人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

地球への遺書

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司馬遷

私が最も尊敬する歴史上の人物は、史記を書いて司馬遷です。

司馬遷は友人をかばって宮刑にされます。

当時中国では親からもらった体を傷つけることは最大の親不幸と思われていました。

そしてわが身の情けなさを嘆いて司馬遷は自殺を思い立ちます。

しかし、その時はたと考えます。

生涯かけてやってきた中国史4千年の歴史を誰が完成するのか。

自分しか、いないことに気付きます。

そして恥を忍んで生きる決意をして史記を完成させます。

しかし子供たちに史記の発表を禁じます。

当時の皇帝の武帝の批判があったからです。

それが公になると司馬遷の一族郎党が絶滅させられる危険があるから、自分の死後750年の間発行を禁じます。

司馬遷は自分の死後700年以上たっても自分の仕事は世の中の人tに評価されると思っていたのです。

これほど構想力の大きな人を私は人類史上知りません。。

夜汽車で考えたこと

私が大学生になったのは1963年でした。

 東京の早稲田大学に合格して勇(いさ)んで上京しました。母親からもらった13万5千円の年間授業料と1か月分の生活費1万5千円をもって夜汽車に乗りました。
 
 洋々たる未来が切り開かれているようで楽しい大学生活をいろいろ夢見ていました。たくさん友達を作って授業にまじめに出て優秀な学生になること、そしてこの社会の変革のためには貧しい人、困っている人には温かい手を差し伸べる決意を固くして、希望に燃えていました。

 ところが、そこではたと気がついたことがあります。今4月の生活費を1万5千円を持っているけれども、来月はどうなるのだろう。母との約束は必要額の7千5百円は送るがそれ以外は自分でバイトを見つけて、やりくりすること、になっていました。

4月分のこの1万5千円を使ってしまうと5月からの生活費はどうなるのだろう。5月に必要な生活費は、4月中にバイトで稼がないといけないのだ。

この時点で4月からの楽しい東京生活の夢は完全に消えました。4月から目いっぱい働いて7千5百円稼がないと5月を迎えられないのです。


4月から始まる単位登録と新入生同士の楽しい交換どころか、アルバイトを何が何でも見つけてすぐに就労しなければならなかったのです。

劉君が欲しがっている月額7万円のほぼ10分の1の7千5百円がバイトで稼がなければならない額でした。必死に当たりました。最初にやったバイトが食堂のボーイでした。時間給70円でした。6時から9時まで働きづめで帰ると、下宿で寝ることしか頭にありませんでした。これを週3回では足りないので、他に2件のバイトをしていました。食堂のボーイの仕事は立ち通しで休む間がない上に、年下の中卒の女の子に顎(あご)で使われるのが参りました。大学からずっと離れた所まで往復するのに疲れました。何が何でも大学の近くでバイトを見つけたかった。そこに目に入ったのが生活協同組合の組織部員募集の張り紙でした。何が何でもここに合格するんだという覚悟で面接試験に臨みました。その時試験官だったのが広田君です。私の戦術が実って12中4人の中にもぐりこんで採用されました。それから少しはましな大学生活が送れるようになったのです。

 日本の高度成長が始まったばかりで本当にまだ貧しい時代でした。私の生活費は1日100円でした。朝30円。昼20円。夜50円で済ます計画を立てました。

 劉光君。私の学生時代から比べると、ずっと私の方がずっと貧しかったように思います。私は東京の友人をどんどん作っていきました。日本人の友人を学校でつくりましょう。中国人ではなく、ほかの国から来ている人ではなく、日本人の友人を作るように金のかからないサークルにどんどん入って、金を使わずに友人の輪を作りましょう。積極的に、中国語を日本人に教えて君も日本語を勉強するのです。どんどん前へ、へこたれずに、どんどん前に。

 

私の名前

  私の名前は靖志(やすし)です。

この靖は靖国神社からとったことはほぼ間違いありません。私は昭和17年生まれです。昭和16年に太平洋戦争に突入して父は私をお国にささげるつもりでこの名前を付けたようです。

中学2年生の頃漢和辞典で靖は「しずめおさめる。安んずる」という意味があることを知りました。

今手元にある漢和辞典でこの字を調べると、

音読み:セイ、ジョウ;訓読み:やすんじる

熟語を拾ってみると

靖辺(せいへん)を「国境をよく治めること」。

靖乱(せいらん)を「天下の乱れをしずめる」。

靖兵(せいへい)を「戦争をやめる」。

靖国(せいこく)を「国を安らかに治める」。

靖国は左伝にのっているとかいてありますので、紀元前300年か700年の書物に出てくる言葉です。とても古くから中国で使われていた言葉ですね。

これを明治時代に徳川幕府を倒した戦いにはじまる戦争で死んでいった人を祭る神社の名前につけたのです。

未来社会の展望

  ブログを通じてできた友人から以下の問題提起を受けました。



「日本がこの先、戦争をしない覚悟をする為には、それと同時に他国に滅ぼされても致し方ないという覚悟も必要になると思います。現在は後者の「滅ぼされても致し方ない」という覚悟はなく「滅ぼされてはならない」という前提でいるが故、軍事を考え戦力を持つことになると思います。ただこの「滅ぼされても致し方ない」という覚悟は本当に難しく、個人レベルで考えると「もし家族が知らない人に殺された時それを致し方ないと考えれるか?」という問いもYESと答えれなくてはならずさらにこれが国民全体の大多数の哲学になる必要もあるように考えています。この考えが現実的でないなら他の考えを見つけなければなりませんが、僕にはまだ他の考えが見えていません」



「戦争をしない覚悟をする」と言う事は従来の考えと全く違う地平で提起していることを押さえていただきたい。

「戦争をしなくてよい政治的・経済的・社会的・文化的なすべての諸条件を作り上げる」ことを前提にしています。

そのためには、まずマルクス主義の階級闘争史観を捨てなければなりません。
   
マルクス主義の暴力革命論を捨てなければなりません。

鉄砲から政権を生んではいけないのです。

鉄砲から政権を生んだ人々は自分の生まれの弱さを色濃く残しています。暴力によって自己の権力維持の原動力にしようとして軍事力の強化を最重要課題にします。

それが現在の中国のすさまじい国防力の拡大と、自己の路線に疑義を呈するものへの残虐な鎮圧行為です。天安門事件およびチベットへの軍事介入がその例証です。

暴力で権力をつかんだものは暴力の連鎖による社会の劣悪化を促進していくのです。

マルクス主義は資本家階級を打倒したあと労働者階級による独裁政治を提起しました。プロレタリア独裁です。このプロレタリア独裁をソ連・東欧諸国は「共産党による1党独裁」に変質させました。一旦共産党に入ってその権力構造の中で中枢を占めるとその権力者は他の批判を一切圧殺しつつ政治を行う暗黒政治を実行しました。これがスターリン主義の実態です。官僚主義が横行する無残な社会になってしまいました。

官僚主義の本質は一旦掴み取った地位と権力を国民の幸せのために使うのではなく、自分の幸せ、あるいは自分の仲間だけの幸せのために使う行政のやりかたである。資本主義社会でも官僚主義は横行するが、資本主義社会は三権分立と民主主義による政治権力の交替が保証されているため、その横行はある程度は止められるし、共産主義政権ほどひどくはならない。そのうえ言論の自由が社会の根幹にあるので風通しをよくする作用はある。

 「滅ぼされても致し方ない」という覚悟は全くする必要はないし、してはいけないのです。

「滅ぼしてはいけない」し「滅ぼされてもいけないのです」

新たな社会に両者が高まるのです。

それが私の言う未来社会です。

「滅ぼす」「滅ぼされる」の関係で国際関係を見るのではなく、お互いが相手の幸せを考える新たなる政治・経済・社会・文化の組織に自己を高めるのです。

そしてその高まった組織としての個々の国が地域的連帯の輪を広げ規模を拡大していくのです。

具体的な構想としてはEUが発展して1つの国家に昇格することを思い描いてはどうでしょうか。

勿論現状のEUはまだまだ自己変革を遂げる必要があります。

現状では「滅ぼす」「滅ぼされる」の関係で見ている国家の外交関係を相手の成長を願い合う関係に止揚していくことです。

マルクス主義の労働者階級による資本家階級の打倒ではなく、両者が新しい制度に高まるのだと考えてください。

   そしてその社会の倫理観の原点が「葉っぱ宣言」であり、「人間宣言」なのです。

   その根拠にある思想は「分業に基づく、人の幸せを考え作る人間労働論」なのです。

青空へのあこがれ

子供のころから青空が好きだった。

どこまでも透き通っている様で、ずっとずっと宇宙の端までこのまま見通している。よく青空の元に4月から6月頃野原に寝そべってひたすら青空を見ていたのを思い出します。そしてはるかかなたを創造する自分を見出していた。

青空は宇宙に開く窓である。

そう思っていた。

青空のかなたに全宇宙がある。

63歳でごみを拾いながら道を1歩1歩踏みしめながら歩いていた。ある日とっても大変な疑問がわいてきたのです。青空って本当に宇宙につながっているのだろうか。青空のときは太陽と薄っすらした月しか見えない。

それにひきかえ、真っ暗な月も出ない夜は。全天に星が輝く。あれが宇宙だ。私たち人間は夜しか宇宙は見えないんだ。夜があるから宇宙との関係で人間は考えることができたのだ。

もし、太陽系に太陽のように輝く星がが2つあったら。例えば木星が太陽のように輝く星になっていたら、天には輝く星2つと薄っすら見える月しかない空になる。

星座もなく、星占いもなくて、天文学もなくて、われわれは宇宙の完全な孤児になっていただろう。

青空とは宇宙につながる窓ではなく、窓にかかる厚い厚いカーテンではないだろうか。カーテンを取り払った空が夜空である。

一つ一つしっかり考えないと大変なことになる。

私のように悪い頭の持ち主も考えて歩けば真実に出会えることがあるのではないのだろうか、とおもえてきました。

ごみを拾いながら歩くととってもいいことがあります。

プラスチックのかけら1つ拾う度に、ビンの破片1個手にする毎に、海洋生物や鳥類の命を救っていることを感じるのです。地球上の命との連帯を意識するのです。


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