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「電脳コイル」とは
最近、とある方にすすめられたアニメ作品の名前である。
さっき見終わって、とてもいい作品だったので、久々に更新を。
内容については検索で一発なので紹介しない。
感想は・・うん、いい作品だった。「痛みのする方向へ」って最後もよかった。
僕は、実を言うと、アニメとか映画とか小説とか、物語を読んだり見たりするのが
少し苦手だ。子供のころから。
見始めるとすぐのめりこむ。好きか嫌いかで言うと、たぶん好きなんだと思う。
でもなんだかとっつきにくい。
それはなんでだろう、学がないからか、面倒くさがりだからか、そんなところだろう、
と思っていたけど、なんだか違うような気がしてきた。
連れ去られるような気がするから、怖がってるんじゃないだろうか。
「バーチャルなものが増えたせいで、現実世界にうまく適応できない子供が増えた」
みたいなことがよく言われるけど、
それは多分違うと思う。
世界に繋がることができないから、バーチャルの世界が希望になるのだ。
こことは違う、もっと面白い世界が別にあって、
実はその世界はとても身近にあって、すぐにでも行けるのではないか。
ご多分にもれず、僕はそういう夢見がちな子供だった。
物語っていうのは、とりあえず僕にとっては、そんなバーチャル世界が具体化されたものなのだと思う。
だからすぐ連れ去られる。しばらくの間もどってこれない。
でもそれじゃ困るから、物語を自分の手中に収めようとする。
つまり自分で物語を構築せざるをえなくなる。
空想する。ものを書く。行き着くところ詩になった。そんなところだったのかもしれない。
「電脳コイル」が子供たちの物語だったから、こんなことを考えてしまったのかもしれないけど、
困ったことに、この歳になってもすぐ連れ去られてしまう。
連れ去られるたびに、なんだかどんどん自我が希薄になっていくような気がする。
でもこれって、結構みんな感じてることなんじゃないだろうか。
とまあ、そんなことを考えてしまう作品でした。 |

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お久しぶりです。
Chivasさんは、感受性が強いんでしょうね、だから連れさられちゃう。
私は案外ドライなのか、もって行かれそうになっても、すーっと元の世界に戻っちゃいます。
自我が薄くなったワケではなくって、それだけ、影響を受けるチカラがあるんだと思いますよ。
2011/3/5(土) 午前 2:10
・・・@@☆
すこーし、、同じ感覚を持っておられて驚きました。
夢見る事が大好きなのに、夢物語は苦手です。
2011/3/6(日) 午前 1:17