らぬ存ぜぬでは、酪農家の怒り・憎しみ,屈辱・挫折感、未来への絶望・虚無感を飲み込んでしまうことになりませんか。

  家電製品や衣類と違い食品は直接人間の命と結びつく問題をはらんでいます。どんな製品でも生産者の努力・工夫には尊敬をはらわなければなりません。食品を製造する方々には人間の命を預かるという一段と高い責任感と緊張関係をもってもらわなければなりません。一段と高い道徳性と能力をもってもらわなければなりません。
  ともすれば「安さ」の走りがちな消費者の目を覚ましてあげることがJTおよび生協の流通業者のもう一つ大切な仕事ではないでしょうか。

  今回のギョーザの冷凍食品を中国に求めた行動原理は,「食の安全」と「うまさ」を後回しにして「安さ」を追求した結果ではないでしょうか。

  そこには人間の命の軽視があります。地球46億年の歴史の中で2度と生まれてこれない,一回きりの、最も貴重な人間の命を守りきるという使命感があまりにも弱くはないでしょうか
  あの苦々しい,森永乳業ヒ素中毒事件、雪印乳業の中毒事件から何を学ばれたのですか。厚生労働省の人類史上最も恥ずべき血友病患者の見殺し、C型肝炎の患者の苦しみから何を掴み取られたのですか。
,
  JTさん、生協さん、あなたがたは、日本でギョーザ工場を見つけるべきである。日本においてすら,食の安全はすこぶるあやしい。日本より社会的に安定していない中国に食品の最終的完成品を作る工場を求めた行為が人命軽視としてせめられるべきある。
  小泉元首相が靖国問題で中国との政治的関係を極端に緊張させ,反日感情が高まるのにまかせた。その後まだ安定しているとは決して言えない。

  JTさん、生協さん、あなた方が依託したギョーザ製作会社は,労働者の賃金が極度の低賃金のうえに過酷な労働条件だと漏れ出しています。あたかも明治時代の「女工哀史」を思い起こさせる惨状です。

  JTさん、生協さん、あなた方の「食の安全」と「うまさ」を犠牲にした,「安さ」の追求は,中国でも悲劇を拡大再生産しているのではないでしょうか。

  追記:2月11日にギョーザをスーパー、アルコから全9種類購入して試食しています。味の素,日本ハム,紀文,福屋食品,神宮食品それぞれが工夫をこらし、それなりの味を出しています。
  やっぱり手作りが一番です。「安心」と「家族愛」は買えないのです。

  1. LLP(limited liabilities partnership) 2005年に経済産業省が「有限責任事業組合」として法律化した言葉。新年にもらった名刺に「LLP]がそのまま使われていました。もう人口に膾炙される言葉となったようです。ちょっと寂しい。

  2. 「取れる」の「生産される」という意味。「言泉」(小学館発行,昭和61-1986)には載っている。「君はどこで取れたの」「鳥取の田舎者です」ぐらいは誰でも使うもの。

  3. 「アバター」:avatar:ブログ等に使う自分自身のキャラクター。ここれもインターネットやっている高校生なら誰でも知っている。

  4. 公務士(こうむし):用務員の別称。これは石川県金沢市の市条例で規定した用語。調べると「校務員」(石川県小松市)、「用務員」(石川県羽咋市教育委員会)。自分の教える子供たちに日本国全体に通ずる言葉を与えなければならないと責任がまったく考えられない。教育公務員の「偽に連なる人々の一例。

  5. 限界集落:65歳以上の老人が半数以上を占め,部落として生活の再生産が不可能になり消滅に向かう部落。長野大学教授大野晃氏が1991年に提唱。郊外型ショッピングセンターとスーパーの進出で都市は空洞化,砂漠化するに任せ,他県の資本が全ての購買力を奪い去っていく構造を商業奨励,そのための道路建設を都市計画というなのもとに強行している。今や社会破壊、人間破壊は極限にきている。こういう大切な語が抜けたのは返す返すも残念。

  6. 「あにはからんや」:「どうしてそんなことを考えようか,考えもしない。意外にも」。「あにはからんや、生きて再び会おうとは」 excite 辞書

  7. 痛み入る:「恐縮する。恐れ入る」。「あなたのご親切には痛み入ります」 「言泉」小学館

  8. まっとうする (全うする)(他サ変) (「全くする」の転) 欠けることなく完全にする 完全に果たす 「責任(天寿)を全うする」 

  9./10. (西村一朗氏は減災,減築を載せていらっしゃいました。

なお,それぞれの『ウィキペディア(Wikipedia)』の定義を転載しておきます。

減災(げんさい)とは、災害時において発生し得る被害を最小化するための取り組みである。防災が被害を出さない取り組みであるのに対して、減災とはあらかじめ被害の発生を想定した上で、その被害を低減させていこうとするものである

減築とは、同一棟内の床面積を減らして改修する手法。増築の反対。増築のように床面積に価値を求めるのではなく、減築によって得られる環境の改善に価値を求めるものである。したがって、建物の総重量の軽減による耐震性能の向上、光・通風環境の改善、機能変更に重点をおいて改修が行なわれる。また、減築と同時に新たな設備の付加、構造上不利な部分の耐震補強など最低限の補強をすることが重要であり、技術と既存建物の問題点を的確にすり合わせることが必要である。

  11. へたれ:情けなかったり臆病だったりすること。また、その人。もとは関西方言。語源は「へたる」という動詞の名詞化であって、「屁垂れ」ではない。(「はてなダイアリー」さんより)
  
  大阪の落語界において前座のことを指す隠語。掛け持ちもせずに一軒の寄席に「へたって(座り込んで)」いることから言う

 一人前でない芸人を指す楽屋言葉。「屁垂れ」と書く 「ウィキペディア」さんより

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