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御釈迦様
人間は運動能力の点で動物界の落ちこぼれ=劣等児ではないでしょうか。
私の家の軒先に田植えが終わると小さな蛙がやってきます。鮮やかな緑1色で体長が2センチぐらい。玄関の扉の上についている街灯の周りに5,6匹へばりつきます。街灯を目指して集厚生近づくとぴょんとコンクリートの床に跳び降りると庭の草むらに消えていきました。なんと自分の体長の100倍の高さから跳び下りたのです。どこも怪我せず、打ち身や捻挫もしていない様でした。
人間は自分の身長の2倍の高さでも捻挫する人がいるでしょう。
チーターは時速120キロのスピードで走るという。人間は時速36キロという。どうしても勝てない。
泳いでもいるかやペンギンに勝てっこない。
木登りを猿ほど器用にはできない。
猫は自分の身長の2倍はあるところを練習しないで跳びあがる。上がった先の高さが自分の背の高さより低くても頭を天井に打つことはない。跳ぶかどうか判断してだめとわかるとやめる。できるとなると一回の跳躍で成功させてしまう。素晴らしい生まれながらの運動能力である。
人間が人間になるにはこの絶対的運動能力の劣等児であるがゆえに人間は偉大になり得たと私は主張したい。
走る力、泳ぐ力、跳ぶ力、木に登る器用さ、どの力を取っても人間は他の動物に劣る、
劣るからこそ人間は頭を使って考えた。劣るからこそ手を使って道具を持って敵を撃退しただけでなく食料として調達した。
道具の開発こそ人類が劣る運動能力に代わって生産したあらゆる動物に勝る運動能力の代理品ではないでしょうか。
劣るからこそ人間は創意と工夫で一つ一つ考え成長を遂げてきたのではないでしょうか。
劣るからこそ言語を使って協同作業で敵を追い払っただけでなく獲物として獲得した。
音速は秒速340メートル、時速1200キロメートル。人類は言語の獲得でチーターより10倍速い意志伝達手段を獲得したのである。人間が言語で伝達する情報内容と動物が叫び声、泣き声で伝達する情報の中身は全く違う。言語によって人類は動物とは比較にならない高度な情報伝達手段を手にいれたのである。
言語の獲得は労働の成果として整理された人間的知識の共有を場所と時を越えて可能にしたのである。
現代は音速の250倍の速さの光=電波で情報交換している。比較にならないほど大量にそしてより正確に。
だがその現代においてアメリカのブッシュさんがブレアさん、小泉さんと手を組んで始めたイラク戦争は「大量破壊兵器」の存在をめぐるうその情報に基づいていた。
この3人が人類史上稀に見る愚かな行いで人類を危険な方向に導いたかこの事実からも実証できるのではないでしょうか。
電視(てれび)を消し、電卓の電源を切ってゆっくり人類の過去・現在・未来について考える必要があるのです。今こそ。
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