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ようやく息子が感想文を書いた |
十歳のきみへ
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お母さんの病気はすっかりは治らなくても 生きていてさえくれればと ぼくは部屋の隅に行って こっそりお祈りした 毎朝の決まったお祈りよりもしっかりと 「十歳のきみへ」 日野原重明 著 より 家族のキモチってこういうものだよね・・・
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今日きみが失敗して、みんなに笑われてなみだをこぼした体験は いつか友だちが失敗したときに、その気持ちをだれよりも わかってあげられるためのレッスンなのかもしれません 今日きみがほめられたときに味わった、晴れやかな、ほこらしい 気分は、きみがもっと大きなことに勇気をもってチャレンジするための 準備運動みたいなものかもしれません 「十歳のきみへ」 日野原重明 著 より この最初のフレーズがとってもとっても胸に響く
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人は、失敗の体験からも、また悲しい体験からも、たくさんのことを 学ぶことができます 「あのつらくて悲しい体験のおかげで、いまの自分があるんだな」と あとになってから気づくことがあります 自分にとってありがたくない、消してしまいたいとばかり思っていた 体験が、じつは自分を成長させてくれる、とても大切な体験の ひとつだったとわかるときがきます だから、どんな体験も、その人にとってひとつもむだではないと いうことですね 「十歳のきみへ」 日野原重明 著 より |
小さな君がわらうたびに、きっときみのそばにいただれもが 思わずにっこりとほほえみを返したことでしょう ・・・・ だから、どんなにそがしくても、つかれていても、小さなきみのためなら お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんはせいいっぱい つくしてくれたはずです なぜ、そうやってきみを世話することで喜びがわいてくるのか そして、それがどんな喜びだったのかわかりますか? ・・・・・ 小さなきみがあやされたり、世話をされたりすることにすっかり あんしんして身をゆだねている様子を見ると、ますますきみがいとしくて きみに手をかけてあげることの喜びがどんどんふかくなっていったのです 「十歳のきみへ」 日野原重明 著 より
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