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「なぜ、猫、犬、馬、牛、羊、狸、狐の四足動物は練習しなくても泳げるのに人間は練習しないと泳げないのか」
木の登り・降り、枝から枝への跳び移りを重ねているうちに4足での活動よりも2足で立ちあがっての動作時間のほうが長くなる。起きて活動する時間の大半を直立で過ごすことが多くなった人間の足はからだ全体を支えるものとして大きくなる。手は木の実をつかみ、皮をむき、核をつかみ出し、枝を敏捷につかみ放せるように機能が高度化する。
この役割分担はじょじょに地上に降りた際には2足で歩くことが多くなっていった。
そして人間は起きているときは直立姿勢が当たり前、寝ているときは水平姿勢へと移行する。
猫、犬も人間と同じく始めて水に入ったとき恐怖が募るはず、恐怖にかられて動物は本来の姿勢のまま、4つの足を必死にもがく、その必死にもがく姿勢そのものがいわゆる「犬かき」である。動物は「犬かき」の姿勢をとれば泳げる。狐も狸も「犬かき」をしているのである。人間も「犬かき」をすれば自然に泳げる。
私は子供のころ千里浜という砂丘の最も近くで住んでいた。夏になると、毎日毎日くる日もくる日も海にいって遊んでいた。泳ぐでもないただボール遊びをする、貝を取ってそのまま刺身で食べる。あるいは火を起こして焚き火で焼いて食べる。とにかく何となく遊んで帰る。誰も水泳なんか教えない。水泳監視人もいない。子供たちだけで遊ぶ。それなのにいつのまにか泳げるようになっていたのは「犬かき」だった。跳び箱が跳べない。鉄棒の逆上がりができない。バレーボールがくると突き指をする上にうまく返せないからボールがこないことを願って遊びの輪に入っていた。バスケットをするとドリブルがうまくできない。そんな運動能力皆無の子供でも誰にも習わずいつのまにか「犬かき」ができるようになっていた。毎日浜で遊び、水に徐々に慣れていったからである。「犬かき」ができたらひとりでに平泳ぎ、クロール、背泳、立ち泳ぎと習わなくてもできていく。
1番大切なのは人間の体は水に浮き、手足の動きをそれに連れてやれば前に動く、そして顔をつけていてもその姿勢を崩さなければいつでも呼吸ができて心配要らない、と言うことがわかることである。
高校になって、水泳プールが新設された。高校2年になって初めて水泳が授業に取り入れられた。と言っても先生の指導も無くただ水で遊んでいるだけ。しかしテストはやった。50メートル泳げるものは単位をもらえる。2,3人を除いて全員合格。山手から来ている友人は3メートルとして泳げない。他の生徒全員注視する中、必死になって両手でもがく。しかし前に進まない。クロールをするつもりで両手を頭より高く上げ、体を垂直姿勢にしたままもがきぬく。かわいそうを通り越してあわれだった。体育の先生もどう水泳指導したら言いか分からず。友人たちも何もできずに終わった。とっても後味の悪い授業だった。新設の立派な水泳プールが泣きじゃくっていた。その涙で水泳プールは満々と水をたたえていた。
結局数人の泳げない人は水泳の授業を受けたが水への恐怖心も克服できずに終わった。
動物は恐怖心のまま、本来の姿で4足をばたばたするだけで泳げる。
人間は進化して、2足歩行になったから、恐怖心が起っても四足歩行の姿勢を取れない。
それにスポーツ競技で「犬かき」なんか見たことが無い。人間が動物の真似なんかできるものかと思っている。
今から考えると「犬かき」を教えてあげたら、その先、平泳ぎ、クロールができただろうに。そして合格できたのにと思う。
人間の2足歩行は「犬かき」=「泳ぎ」を忘れるほど進化した一つの証ではないでしょうか。
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