天牙の間

貫竹庵【http://www.geocities.jp/chivalrous_samurai/index.html】もよろしく。

幕末

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岡田以蔵のピストル

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060702-00000003-maip-soci

↑の記事によると、坂本龍馬記念館で岡田以蔵のピストルが公開されているそうです。

見・見たい。往時に本人が所持していた品物っていうのは、その存在が与える影響は大きなものがありますからねぇ。

実際に使用していたのか?使用したとすれば何時どのような状況で使用したのか?それはわかりませんが、ピストルを所持していたことが事実ならば、余程の反証材料が無い限り、「戦闘では使用しなかった。」とは言い切れません。

つまり、刀だけではなくピストルを用いて戦っていた可能性は否定できないということ。

一つの存在が、今までとは違った史実の可能性を示唆する。

これぞ、歴史の面白さ、醍醐味ですよ!ワクワクするなー♪

久しぶりに練兵館の塾中懸令を読み返して、あらためて先人達の修行の濃さを感じました。

彼らの修行ぶりをスケジュールとして紹介すると、


<朝六つ時(日の出)>      起床

( 日の出〜8:00 )     掃除、素読

<朝五つ時(8:00頃)>    先生に拝謁

( 8:00〜11:00 )   昼前稽古

<正午(12:00頃)>     昼休憩  ※一時(2時間)と仮定

( 13:00〜20:00 )  出張稽古  ※非番の時は、手習・学問・兵学・砲術
                      ※※他行時は五つ時までに帰塾
<夜五つ時(20:00頃)>   先生に拝謁


となってます。
これが、一年間盆暮れをのぞいて毎日です。

ということは、平均稽古時間を一日6時間とすると、一週間で42時間、月に180時間、年に2160時間。

現代はどうかというと、例えば週5日2時間稽古したとしても、一週間で10時間、月に60時間、年に720時間。

3年間、週5日2時間欠かさず稽古したとしても、練兵館の修行の1年分にしかならない。

単純に考えると10年修行した練兵館の剣士と同じ境地となるには、30年以上かかります。

幕末の剣士。その強さの一端が見えた気がします。

中央公論社からでている皆村武一さんの本です。
中公新書の一冊。

これがね、なんとも面白いんです。

なにが?ってイギリスからみた日本が。
それに、日本に対するイギリス政府の動きが。

薩英戦争後のイギリス議会の議事、なるほど日本が侵略されなかったのはこういう要因もあったのかと納得でした。

ヨーロッパからみた幕末当時の日本。
この視点から幕末をみたことがなかったので非常に新鮮。

やはり物事は多角的にみないといかんなぁと感じさせる一冊でした。

愛国なんて言葉は誤解されやすいので使いたくないけど、少なくとも今の日本ではなく、当時の日本は日本人として誇らしいと思いました。

イメージ 1

一昨日の1月5日、例年通りJR埼京線板橋駅前にある寿徳寺境外墓地に永倉新八墓墓参のため行ってきました。

今年ではや10年、毎年のことですが今回は特に寒くて大変でした。
お墓が大きいので水をかけてブラシで洗うのも結構時間がかかるんで、寒さが身にしみました。

実は、この後ひきかけてた風邪が一気に悪化して今日までフラフラだったんです。
なので、きょうやっとブログに書いているという次第。

いつもはこんなことなかったんだけど、やはり今年の冬は厳しいんですねー。

江戸時代のお正月

ブログ御来訪の皆様、あけましておめでとうございます。
今年も当ブログを楽しんでいただければ幸いです。

さて、元旦ということで、江戸時代のお正月風景をご紹介したいと思います。
ネタ本は平凡社東洋文庫の『絵本江戸風俗往来』です。

【 初日の出 】
江戸時代の初日の出スポットは『高輪』『芝浦』『愛宕山』『神田』『湯島』などだったとのこと。
特に『深川の洲崎堤上』は都下に聞こえし朝日影の名所だったんだそうな。

【 門松飾り由来 】
天正・元亀の頃、家康公浜松在城のみぎり、武田信玄と合戦した折のこと。
武田方から送られた歳旦の発句に「松かれで 竹たぐひなき あした哉」としたためてあったので、酒井左衛門尉が左様にては間違いとて「松かれで 武田首なき 旦かな」と称しまいらせた。
その時の戦が好運を得たので、吉例となったとの説があるそうです。

因みに、下谷三味線堀の出羽久保田佐竹家上屋敷は、松飾りはおこなわず、麻上下を着た武士を門の左右に着座せしめ、元旦より七草まで七日の間、時刻交代して勤めていたそうです。
『佐竹の人飾り』として正月の名物だったんだとか。

【 正月の商い 】
正月に家業をなし銭儲けするのは、凧を商う店のほかはなし、とのこと。
これに引き比べ、現代は、と考えると正月の風情はやはり古のほうが情緒があったようですね。

う〜ん、江戸の正月、一度体験してみたいっ。

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