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100日

夫が亡くなって100日が経ちました。
最初の1カ月はあっという間に過ぎていきました。
年末年始もあったので49日もあわただしく行いました。
3回目の月命日に、もう3か月経ったんだな。
3か月もたったのか、3か月しかたって居ないのか
早かったのか遅かったのかの感覚がありませんでした。
3か月を過ぎた頃から、無性に夫に会いたくなります。

理由はわかっています。謝りたい。
介護中私が夫を怒鳴ってしまったことが頭から離れません。
あんな状態の夫を怒鳴るなんて。。悔やんでも悔やみきれません。

ストレスがあったというのは言い訳にしかなりません。
介護をされている方がいましたら、私のように悔やむことのないよう
頼れるところには頼り、悔いのない介護をしてください。

義理の・・・・

夫が少し呆けてきてしまっているかな?と思ってきたとき、家族のことを忘れていないか確認するために、
甥っ子と姪っ子の名前は?と聞くと、夫の実の甥と姪の名前の後に、私側の姪の名前も続けて言いました。
質問した私自身、私側の姪のことは頭に浮かんでませんでした。

先日、母が、4人子供がいたけど、一人減ってしまったがいい息子だったとしみじみと言っていました。4人とは兄夫婦と私たち夫婦のこと。
母にとっては義理の息子でも実の息子と同じ思いなのだそうです。

私はというと、母、妹の前に"義"という言葉を付けてしまします。どうしても義母や義妹という考えから抜け出せません。
夫や母に比べて心が狭いのだと感じます。

夫に近づける日が来るのか?修行が必要です。


医療費控除

確定申告の季節、医療費控除の申告は別に3月15日までの期限ではないけれど、自分の事業の確定申告もあるのでいつも一緒に申告。
医療費控除は夫の分が99%で私の分は皮膚科に行った分くらいしかない。
あらためて1月から見ていくと、在宅医療になるまで去年は入院が多かったことがわかる。
退院して4日目にまた入院ということもあったり、なぜか治験の相談に行った次の日など入院になることも多かった。
2月に入ってすぐ、腸閉塞の疑いで入院し、退院後すぐに、膿瘍で再入院。
この再入院までの少しの間に大切ながん友さんを亡くしたり、再入院中に父を亡くしたり。
領収書を見ていると、あ、あの日だ!などと思いだしてしまう。

夫が病院に入院していると、夜寂しくてね。と私にではなく、義妹に言っていたそう。私は猫の世話などがあるから家に帰ってしまうから・・・
せめて最後の入院の時には、泊まってあげたらよかったな。

そして、緩和の先生から最近の僕の患者さんの中では一番かもしれないと言われた、厳しい状態になってからの頑張り。
その当時も頑張ってるなとは思っていたけど、亡くなって3か月経って、少し冷静にr領収書を見ながら、夫の状態を思い返してみると、本当にあれだけ頑張れたのは奇跡ではないかと思う。

夫の場合、サンドスタチンがよく効いて、腸閉塞状態が緩和し、胆管の値はわるいものの、肝転移なし。
おへそやドレナージしたところが皮膚を突き破って腫瘍がでてきてしまっりしたけど、内臓側への腫瘍の広がりがゆっくりだったからこれだけ頑張れらのだろうと思う。
心配した肺機能も亡くなる少し前までは問題なかったし、
在宅になってからはCTも腫瘍マーカーもやらなくなったので細かい数値はわからないけれど、たぶんそうではないかな。。と思う。

長く頑張った分、辛かったことも多かったんだろうな。(私が、病人の夫を怒ったりしちゃったし)
領収書を見ているといろんなことが思い出されて、なかなか作業が進まない。

今回から、医療費控除の申告には、領収書は添付は不要。
所定のフォーマットに金額を入力したものを申告時に利用して、領収書は各自保管ということらしい。
(フォーマットは以前から国税庁のホームページでダウンロードできていたけど、変わっているのかしら?)

領収書から夫の頑張りを思い返している今年の確定申告でです。

クレジットカード後10日くらいかかると思っていたら、今日届きました。
(ETCはまだ)
何と速達で送付していただきました。(JALカードさんありがたや)

解約の事情を説明したときに、携帯の支払いなどカードで行っているものがあるので、続けて私が本会員になってまた利用したい旨を伝えていました。
ちょっと困った感を出して早くしたいことを訴えたように思います。
それがしっかり伝わったのか早く処理していただけたようです。

実は今回の申請はちょっとドキドキでした。
私の職業は個人事業主。個人事業主になって十年以上の実績がありますが、信用調査では、個人事業主という職業は弱い立場。
会社員だからって何が偉いんだろう? 私は納品前は寝る間を惜しんでやってるし、納税だってしているのに。といつもいじけてました。

だから、夫を隠れ蓑にして、私自身が審査されることがないようにしていました。
私名義の百貨店系のクレジット機能付きのカードを作るときも、面倒なので専業主婦として申請。専業主婦だとキャッシングはできないと言われましたがする予定もないので不便ではありませんでした。

でも、私が望んだわけではないけど、もう夫の陰に隠れることはできません。今回の申請が通ったことでちょっと自分に自信が持てました。
今までカード番号は暗記していたけど、最初の4ケタ以外は全く違う番号になってしまったので、覚えるまでに時間かかりそう。歳のせいか4ケタ以上の数字を覚えるのが辛くなってるのに。

スカイツリー

冬季オリンピック見過ぎなぐらい見てます。いつもは夫と眠い目をこすりながらみてたんですけど、今年は韓国ということもあって羽生君(ゆづ君)はリアルタイムで見れたのである意味ラッキー。
ゆづ君の試合の前は、お仏壇の夫と娘にに一緒に応援してね。と半強制的にお願いし、なぜか合掌ポーズで演技を見守っていました。

小平さんの時も、小平こい!とか言いながら見てたんですけど、どうもひとりだと盛り上がらない。
夫はパシュートが好きで、あれは面白いとか言いながらいつも二人で見てたっけ。

昨日ちょっと出かけると、スカイツリーが金メダルカラーになっていました。日本人が金メダルとると、限定の金メダル色になるそうです。
正直スカイツリーは地味なので、いつもこれくらいでいい気もする。

家の近くからだと、スカイツリーの上のほうしか見えないので、いい写真が撮れる場所へと移動していたら、スカイツリーのすぐ近くまで散歩しちゃってました。
写真を撮って満足しての帰り道。
一番最初に入院していた病院の文字がみえたからか、最後までお世話になった病院のことを思い出し、病院に行くときには車で、○○病院の前を通って行ったんだよななどと思いだしていました。
○○病院といえば、オフ会で知り合った、同世代の「は○○ち」さんが入院されていた病院。どうしてるかな、大丈夫かしら。今、闘病中のあの人はどうかしら?治験参加中のあの人は?などと考えながらくらい夜道を歩いていました。
そして、帰宅後「は○○ち」さんの訃報が届きました。
また大切な仲間を失ってしまった。しばらく何も考えられませんでした。
いつも新しい情報を伝えてくれて、がん患者の就労などにも積極的だった大事な大事な仲間。
あまりに急で、いろいろ綴りたいけれど、言葉が見つからない。
ご冥福をお祈りいたします。

闘病中の患者・家族の皆様が穏やかに暮らせる日々が来ることを願ってやみません。

言いたいことがバラバラでまとまらないですが、金メダル色のスカイツリーです。
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