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うつ病でも酒は飲める。

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 第三章 皇帝の伝説

  中原の中でも小学校に一番近い一等地に、昔伝説的な猫がいた。
  その名も「ミケ」。要するに三毛猫である。これも雌猫であった。
  ミケの特徴は後ろ脚。片方を何らかの理由でもぎ取られ、
  三本脚でよたよた歩いていた。
  三本脚でありながらミケは4〜5匹いた一族の長でもあった。
  その圧倒的なカリスマ性で道行く小学生達をとりこにし、
  随分と給食の残り物をいただいていたようだ。
  一族はそれは見事にまるまると太っていた。
  三本脚でよたよた歩くかわいそうなおばあちゃん猫、ミケ。
  しかし僕は知っていた。実は奴、驚くほど俊敏だったのだ。
  とある休日、友達の家に遊びに行く途中、まるでイタチの如き素早さで
  団地の二階から飛び降りる猫の姿を目撃した。
  口には捕らえたネズミが咥えられている。
  よく見るとそれは普段三本脚でよたよた歩いているミケではないか!
  僕は思わず大笑いした。こりゃ愉快。まんまと一杯くわされたわい。
  ミケは「やや、まずい所を見られた」と思っていたのかどうか知らないが、
  そそくさと団地の軒下に身を隠した。
  考えてみれば、猫の世界に「福祉」などという言葉は無い。
  奴は三本脚でありながら実力で中原の一等地を治めていたのだ。
  したたかな三本脚の豚猫、ミケ。
  そんな彼女もある日忽然と姿を消した。
  小学校では随分と噂になったものである。「ミケがいなくなった」
  猫界の常に倣い、彼女も「猫墓場」に向かったらしい。気高い猫であった。
  さて、そんな同情を集める余地も無い隆々とした肉体を持つぶち猫、ビッケは、
  どちらかというと近所の人間からは評判が悪かった。
  人間を恐れるそぶりも見せず悠々と領地を闊歩するビッケ。可愛げの欠片も無い。
  ゴミ捨て場は荒らすわ散歩中の犬に襲い掛かるわ、彼女の悪評は数知れなかった。
  その代わりカラスは近寄らなくなった、という評判は立った。
  皇帝の一喝は大人もびびる野犬共すら怯える。
  僕はビッケが一方的に野犬を追い回している様子を一度見たことがある。
  しかも彼女は何故か大の鳥嫌いであった。
  ゴミ捨て場を荒らしているカラスを見るとヒョウの如きスピードで襲い掛かる。
  あんなのがいたのでは鳩もカラスも地表に降りることができない。
  ビッケがなぜあんなに鳥嫌いであったのかは分からないが、多分トラウマでもあるのだろう。
  ところで、中原の裏側は博多湾がすぐそこである。
  堤防と道路の間には排水用の小さな川があり、堤防の向こう側が博多湾であった。
  特にこの一帯は湾の中に湾があるような地形で波が低く、
  近くに有名な干潟があって渡り鳥の餌に事欠かなかった。
  そんなわけで中原の側には無数の渡り鳥が毎年帰ってきていたのだ。
  よく双眼鏡を持ったバード・ウォッチャー達が堤防沿いを散歩していた。
  鴨や雁、白鷺などで、普段はわざわざ危険な陸地になどほとんど上がってこない。
  一時期、ここに世界的にもめずらしい渡り鳥が数羽確認されたということで
  新聞に記事が載り、テレビでも紹介された。
  名前は忘れてしまったが少し大きめの美しい鳥であった。
  ほう、家の裏からも見えるかねえ、などと隣近所で随分と噂になったものだ。
  僕も少し興味を持って図鑑で姿を確認した。
  後日、いつものように駐輪場に行くと、なんと目の前にその渡り鳥がいるではないか。
  陸地に上がってくるとは知らなかった。なんとも運が良い。
  驚かさないように少し遠めで眺めていると、僕の脇を巨大な影がすり抜けていった。
  ビッケである。奴は瞬く間に渡り鳥に襲い掛かり、
  鳥は驚いて羽を撒き散らしながら飛び去っていった。
  僕は思わず「こら!」と言ったが、鳥が飛び去るのを確認したビッケはこちらに振り向き
  忌々しげに「ニギャー」と鳴いて立ち去った。
  皇帝としては領地を余所者に荒らされるのが気に食わなかったのだろう。
  それにしてもなんて奴だ。
  世界的にもめずらしい渡り鳥を博多湾から撃退したのは、皇帝である。
  もっとも、こうなってくるとどちらが「めずらしい生き物」なのかは微妙であるが。
  ちなみにこの話、僕は誰にも語らなかった。
  これ以上ビッケの評判が悪くなると保健所が動き出す可能性もある。
  これでも色々と気を遣っていたのだ。まあ、ビッケは知る由もないが。

 第二章 皇帝の降臨

  ビッケはある日突然団地にやってきた。
  僕が初めてその存在に気付いたのは、確か中学生の頃だったと記憶している。
  その「中原」を横切って駅まで行こうと歩いていたとき、凄まじい勢いで逃げ走っていく猫を見つけた。
  中原の一角を占める一匹だった。また縄張り争いらしい。
  それにしてもその猫が争いに負けて逃げていく所を見たことが無かった。
  そういうこともあるのだな、などと思っていたら、後から彼女がのそっと姿を現した。
  彼女こそ、後に中原を席巻するベッケンバウワーその猫だったのである。
  僕はぎょっとした。彼女がまず巨大だったからである。
  一瞬山猫かと思ったが、風貌を見ると間違いなく白黒のぶち猫。
  彼女はこちらをギロっと見てのそのそと目の前を通り過ぎてゆく。
  なんともふてぶてしい面構え。とても新入り猫の様子ではない。
  こりゃあ大したやつが現れたもんだ、と妙に感心して僕はその場を後にした。
  それから数日間で、中原には猫がいなくなった。
  別にいなくなったわけではなかろうが、僕が目にすることはなかった。
  ところが後日、朝家を出ると目の前に5〜6匹の猫が集団でうじゃうじゃいるではないか。
  集団の中央にどっしりと構える巨大な白黒のぶち猫。
  間違いなく奴だ。数日のうちに中原をまとめ家臣を手に入れたのだ。
  みな見知らぬ猫であった。非常にめずらしい現象だ。
  僕はその場で彼女に名をつけた。皇帝ベッケンバウワー!略してビッケ。
  その後長く、ビッケ一族は僕の家の前を棲家とする。
  連中に会わぬ日はなかった。ところで、
  猫に幻想を抱いているみなさんの夢をこわして申し訳ないが、
  猫にとって人間とは2種類しかいない。餌くれる奴とくれない奴である。
  縄張り内で初対面の人間と会う。全身を緊張させ一瞬の隙も無い体勢でこちらを見つめる。
  そこでにっこり笑って近づいても逃げるだけである。
  鞄の中を漁って食い物を探し与えると、奴らは急に「猫なで声」をだして
  身を摺り寄せてくる。
  ビッケ一族も僕に対して当初そのような態度をとっていた。
  しかし僕は猫好きではない。連中に与える餌など持ち合わせていない。無視して通り過ぎる。
  ただし猫を虐待することも無い。奴らには奴らの生活と言うものがある。邪魔をしてはいけない。
  ほどなくビッケ一族にとって、僕は「餌くれない奴」に分類されたらしく、見向きもされなくなった。
  しかし顔は知っている。背後から近寄ると気付いて急に身を固め振り向く。
  それが僕であると分かると、なんだあいつか、という顔をして忌々しげに立ち去っていく。
  ビッケはさらにひどい。
  奴は何故か僕の自転車の荷台がお気に入りで(多分黒かったから暖かかったのだと思う)
  僕が駐輪場まで行くと必ずと言っていいほど奴が座っている。
  近づいても身動き一つしない。
  目の前まで来て「どけ」と言う。めんどくさいなあって様子で渋々荷台を降りる。
  時々僕の自転車だけ倒れていたことがあったが、あれは多分ビッケが乗るのに失敗して押し倒したのだ。
  何せあの巨体である。自転車の荷台に器用に座っていたが窮屈そうだった。
  夕方帰ってくるとやっぱりいつものところにいる。
  目を合わせ僕はギロっと睨む。ビッケも同様に睨む。お互い、おまえなんか嫌いだよ。
  僕はビッケと喧嘩して無傷でいられる自信がなかった。
  それにしてもビッケは一体どこから来たのだろうか。
  あれだけ圧倒的な力を持っていればどこにいても通用する。
  わざわざ片田舎の団地に引っ越す必要など無い。
  様々な考察を繰り返した結果、僕はある推論をたててみた。
  前章で述べたとおり、外海側の丘の上には松林が鬱蒼と茂っている。
  道路には人気が少ないので、道沿いに子猫をすてる連中も多かった。
  子猫を捨てる、というのは非常に残酷である。
  幼少の頃、友達三人で子猫が詰まったダンボールを見つけ、
  放っておけず隠れて育てようとしたことがあった。
  しかし子猫にはやはり親猫の体温が必要なのである。
  ミルクも飲まず、飢えと寒さで次々と死んでいった。
  なんともやりきれない無力感で三人して泣いた記憶がある。
  捨てるくらいなら生ませるなっつうの。そういう人間はそもそも猫を飼ってはいけない。
  同じ捨てるにしても団地周辺の方が生存率は高い。
  松林に捨てても周囲には人も猫もいない。
  いるのはマムシと狸と凶暴な野犬だけである。
  しかし、ふと考えた。ビッケならばあの環境の中で生き残っても不思議は無い。
  久しく松林の中で野犬やマムシと戦いながら生き延び、
  颯爽と下界に降臨したのではなかろうか。奴ならありうる。
  真実は誰にも分からない。

 皇帝ベッケンバウワー


 第一章 皇帝の時代

  猫の話をしようと思う。
  最初に断っておくが、僕は猫が好きなわけではない。
  奴らは実に狡猾で怠慢で不遜である。 
  しかし嫌いなわけでもない。
  奴らほど機知に富み忍耐強く逞く、そして高貴な生き物も珍しい。
  僕は好き嫌いはともかくとして、ずっと猫を見て育ってきた。
  郷里が歴史ある漁師町だったからである。
  福岡市の地図をご覧になったことがあるだろうか。
  真ん中に博多湾があってその周り、川沿いに大きな街があるわけだが、
  湾内をまるで玄界灘の荒波から護るように志賀島まで続く細い陸地が北に延びている。
  僕はその細い陸地の付け根で育った。地名を奈多という。
  内海(博多湾)から外海(玄界灘)まで徒歩で約20分〜30分。
  南北を海に挟まれた漁師町である。
  外海は荒波に砂を削られ高々と砂丘が続き、
  丘の上には広大な松林が鬱蒼と茂っている。
  丘の麓、陸側に古い奈多の町があるが、湾側は江戸時代に干拓が行われ農地があった。
  そこにちょうど30年ほど前、市営の団地が建設され、奈多の風景は一変した。
  志賀島まで続く59号線を境に「町者」と「団地者」に別れたのである。
  僕は3つの時に引っ越してきた団地者。僕の世代にはそれほど感じなかったが、
  団地が出来た当時は互いに反駁しあっていたとか。まあ何となく想像できる。
  人間の些細な事情などこのさいどうでもよろしい。
  要は昔ながらの漁師町と現代的な市営団地が混在していたのである。
  そして当然ながら猫が多かった。そこら中にもううじゃうじゃ何百匹いたか分からない。
  内海と外海の両方を遊び場にしていた少年時代の僕は、
  そんなわけで猫と接し、観察する機会が多かった。
  猫と接する中で分かったことがある。
  猫が団地側に住む理由などないということだ。
  漁師と猫の関係はギブ・アンド・テイクの関係にある。
  猫は家や船内にはびこるネズミどもを退治し、その愛らしい容貌で漁師の心を和ませた。
  そして漁師は釣れた雑魚を豊富に猫達に与える。
  漁師町の家々は大抵どこでも猫を飼っている。
  が、現代風の一般的な飼い方とはすこし違う。
  まず○○さんとこの猫、というくくりが物凄く曖昧で、
  他所の家の猫が平気で入り込んで飯を食っている。
  友人の家に行って「猫は?」と訊くと、大抵「知らん、どっか行っとう」と答える。
  外で遊んでいると知り合いの猫を頻繁に見かける。飼い主とばったり遭遇することもある。
  夕方の飯時になるとどこからとも無く帰ってきて猫飯を要求する。
  食ったら寝る。冬場は朝目覚めると大抵寝床に入り込んで布団を猫の毛だらけにしていたという。
  繁殖期になるとそこら中であの特有のだみ声(赤子の泣声に似ている)が聞こえ始め、
  うじゃうじゃ子猫を生み出す。でも人間の家では生まない。
  ある日突然子猫を連れてくる。普通だったら迷惑この上ない。
  しかし漁師町ではさしたる問題でもない。子育ては猫にまかせっきりだし、
  元々飼っていたかどうかさえ怪しい猫である。ただ家の中に猫がいる。それだけである。
  猫にとって町側は正にパラダイス。食って寝て遊んで安心して子供を育てることができる。
  ところが団地側の生活は非常に厳しい。
  団地の規定で家では猫を飼えない。従って時々人間のおこぼれにあずかるか、
  生ゴミを漁って食料を確保するしかない。
  野良犬が迷い込めば危険も高まる。逃げ場もないし安心して子供を育てるスペースも無い。
  下手をすると保健所に捕まって処分されてしまう。
  車の通りも激しく時々轢かれて無残な姿をさらしている。
  だから猫にとっては団地側に住む理由などないのだが、そこは猫にも事情がある。
  団地猫は他所から迷い込んだ引越し猫とか、町からはみ出した不良猫。
  あるいは人間の勝手で捨てられた子猫が逞しく育ってしまった例もある。
  ともかく厳しい環境下にありながら団地側にも非常に沢山の猫が暮らしていた。
  そして彼らの間では厳しい生存競争に勝ち抜くため、激しい縄張り争いが展開されることになる。
  同じ団地内でも餌を豊富に確保できる区域とそうでない区域が存在したからだ。
  僕の家の周辺は一等地。小学校の前にあり、給食の残りものをいただくことが出来る。
  また1階に住む猫好き老夫婦も2〜3軒あり、昼ごろにはその施しも受けることができる。
  裏は内海に面していて時々釣り人から雑魚ももらえる。車の通りも少ない。
  したがってこの地域は歴戦の猛者、団地猫の中の団地猫が所有できる沃野であり、
  それゆえに伝説的な猫も数多く生まれてきた。僕はこの地を「中原」と呼んでいた。(三国志参照)
  さて、前置きが長くなったがいよいよ主人公の登場である。
  圧倒的な強さでこの中原を瞬く間に席巻した皇帝。
  僕はこの猫を「ベッケンバウワー」と呼んでいた。略して「ビッケ」。
  彼女(雌猫だった)は丁度僕の家の前を司令塔とし、一族郎党を養っていた。
  その顛末に付いては次章以降とする。
  

光る暗点 (2)

「芥川賞作家などここにはいない。」
「それはご自身が変わられたということなのですか?」
「君はまるで分かっていないのだ。当然だが。次の作品は何かとね。みな同じことを訊く。君らは作品でなければいかんのだ。僕も昔はそうだったが。芥川賞をとったあの小説はクソだ。昔の作品を評価した芥川賞もクソだ。僕は作品が欲しいわけじゃない。」
「では先生は何が欲しいのですか。」
 私は少しむっとして訊ねた。彼はこちらに顔を向けようとせず、しかし、彼の顔面でいよいよ隈が暗く、光が明るくなっていくのを感じた。
「いいかね、君は何も考えていなかったのだ。僕はそれに気付いた。僕は構造を、芸術を、学問を、人心を、脳の構造を考えようとした。考えてきた。だがそれは考えていないのだ。そんな当たり前のことに何十年もかけてようやく気付いた。僕は大馬鹿さ。君と同様の大馬鹿者だ。だが僕は天才だ。そう思わねばならん理由がある。作品が書けない、大馬鹿で天才だ。そもそも僕は何も考えることができないのだ。昔と同様、何も考えていない。何も考えていない人間がどうやって作品を書くというのだ。書けるはずがなかろう。君は僕に何が欲しいのかと訊いたね。では君は何が欲しい。」
 ふと、私は口ごもった。私は一体何が欲しいのだ。この人に対して、回答、常識、啓発などのあらゆる意味を含めて何が欲しいと言えばいいのか。(恥ずかしながら、私はこの時そんなことを考えていた)欲しいものは沢山あるように思う。だがこの人の今の問いかけに対するには、どれも不適当であるような気がした。
 電球の音が支配力を増していく。分からない、と一つ言うことがこれほど恐ろしく感じたことはなかった。それは彼の顔に益々深まっていく隈に圧倒されていたせいかも知れない。彼の顔は色が無く、隈と光だけで構成されていた。隈の闇はいよいよ深まっていく。私が答えられないまま時間が過ぎていく。その一秒一秒は実にゆっくりと刻まれていくが、時間が刻まれる毎に、電球のたてる音に支配され、私は自身が闇の門を潜り抜けようとしていくのを感じた。無限とも一瞬とも思える時間を打ち切り、先に彼が口を開いた。
「僕の欲しいものが知りたいかね。」
 私は、はいと答えた。すると彼は私に対して正面に向き直り、目を閉じろと言った。私は何とか彼の顔の隈の中から眼球を探し出そうとしたが、どうしても見つけることができず、ゆっくりと言われた通りに目を閉じた。
「何が見える。」
 暗闇の中に無数の白い点が見える。白い点は各々が激しく微動しながら、全体は有機物のように何らかを形作り、その姿をめまぐるしく変えていく。時には円形に、時には人手型に、実は初めから形など無いのではないかと思われるほどめまぐるしく。
「そうだ。我々はその白い点の動き方を細かく研究して、どんな風に動いているとか、どんな形を作り出しているとか、そんなものを探し出そうとしている。」
 白い点は連結したと思えば離れ、形を作ったかと思えばすぐに法則を失っていく。そんな不確かなものをじっと見つめていると、本当に彼の言う通りのような気がしてきた。
「先生は、こんな不確かな白い点の正体が欲しいのですか。」
「ちがう。」
 彼は低く、鋭く否定した。
「もっとしっかり目を閉じてみろ。見るんじゃなく、感じるのでもなく、見ろ。分からんか。闇が光るのだ。巨大な暗い点が、光って、全てを飲み込んでしまうんだ。それだ。僕が知りたいのはそいつの正体だ。」
 私は狂ったように目を閉じた。光を拒む行動のように思った。白い点は益々訳が分からなくなり、一瞬、私の脳から消し飛んだ
 光る暗点。私には見えなかった。
 かなり長い時間目を閉じていたと思う。ゆっくりと目を開けると、彼は両手で顔を覆い、手には青い血管を浮き立たせて、全く動かなかった。
「僕は自分が天才だと思っている。昔から持ち続けている信念があるとすればそれだけだろう。君には分かるか。そんな得体の知れないものと人生をかけて戦うのだ。そこには何も無い。意味も無い。方向も無い。私は天才だ。それだけで生きている。」
 彼はそう言うと、私を追い払う手振りをした。
「わかったろう。僕はただの狂人だ。記事にもならん。分かったらさっさと帰ってくれ。」
 私の目前に理解不能な物体がいた。もはや人には見えなかった。彼はまさに、俗に言う狂人である。狂人とはこういう人のことを言うのだと思った。
 彼は両手で顔を覆い、俯き、微動だにせず、しかし激しく、佇んでいた。さっきまで彼とは異質に見えた本や、七輪や、破れたカーテンや、電球や、腐った豆腐や、そんなものが彼と同質に見えた。私よりもむしろ彼の側に近いような気がしてならなくなってきた。
 私はなんとなく、彼が天才だと信じたくなってきた。なんとなく。今思えば、そんな軽い考えだったような気がする。
「先生は天才です。少なくとも今の人ではなかった。私はそう思います。」
 今でも鮮烈に、何よりもリアルに蘇る。私の眼球の裏に焼きついた、彼のもう一枚の写真。彼はゆっくりとこちらを振り向き、初めて、私に目を見せた。どこにもない顔。
 私は一瞬、自分がひどい嘘をついたように思えた。そして次には、自分に彼の視線を受け止める能力が無いことを悟った。
 彼は再び顔を両手で覆い、机の方を向いた。指の間から水滴が流れ、私はただそれだけで、彼が泣いていると知ることが可能だった。
 それからは何を言っても、いつまで経っても彼は決して動こうとしなかった。写真を撮りたかったが諦めて、私は静かに、その部屋を抜け出した。彼の泣き顔に表情があったかどうかは、分からない。

 太田誠一氏へのインタビューは記事にならなかった。あの日私は記事をまとめ、一冊のファイルにした後、社には太田氏が不在であったと伝え、ファイルを自分の書斎の引き出しに奥深くしまい込んだ。私の訪問の三日後、彼は川から死体で発見された。これも記事にはならなかったが、彼の地元の地方紙に訃報が載った。
 ファイルには、彼の死後焼却されようとしていた膨大な量の原稿(と言っても落書きに近いのだが)をまとめている。
 この追録をもって、太田誠一氏のファイル作成作業を終了し、私の書斎の金庫に封印する。私は後日、このファイルが発見されることよりも、むしろ永久に人目に触れぬことを希望している。



━━┳━━━━━━┳━━━┳━━━━━━┳━━━┳━━━━━━┳━━━┳━━━━━━┳━

この小説は僕が20歳の頃に書いたものである。加筆・訂正を加え公開する。
先日実家から送られて来た荷物の中にこの初稿原稿があった。
この作品の原稿は他にもあったが、全てどこかに行ってしまった。
今回ちゃんとした形で残すために加筆・訂正を加え、作品として仕上げた。
これは僕にとって小説に向かった原点とも言える作品である。
読んでくれた方々は、ある人は絶賛し、ある人は酷評した。
訳が分からないという人もあった。
ある人は「これは入り口だ」と言った。
だとするとこれは「門」か?ふふふ、随分と簡単に門を潜り抜けたものだわねぇ。
この作品に付け入る隙はいくらもある。
さあ皆さん批評されよ。あなたの社会性試されてるかもよ。。
とすると僕の社会性は・・まあそんなことはどうでもいい。

最後まで読んでくださった方々に感謝いたします。

光る暗点 (1)

 光る暗点

 
追録

 涙を含む風景は、忘れられない。忘れてしまうにはあまりにも鮮烈であり、彼の(もしくは私の)根底が現れている。あるいは単に、あの記憶が私にとって最も劇的な事件だったからなのか。とにかく、私には決して忘れることのない涙がある。
 私は長らくこの記憶を正確に残す義務を心に課してきた。もっとも、どのような手段を講じたとしても、彼の複雑な(閉鎖的、内向的にして、あらゆる意味で開かれた)根底を表すことはできない。彼の見たものは、やはり彼の作品によってしか垣間見ることができないからだ。一人のジャーナリストとして自分に出来る行動は、このファイルの作成だけである。だが、レポートの内容の補足として、私がこの目で見てきたものを残さず書き記すことはできるだろう。
 この企画は、一九八六年の頭から、我が社の文芸誌「A」の発刊20周年を記念して発動したもので、歴代の芥川賞受賞者へのインタビュー記事を載せるという退屈なものだった。太田誠一氏は昭和四十三年に受賞している。作品は読んだが内容のほとんどを忘れてしまっていた。昭和四十一年、三十一歳の時、この作品で一躍脚光を浴び、翌年の芥川賞を受賞した。ところが翌四十四年から作品が発表されず、五十五年にようやく新作が発表された頃には、誰も彼の作品に手をつけなかった。実際、私の部署の同僚や先輩は文学に精通した者が多かったにも関わらず、ほとんど知らないか、読んでいても忘れていた。私にとっては、取材部に配属されて初めての仕事だったので、あまりの資料の少なさに自分の運の悪さを呪ったものだった。
 私の手元に収集することができた太田誠一氏の写真は一枚しかない。受賞時に撮られた全盛期の写真である。趣味の良いブルーのセーターを着こなし、髪も若作りでとても三十男には見えない。人差し指を口元に当てポーズを作っている。これはどこにでもある写真だ。若くして成功した者の自信と生気を具現化した顔。そういった若者達の顔は、素によらず格好良い。全ての凡市民達の希望のような姿をしている。
 しかし、私はもう一枚持っている。眼球の裏にだ。いつでも、どこにいてもその顔は現れる。いかなる映像や画像にも増してリアルに。こんな顔はどこにもない。光と影(隈)だけの顔。色はない。髪型も、皺の数も分からない。目は焦点が合わず昔の眼光の面影もない。表情もない。年齢もない。それらの要素は意味を持たない。はたして人間なのかも分からない。私が見た彼は、そんな顔だった。

 十一月、風も心地よい秋晴れの日だった。二週間もかけてようやく探し出した彼の家には電話が無く(無いのではなく、単に止められただけだが)、手紙を出しても返事がないので、私は仕方なくアポもとらずに訪問することにした。彼は九州の古アパートの二階の狭い部屋に一人暮らしていた。
 経歴を調べたところ、彼は昭和44年の末に当時の東京の家を出たまま消息を絶ち、昭和五十四年からこのアパートを借りて突如出版社を訪れている。空白の十年間。友人の家に時々顔を見せていたようだが、それ以外はどこで何をしていたのか全く分からない。浮浪者同然の生活をしていたようだ、という話もある。十八年前の彼に何があったのか、知人達の誰もその経緯を知らない。
 昭和五十五年に出された作品「海底」という詩集も全く理解に苦しむもので、全文内容が支離滅裂としており、以前の作品に見られた美しさや緻密で重厚な文章力など欠片も見られない代物だった。新人記者だった当時の私にとって、彼は単なる厄介者以外の何者でもなかった。アウトサイダー、というより「狂人」だと思った。今でも思う。彼は限りなく「狂人」に近い。
 調べた住所の戸口に立つと、私はすぐに獣の気配を感じた。人の住む場所ではない、と。標識はない。チャイムは壊れているし、ノックをしても返事が無い。ドアノブを回すと鍵がかかっていなかった。迷ったが開けてみると、まず食べ物が腐った酷い臭いがして、それから布団と、大量の書物が小さな黄色い明かりに照らされてぼんやりと現れ、最後に一番奥の折りたたみ式の机の前に、巣穴に潜むイグアナのようにじっと佇んでいる彼を認めた。(私は以前、それと同様のイグアナの映像を見たことがあった)
 彼は振り返りもしなかったが、私はその不気味な横顔を見てひどく驚き、まず、すみません、と口をついた。
「わたくし、○○出版社の者なのですが、突然お伺いして申し訳ありません。」
 全く反応が無いので、とりあえず用件の説明をし、お手紙もお出ししたのですが、と付け加えて返事を待った。それでも反応が無く、諦めて帰ろうとした時、ここに入りたいのか、という声を初めて聞いた。気力の無いガラガラ声だったが、意外にも若い声だったので私は戸惑った。一寸置いて、はい、できればお話をお聞きしたいのですが、と答えた。場所を移したかったがそう言うと断られそうだったのでやめた。彼はようやくこちらに振り向き、
「じゃ、上がりなさい。」
と案外やわらかな表情を見せた。(今思えば、それは私が見た唯一の彼の表情だった。今はもう思い出せないが。)
 礼を言って部屋に入ると、台所の鍋にカビだらけの豆腐らしき物を見つけ、酷い悪臭の原因を突き止めた。室内は暗い。日当たりの悪いアパートの二階は外の空間と完全に隔たっている。六畳の畳部屋は本棚やダンボールから溢れ出した大量の書物に占領され、足の踏み場は布団の上にしか残されていなかった。そこら辺に座りたまえ、と言うので、私は仕方なく布団の上に正座し、菓子箱をつまらないものですがと言って差し出した。彼は見向きもせず
「私に訊きたいことがあるのか。」
と言った。ガラガラ声だが、風邪をひいたような、でもない、狼のような、でもない、まるで、今まで何百年も口を閉ざしていた巨大な石の化物が、ようやく語り始めたような声だった。彼の言葉に、私は思わず口ごもり、慌てて鞄の中から用意していた質問用のファイルを探し始めた。すると彼は鼻で静かに笑い、
「君と同様、僕にもね、君が今から取り出そうとする質問には何の実も見出せないんだ。」
と言って煙草を口にくわえ、
「人と話すのは久しぶりだ。人を見るのもね。人と言うのはこんなに純粋な目をしていたんだな。」
と私の方を見た。彼の顔は隈ばかりでほとんど何も見えなかった。私は取り出そうとしていたファイルを再び鞄の中に戻した。
「純粋、ですか。」
「純粋とは無知とも言う。気を悪くせんでくれ。私は君の知らぬことを知っているが、君に比べれば私の社会性は皆無なのだ。」
「わかります。」
 彼は、再び鼻で静かに笑い、実に小気味良い、と言って顔を机の方に向けた。黄色い光が彼の顔から僅かに隈を押しのけ、私は初めて、彼の顔に表情が無いことを知った。
「君は何を知っている。」
「何を、と言いますと。」
「君は何によって生かされているのかということだよ。」
「ああ、さあどうでしょう。少なくとも私一人では生きていない。多くの人々の恩恵を被って生きているんでしょう。」
「恩恵かね。ふんっ、君は抵抗しないのか。しているだろう。分かるよ、君には抵抗しようとしていることがある。だが結局そんなものに生かされている。私もそうだが。色んな作家が書いているだろう。そら、君は『黒い鳥』を知っているか。」
 『黒い鳥』は知っていた。最近の芥川賞作品にあったのを思い出した。確か解説では、現代社会の構造を示唆している、とあった。
「はい、知っています。しかし私たちはその構造を考え、その歪みを超えるべく努力していくべきではないでしょうか。」
 彼はぼそりと、そうか、と言い、しかし私にはそんなことはどうでもいい、と吐き捨てた。
 そうか、彼はただ面倒なだけなのだ、と思った。そう考えると、今まで多分に威圧されていた感が抜け、私は、今一人の愚か者を相手にしているだけなのだ、と急に悪臭が鼻をついた。
 数分経っても彼の口から何も発せられそうになかったので、私は前もって読んでおいた彼の作品についての感想を語りだした。(詩集『海底』についてはあえて触れるのをやめた)時々質問を入れても彼は決して答えようとせず、それどころかまたイグアナのように動かなくなってしまった。
 主が一体誰なのか分からなくなってしまった部屋の中で、そこらに散らばったカバーも無い文庫本や、七輪や、所々に穴の開いたカーテンや、やたらに大きな音をたてる机の上の電球だけが、私の話に一々相槌を打っていた。
「先生は今、どのような作品を目標に掲げておられるのですか。」
 随分長い私の一人語りが続いた後、最後にお決まりの台詞を吐いた。早々にこの不快極まりない獣の棲家を立ち去りたかったのだ。彼は再び煙草に火をつけ、一息吐いた後、君は思い違いをしている、と言った。

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