人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

地球への遺書

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心の教育

  私は塾こそ心の教育ができるものと思ってやってきました。

  しかし心を語るとどんどんやめていきます。

  要らぬことを話すからだめ。英語塾は英語だけ教えろと言います。

  でも今こそ心が大切と思ってどんどん命と心を語っています。

  「葉っぱ宣言」を小・中・高校の生徒に直接手渡ししています。

  でも読んでもらいたいような挨拶もしない、いや正確には、もしかしてできない生徒さんに読んでもらうすべがなく悩んでいます。

  対話を拒絶する子、すねる子にどうして心をひらいてもらうか。
  どうやったら良いものを読んで自分の頭を整理する様に説得することができるのでしょうか。
 
  みなさんのお知恵を拝借させてください。

お風呂でも勉強する人

  私は風呂では本を読んだことがありません。

  一生そんな大それたことはできないと思っています。

  でも読んだ人を3人知っています。3人とも私の話をヒントにして風呂で本を読んで人生の一部を切り開いた人たちです。
 
  一時宅建の国家試験受験者のお手伝いを仕事にしたことがあります。30代の女性に勧めたらその気になり、猛勉強をはじめました。

  そのときお呼びした法律の講師が岡山市で開業されている弁護士の先生でした。その先生から承った受験勉強の極意を受け売りしました。

  先生は参議院議長の江田五月氏と同期に弁護士になられたそうです。先生のお話は法律の話は論旨がはっきりしていてわかりやすく受講された方から好評をえました。

  だが受験勉強の方も独特で大いに役立ちました。岡山大学の法学部を卒業に際し就職か法曹界かを考えたとき、弁護士を選んだ。
  それまでまじめに司法

  試験について考えたこともなかったが1年で合格するにはどうしたら良いかを考えた。

  思いついた方法が、月曜から土曜まで家で猛勉強する。
  日曜を空けておいて大学の司法試験を目指す人々の集まりに出かける。そこで6日間勉強したことを議論する。その議論の中で自分の勉強の弱点をつかむ。次の6日間で弱点の矯正に務める。理論武装して  また日曜日に出かけていって勉強の成果を確かめる。
  この方法で1年で合格しました。江田氏は東大出身。東大は毎年司法試験に受かる人が5,60人から100人もいる。岡山大学はせいぜい1人から5,6人。悪いときは皆無。金沢大学とよく似ている。そんな悪条件の中で自分で人生を切り開く方法を考えた。志を高く持って勉強に集中する方法を考えた。
試験の本質とは、年1回行われるその日までにどれだけ多く頭の中に詰め込んだかおよびそのつめこんだものを問題作成者の意図通りにいかにうまく出せるかをみるものである。
  試験に合格してしまえば、あとで法律問題を考えるときは法律書を開いても良い。試験の当日を最高の状態に持っていけるかどうかが問われている。
  同時に問題作成者の意図を取り違えてしまうと結果がうまく出ない場合がある。だから問題演習もかかせない。

  そもそも人間の頭はだいたいそれほど違いはない。誰の頭もざるとおなじ。さるは上から入れた水をどんどん落としてしまう。では落ちる水をざるにためておくことはできないものだろうか。入れる水の量を多くすればいい。水道の蛇口を大きくして入れる水を落ちる水よりじょじょに多くしていきたまりきって水がざる一杯になったときに試験当日を迎える。試験勉強とはそのざるに水をためることである。
だから試験勉強とは、年1回のその日に向けてすべての生活を律することができるかどうかなのである。

  私はこの「水道の蛇口とざる論」を受け売りして、女性に説いた。その時英語の勉強に使っていた録音機を例に出して言った。

  録音機に習う内容を吹き込んでください。それを車の中、家に帰っても聞いてください。やる気さえあれば3ヶ月で宅建試験は受かります。高卒で法律書なんか見たこともない女性が猛勉強を始めた。講習会毎に顔を合わすとうれしそうだった。試験間近になると迫力が出てきた。

  「毎日夜勉強するとき録音機に吹き込みます。その吹き込んだのを朝食を作るとき、主人と子供たちのお弁当を作るとき聞きます。職場へ行く車の中で聞きます。藤井さん、ついにはお風呂場へも持ちこみましたよ。少しずつ法律が分かってきたわ。藤井さん誘ってくれてありがとう」
  合格のお祝いにご自宅を訪ねると「私の人生観が変わりました。最初藤井さんの話を聞いたときうまいこと言っているわ。思っていたけど実行して素晴らしかった。録音機もだけれども最後には本もお風呂に持ち込んだのよ。ビニールに本を包んで読むの。私長風呂だからちょうどよかったわ」

  中学・高校生の受験生を相手にする仕事を始めてからこの話をよくした。
  ある年、高校3年生が10月になっても緊張した勉強が見られない。ウォークマンを買って歩く間も勉強する様に訴えた。次回の教室では3分の2の生徒が歩きながらも勉強するようになっていた。ある生徒が12月の全国模試で上智大学のフランス語科の最終判定がEだという。「水道の蛇口とざる論」と風呂でビニールに本を包んで読んだ話をした。次週、その生徒が言ってきた、「いま単語カードを風呂に持ちこんで覚えています。風呂ではカードは100枚単位だとくっついて離れないので10枚ずつくらいに小分けにしたほうがいいですよ」と報告してくれた。
  それを横で聞いていた北大志望の生徒が驚いた。センター試験がよくできて2次をまたずもう受かった気分になっていた。
  「センターがよかった者の方が危ないんだ」と言っても平気。「センターが悪かった人はこれ以上の努力をしたら君なんか吹っ飛ぶぞ」と訴えた。
  その生徒も次週には「風呂でカードを使っています」と言った。

  最初の生徒は、学校の先生の予想に反して上智の仏文に合格。あとの生徒は北海道大学に合格。

  中2から高2までは早朝の乳酸飲料配達をしていた。

  6時ごろ起き出して30本から50本くらい配る。

  雨の日も風の日も土曜も日曜も。

  まだ冷蔵庫が家庭に入っていない時代。

  風邪を引いても寝込まない限りはしっかりやらないと母親に回っていくから休めない。

  正月2日間だけ休みでした。

  中学3年と高校2年の修学旅行のときだけ母親がやってくれました。

  途中に豆腐やオカラを10円分買って帰る。

  帰ってオカラを山羊にやりつつ、乳絞り。

  それから20羽の鶏の餌を作って与え、食事をとり玄関を掃除して学校に出かける。

  これは毎日高3の春、金沢に引っ越すまで続きました。

  学校から帰ると裏山へ山羊の餌を取りに行く。

  夕方山羊の乳絞りと鶏の餌をつくってあたえる仕事がもう一度入ってきます。

  時には山羊小屋と鶏小屋の掃除。

  時には鶏の卵の殻を強化するために牡蠣貝(かきがい)をかなづちで粉に粉砕してためておく。この粉を毎日の餌にまぶして与えないと、卵の殻が薄くなるばかりではなく、カルシューム不足に悩むめん鳥が自分の生んだばかりの卵をつついて殻を食べてしまう。

  土曜・日曜には、山羊のえさ取りを節約するため、山羊の首輪に長い綱をつけて、綱の端を1メートルばかりの長さの鉄杭(てつくい)につなぎ、杭を、青葉が茂る場所の土に打ちこむ。

  山羊は綱の長さ分の自由を得てそこらの青葉をしっかり食べてくれる。えさ取り作業が省略できて嬉しい限りである。

  だがこれもちょっと目を離すと大きな悲劇が襲いかかる。

  杭を土に打ちこんだとき杭の首までしっかり土の中に入れなければならない。50センチ以上土の上に露出していると

  
夕食の準備の時は母のそばに待機していて、ごま味噌作り、大根おろし、いわし・鯵でつくる団子汁のすり鉢係は全部私の仕事でした。

また醤油が切れた、肉を買い忘れたという「非常事態」にはいつでも町まで自転車を走らせるの決まって私の仕事でした。

そして土・日は野菜作りの家庭菜園にいつもかり出されていました。

宿題をやらない子

  私は学校の宿題が苦手でした

  本当に宿題ができない子でした。

  日々出される宿題にやっていったことがない。

  夏休みの宿題帖はいつでも真っ白で提出できるものではありませんでした。

  工作が下手でやりだしても思い通りにできず、いつも途中で投げ出していました。

  5年か6年のころ母が業を煮やして向いの建具屋のおじいさんに小さな箱を作ってもらってきてこれを提出しろと言われ、おずおず自分の名前をつけて出しました。

  本当に簡単な箱で、横20センチ、縦30センチぐらい、高さ4,5センチにふたがついていました。すずり箱にでも使ったらよさそうでした。

  おじいさんは建具の専門家。精一杯へたくそに作ってくださいました。

  でもやっぱり専門家の仕事。きれいにカンナがかかったすべすべのいた自体が私の仕事では到底及ばないことで、誰の目にも自作でないことは鮮明でした。

  みんなにうそをついていることの罰の悪さ、おじいさんの職人気質を傷つけている様で苦しかった。

  あれが間違えて賞でも取ったらまさに私は自殺でもしないとみんなに申し訳が立たないところでした。

  この事件いらい、私の宿題嫌いはいや増しに増して、母にどれだけ口すっぱく言われても動きませんでした。

  だからといって、自閉症かといえば全く違う。家の用事は何でもしっかりしました。
  
  中2から高2までは早朝の乳酸飲料配達。6時ごろ起き出して30件くらい回る。雨の日も風の日も土曜も日曜も、風邪を引いても寝込まない限りはしっかりやらないと母親に回っていくから休めない。正月2日間だけ休みでした。中学3年と高校2年の修学旅行のときだけ母親がやってくれました。

  途中に豆腐やオカラを10円分買って帰る。買えってそれを山羊にやりつつ、乳絞り。それから20羽の鶏の餌を作って与え、食事をとり玄関を掃除して学校に出かける。これは毎日高3の春、金沢に引っ越すまで続きました。

  学校から帰ると裏山へ山羊の餌を取りに行く。夕方やぎの乳絞りと鶏の餌をつくってあたえる仕事が入ってきます。

  夕食の準備の時は母のそばに待機していて、ごま味噌作り、大根おろし、いわし・鯵でつくる団子汁のすり鉢係は全部私の仕事でした。

  また醤油が切れた、肉を買い忘れたという「非常事態」にはいつでも町まで自転車を走らせるの決まって私の仕事でした。

  そして土・日は野菜作りの家庭菜園にいつもかり出されていました。

  自分の過去を振り返ってみて必ずしも不真面目な人間ではない。

  なぜそれなのに宿題だけはしなかったのだろう。

  自分でも不思議にならなかった。

  今、この地平に立ってみて分かることがある。

  「葉っぱ宣言」にまとまる思想はいじめと戦争と貧困を撲滅する本当の力になるのではないかと感じたとき、私は1つの確信を持って言える。

  「私は、私の人生の宿題を今解きました」

  そして、小学入学前にひどいいじめを何度か経験するうちに私はいつのまにか自分に人生の宿題を課していた。それが「どうしたらいじめ・戦争・貧困を克服した社会が実現できるのだろうか」と言う課題を。

   今、私は、思う。人生の1つの宿題を解きました。

   これからは、その実現に向けた歩みを新たな宿題にしながら生きていきます。

   またまた宿題をやらない人間でもあるようで怖い。

人間とは何か?

  

 「人間とは何か」を考える上で大切なことは「人間は思索する=考える動物である」と同時に「人間とは労働=他人の幸せを作る存在である」と言う事実です。

 いやむしろ、人間は分業としての労働をする中で社会的生活を営み、考える力をつけてきた、その中で言語の発展ももたらされたのではないでしょうか


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