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涼を継ぐ 日光天然氷物語<4>番屋 引き継ぐ職人の思い
壁に歴代使われたのこぎりが並び、部屋の中央には年代物のストーブが鎮座する。
氷室の隣、「番屋」と呼ばれる小屋で氷職人は暖をとり、夏は汗をひかす。
「三代目御席」の張り紙がしてあるいすを見ながら、四代目氷屋徳次郎・山本雄一郎さん(59)がつぶやいた。「すべてここから始まったんだ」
三代目吉新(よしあら)良次さん(72)の祖父・初代徳次郎が製氷業を始めたのは大正初期。
冷蔵庫のない時代、天然氷は地元旅館の保冷用に飛ぶように売れた。
吉新さんも中学卒業後、当然のように後を継いだ。 しかし、冷蔵庫の普及と後継者不足で全国の天然氷造りは衰退。
日光に三軒と長野、埼玉両県に一軒ずつを残すのみとなった。
二〇〇六年、吉新さんも高齢を理由に廃業を決めた。 また一つ、天然氷が消える−。
チロリン村で吉新さんの氷を使っていた山本さんは慌てて駆けつけた。
「手伝うから辞めないで」「もう決めた」。
短い言葉に、代々続く家業を畳まざるをえない職人の決意がにじんでいた。 それでも山本さんは毎朝、吉新さんのいる番屋に通った。
氷造りの技や自然の偉大さなどあらゆる話を聞き、「氷は日光の宝。絶やしちゃだめなんです」と訴えた。 「明日も来るんけ」。
ある日吉新さんがつぶやいた。
「はい」。
「んじゃ番屋の鍵の場所教えとく。
氷は簡単にはできん。
覚悟しろ」。
四代目徳次郎誕生の瞬間だった。 それから四年。
今年の氷は吉新さんが「五十年で一番」と太鼓判を押すほど上出来だった。
それでも山本さんは「まだまだ」と話す。
親方と仰ぐ吉新さんは日光連山の稜線(りょうせん)にかかる雲を見ただけで数日先の天気を読む。
「親方に少しでも近づきたい」。
伝統を背負った四代目の修業は続く。
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