人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

科学発達の一断面

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  火の使用

  人間を更に他の動物からの優位を確実なものにし肉体的精神的発達を加速させる。

  火で焼くことによってなま物の肉・野菜の消化を促進し、食料として利用できる幅を飛躍的に増加させた。
  火を利用して他の動物を撃退することが容易になった。

  火を照明器具として使うようになり闇を克服し、よるの一部を生活に活用できるようになった。
  火を暖房器具として利用し、衣服・住宅の改良とあいまって人間は居住地域を地球全土に拡大した。

 
「なぜ、猫、犬、馬、牛、羊、狸、狐の四足動物は練習しなくても泳げるのに人間は練習しないと泳げないのか」

  木の登り・降り、枝から枝への跳び移りを重ねているうちに4足での活動よりも2足で立ちあがっての動作時間のほうが長くなる。起きて活動する時間の大半を直立で過ごすことが多くなった人間の足はからだ全体を支えるものとして大きくなる。手は木の実をつかみ、皮をむき、核をつかみ出し、枝を敏捷につかみ放せるように機能が高度化する。

  この役割分担はじょじょに地上に降りた際には2足で歩くことが多くなっていった。

  そして人間は起きているときは直立姿勢が当たり前、寝ているときは水平姿勢へと移行する。

  猫、犬も人間と同じく始めて水に入ったとき恐怖が募るはず、恐怖にかられて動物は本来の姿勢のまま、4つの足を必死にもがく、その必死にもがく姿勢そのものがいわゆる「犬かき」である。動物は「犬かき」の姿勢をとれば泳げる。狐も狸も「犬かき」をしているのである。人間も「犬かき」をすれば自然に泳げる。

  私は子供のころ千里浜という砂丘の最も近くで住んでいた。夏になると、毎日毎日くる日もくる日も海にいって遊んでいた。泳ぐでもないただボール遊びをする、貝を取ってそのまま刺身で食べる。あるいは火を起こして焚き火で焼いて食べる。とにかく何となく遊んで帰る。誰も水泳なんか教えない。水泳監視人もいない。子供たちだけで遊ぶ。それなのにいつのまにか泳げるようになっていたのは「犬かき」だった。跳び箱が跳べない。鉄棒の逆上がりができない。バレーボールがくると突き指をする上にうまく返せないからボールがこないことを願って遊びの輪に入っていた。バスケットをするとドリブルがうまくできない。そんな運動能力皆無の子供でも誰にも習わずいつのまにか「犬かき」ができるようになっていた。毎日浜で遊び、水に徐々に慣れていったからである。「犬かき」ができたらひとりでに平泳ぎ、クロール、背泳、立ち泳ぎと習わなくてもできていく。

  1番大切なのは人間の体は水に浮き、手足の動きをそれに連れてやれば前に動く、そして顔をつけていてもその姿勢を崩さなければいつでも呼吸ができて心配要らない、と言うことがわかることである。

  高校になって、水泳プールが新設された。高校2年になって初めて水泳が授業に取り入れられた。と言っても先生の指導も無くただ水で遊んでいるだけ。しかしテストはやった。50メートル泳げるものは単位をもらえる。2,3人を除いて全員合格。山手から来ている友人は3メートルとして泳げない。他の生徒全員注視する中、必死になって両手でもがく。しかし前に進まない。クロールをするつもりで両手を頭より高く上げ、体を垂直姿勢にしたままもがきぬく。かわいそうを通り越してあわれだった。体育の先生もどう水泳指導したら言いか分からず。友人たちも何もできずに終わった。とっても後味の悪い授業だった。新設の立派な水泳プールが泣きじゃくっていた。その涙で水泳プールは満々と水をたたえていた。
  結局数人の泳げない人は水泳の授業を受けたが水への恐怖心も克服できずに終わった。

  動物は恐怖心のまま、本来の姿で4足をばたばたするだけで泳げる。

  人間は進化して、2足歩行になったから、恐怖心が起っても四足歩行の姿勢を取れない。

  それにスポーツ競技で「犬かき」なんか見たことが無い。人間が動物の真似なんかできるものかと思っている。

  今から考えると「犬かき」を教えてあげたら、その先、平泳ぎ、クロールができただろうに。そして合格できたのにと思う。

  人間の2足歩行は「犬かき」=「泳ぎ」を忘れるほど進化した一つの証ではないでしょうか。

      

思いつきと考えること

  そして、いわゆる頭の良い人に対する疑惑が心の中に広がりました。

  頭のいい人はいろいろ思いつくかもしれない。

  だが自分の頭で考えない人もいる。

  思いつくことと考えるは全く違う場合がある。

  その違う場合こそゆっくり考えないといけない。

  そして頭の言い人でも考えていない人は「危険だぞ」と思うようになりました。


  その後人生を渡る中で、いろいろの頭の良い人に出会いました。

  素晴らしい人がたくさんいます。


  とってもきたない字を書く人に出会うことがたまにあります。


  そういう人は自己中心主義で、相手の存在がない。
  相手の人に分かる字と言葉遣いをしてあげようと言う心遣いがありません。

文字はなぜ生まれたか

  


  母がぞんざいに字を書く兄に「もっときちんとした字を書きまっし」と助言する。


  「ほっといてくれ。字なんか自分がわかれば良いんだ」と反発が走る。

 
  それ以来、誰にも言わず一人歩きながら考える。「字はなぜきれいな方が良いのか」「そもそも字とは何か」「なぜ字がきれいな人とそうでない人がいるのか」

   ずっとずっと考えているとはっと思いつく。

「自分が分かるだけでいいものであれば、字が生まれるだろうか。字は自分の思いを他人に伝えると言う必要があったから生まれたのだ。一人にしか分からないものだったら自分の思いを他人に伝えられないではないか。ということは誰にでも分かる字を書くことが字を覚える上で大切なことのひとつなんだ。生まれつき僕のように字の下手の人間がいる。下手はしょうがない。少なくとも読んでもらいたいと言う誠意が字ににじむ様に努力することではないか。それが丁寧に書くことだ。よしこれからはできるだけ丁寧に字を書く努力をしょう。」

人為淘汰とは?

  人為淘汰とは?

  かつてカール・せーガンという世界的な惑星学者が言っていました。

  日本の瀬戸内海に人面に似た蟹がいる。源平の合戦で多くの平家の武士・女官が海に沈んだ。

  その後瀬戸内の漁師は人面に似た蟹を捕まえると、平家のたたりだと怖がってもって帰るのをいやがった。人面に似た蟹は放され、似ていない蟹はもって帰られた。ますます人面に似た蟹が多くなり、そう言う蟹は「平家蟹」と呼ばれるようになった。

   猫が極めて獰猛な動物になってしまったのも、犬が飼い主の最良の友になったのも、馬が速く走るのも、牛が従順に黙々と働くのも、人間が家畜として長年の間付き合ってきた結果出来上がった人為淘汰なのです。

   そう考えるとどの動物もいとおしく、悲しく、ご苦労さんと声をかけたくなりますね。

   もっともっとこの動物たちと仲良く付き合っていきたいと思いますね。

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