スズラン(Lilybell) 聖書とともに

韓国でクリスチャンしています。でも、教会には若い人がいません><!!

聖書を読んで思うこと

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全14ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

創世記1章〜6章

創世記は何度読んでも面白いと思う   
 
というか、考え深くてその時ごとにいろいろな思いがわく。
 
アダムとエバは神によって結び付けられた存在だということ。
 
つまり、本人たちが自由に恋愛して、相手を探しあったわけではないというところ。
 
神様が必要な時に与えてくださった。
 
一人でいるのはよくないと言われて。
 
そうして二人はお互い裸であっても恥ずかしくはなかった。
 
それはお互いを信頼してるから。神の前でも二人は同じように恥ずかしくはなかった。
 
しかし、神の戒めを破ってからは、神との信頼は崩れ去り不安や恐れが生じた。
 
もう、あるがままの姿を神の前にさらけ出すことが恥ずかしくなり、苦痛となってしまった。
 
それで身を隠した。
 
神はすぐにアダムとエバが自分との関係を失ったことに気づかれる。
 
人間は、神のようになれるという欲望のために、神の子であるという神との親子の関係を
 
失ってしまった。
 
そうして今もなお、放蕩息子、娘として今この現実をさまよっている。
 
神様と関わらない人生は虚しいということなんだろう。
 
日々祈りとともに、神様とともにいたい。
 
 
イメージ 1
 
 
 
 

聖書の通読

去年2014年も、牧師様の言葉で聖書通読を密かに頑張っていた私。^^;;
 
でも、途中から読んだところの印の記録があいまいになって、
 
多分90%は読んだはずなのですが。。。はっきりせず。
 
時には日本語で読んだり、韓国語で読んだりとしていたのでそれもよくなかったし。
 
それで今年は、本を決めて、(去年はほとんどスマートフォンのアプリ?を使用して
 
読んでました。寝る前の暗いとこで読んだりして、目にも悪かった><)
 
きちんと記録して、達成できるよう頑張ろうかなと。
 
あ、でも、韓国語のやさしい聖書にするか、韓日対訳の日本語聖書にするか、
 
まだ決められない。
 
そうして読んだなら、このブログにも、何とか記録しながらやってみようかと。
 
またぼちぼち更新していこうと思ってます。
 
 
イメージ 1
 
 
聖書の中に毒麦の話がありますよね....
 
間違ってよい麦まで抜いてしまってはいけないから
 
終わりの時まで収穫しないように....という内容だたっと思います...
 
私は毒麦のような統一協会出身です.....
 
待っていただかなければ、もうすでに抜かれていたのかもしれません.....
 
時を与えられるというのは、愛を与えられたということだと思います.....
 
また、よい麦なんだけど、毒麦に見えることもあるんだろうし
 
毒麦なんだけれどよい麦に見えたりするのかもしれないということでしょうか...
 
イエス様も待ってくださるわけです...
 
人だったらなおのこと、イエス様以上に毒麦とよい麦を見分けられるのでしょうか....
 
神様は全人類をもうすでにイエス様を通してお許しになりました....
 
そのことを聞いて信じたのがクリスチャンであり、まだ聞いてない人には
 
伝えなければならないでしょう、でも、全員が聞く耳を持っているわけではありません....
 
たとえクリスチャンであって主よ主よと叫んでいても
 
愛を行わなければ意味がありません.....
 
最後の最後まで時間という、チャンスを与えられるイエス様....
 
悪を浮き彫りにされるイエス様......
 
 
 
 
私が幼いころから、キリスト教の幼稚園に通って
 
卒園記念に新約聖書をもらいながら、聖書に触れてきた人生ではありましたが.....
 
聖書には鍵がかかっていたり、なぞが仕掛けてあったり、
 
隠されていたり....と、一筋縄ではいかない書物のようでした.....
 
ある一定の基準があるのでしょうか?
 
その人の心が神の心にかなうまで、または、イエスその方を心から求めるまでは
 
簡単に紐解くことのできないような不思議な書物であると思うのですが.....
 
もちろん、字さえ読めれば誰だって読めるのですよ。(当たり前^^;
 
それなりに学ぶことはできるんでしょう、でも、
 
旧約ではイエス様を送られるということ、新約ではイエス様のことを中心に
 
書かれましたが、イエスさまが勝利された人類の救世主である、このことが一番のポイント
 
であるわけで、何も聖書すべてを知らなくてもいいわけでして。
 
心を込めて、イエス様のことを伝えながら、また、信じたとおりにイエス様のように
 
神を人を愛し行動で示すならば、私もイエス様を受け入れてそのように生きよう、
 
という人が増えるのではないでしょうか........これだけで十分だと思うんです.....
 
数ある聖書の中から、正典として選ばれたのは、選ばれなかった書物がまったくの偽物
 
だというのではなくて、イエス様が来られてからの時代の私たちに必要な
 
内容であるか、ないか、だけだと思います.....
 
なぜなら、イエス様の復活を心から信じるのであれば、それ以上、一体何を
 
知り望まなければならないでしょうか.....???と言うことがいえるのではないでしょうか?
 
聖書の中には確か、神は直接人の心にみ言葉を書かれるとあったように思います....
 
聖書のポイントを十分に把握することが大事であり、これは、学者しか知ることのできない
 
聖書を把握した人しか知ることのできない内容ではないということが、
 
神の「知恵」ではないかと言いたいです......
 
つまり、聖書の知識を必要以上に、ポイント以上に追求する人がいるのであるならば
 
それは、神の願う基準から外れるのではないかという懸念です.....
 
神は、この「聖書」を通して、偽預言者をはっきりと区別されるのだろうと思います......
 
神は、この「聖書」という書物を通して、異端やカルトやあらゆる悪が
 
はっきりと明るみに出されることを、すべて最初からご存知、ご承知であるのだろうと
 
今の私にはそう思えます..........
 
なので、間違った教えを持つ人は滅んでいくわけです.....
 
それは神でしかなせないことであります......
 
で、クリスチャンは、その間違った教えを説く人に「それは間違っている」と言えなければ
 
ならないし、心からそう説いて、聞く耳を相手が持たなかったら、神様に
 
お任せするしかないでしょう.....
 
カルトだって、聞く耳を持たない人を伝道できるほど、すばらしくも暇でもありません...^^;
 
それは時間の無駄だと知っているからです.....
 
 
神にお任せすることも、クリスチャンとして当然しなければならないことだと思いました........
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 

「希望」という神の愛

誰かから聞いた話ですが...
 
あるアフリカの農民が、種をまきました...
 
ところが、干ばつ?だったかが続いて、多くの人々が死んでいきました...
 
しかし、種をまいた地域の人たちは、いつかその種が育って
 
食物を得ることができると信じ、命を得ました.....
 
 
私達の命をつなぐのは....
 
「食物」だったでしょうか.....??
 
今回の災害を前にして、助かった人たちに、あるアナウンサーがこう言っていました
 
「政府が必ず保障をして
 
またもとの生活に戻れるという「希望」を、一刻も早く被災した人たちに
 
伝えてあげてください」と。
 
 
体も弱っていますが、心も精神的なものも、もう限界にいる方が
 
多いのだと思います....
 
政府の対処が遅れたとしても、そんな風に人々に希望を持たせようと
 
言ってくれるアナウンサーがいることを知っただけでも、人々は力を得るのでは
 
ないでしょうか......
 
 
そうしてクリスチャンならなおのこと、
 
自分達がどのような「希望」を持っているのか、はっきりと自覚認識し
 
多くの人にもその希望を伝えなければならないのだと思います....
 
それは、ただ漠然とした内容であってはいけません.....
 
上のアナウンサーは、具体的に表現しています.....
 
相手によく伝わってこそ、人々に受け入れられる「生きた希望」となるのでは
 
ないでしょうか......
 
 
「天国」に行くことですか??
 
「天国」とは一体どういうところなのでしょうか??
 
「教会にも行かなかった、津波で亡くなってしまった家族はどうなりますか??
 
地獄に行くんですか??」
 
 
上のようなことを言うのであれば、人々は力を得るのでしょうか......???
 
 
 
聖書では何と言っているのでしょうか??
 
 
神様は、エデンの園を復活させられます.....
 
アダムとエバ、人間だけを堕落で失ったのではありません....
 
この大自然や動物や草木も、みな本然の姿を取り戻すでしょう....
 
人間も死ぬことのない新しい体を与えられるでしょう.....
 
どうしてそれがわかりますか、信じられますか??
 
それは神様が存在するからです......
 
生きた神様です....死んでしまったり無能な存在なのではありません.....
 
その証拠は、この宇宙や自然を見て判断することができるでしょう.....
 
神が、新しい世界を創造する力がないというのでしょうか.....?
 
 
すべては神が造られた、私達も被造物であります.....
 
どのようなことで命を落とすにしても、神は一人一人記憶されています.....
 
生きている時に、善に生きた人はみな、新しい世界に再創造されるんです.....
 
神が悪だとみなさない限り、人は永遠に生きるのです.....
 
もし、自分の心に不安があるのだったら、それを正直に神に打ち明け許しを請いましょう...
 
神は、許してくださるでしょう.....
 
許されたかどうかは、自分で自ずとわかるようになるでしょう......
 
 
また、自分の家族をとりなしたアブラハムを知ってください.....
 
ソドムを滅亡させる時に、甥のロトは信仰があったとしても、その家族だという
 
だけで、神は救いの手を伸ばしその通りにされました.......
 
なので、私達も、今生きている人のために、またすでに死んでしまった家族にも
 
とりなして祈るのであるなら、その祈りは確実に聞かれるんです.......
 
 
神は無慈悲で、非情な怖い神では決してないんです.....
 
人間を救いたくてしょうがない神なんです......
 
 
私達は、この世を一生懸命生きて、土に帰ったあと神と共に永遠に幸せに暮らすことが
 
できるんです.......
 
それは....
 
人間の力では到底無理なんです.....
 
神だから可能なんです.......
 
愛の神は、人間を愛するために造られました、そうして今は、堕落した人間が
 
自分で自滅していくのをご覧になりながら涙されているんです.....
 
しかし、神は人間を捨てたりは決してされないのです......
 
人間を救うために、時が来れば、新しい世界を準備してイエス様を先頭に
 
私達を迎えに来るのです..........
 
 
 
 
 
 

全14ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
chi*o*o3428
chi*o*o3428
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事