|
私が通っているこの長老派教会では、
6ヶ月以上通い続けると、『学習洗礼』と言って、礼拝の時間に
みなの前で、紹介されます....^^;;
私はこれを正式の洗礼だと勘違いしていました。よくわからなかったものですから。^^;;
そうして、教会のことについてもっと詳しく学んでいく時期を経て、
このときからまた6ヶ月、つまり、一年過ぎたころに正式の洗礼となるようです。
同じ長老派でも、統合と合同では、また洗礼のやり方も違ってました。
前に通ったところでは、額に水をかけてましたが、こちらでは
牧師さんが左手には水の入った器を握り、右手を聖徒の頭に乗せてみなの前で
祈祷するというやり方でした。
私と、長女の場合、この調子で行けば来年の3月くらいに洗礼を受けることになると思います。
早とちりで、ブログの記事にしてしまいましたが、春に向けて余裕のある方は
どうぞお祈りくださいませ。^^;;
|
クリスチャンライフ
[ リスト | 詳細 ]
|
今日は、収穫感謝祭でした。
お昼ごはんには、バナナ、みかん、柿、おもち、豚肉が、特別メニューで
加わりました。そうしてあまったら、みなで少しずつ分けてもらえます。^^;;
大根の和え物、もやしの和え物など、おかずもおすそわけをもらって
うちではもう大助かりです。
いつも何をおかずにしようかと、考えてばかりですから。
写真があればよかったんですが.....^^;;
韓国では、11月11日は、ポッキーの日(韓国ではポッキーじゃなくぺぺロ)で、牧師さんの奥様が
うちの子たちにポーっキーを準備してくれてました^^
食べ物の話ばかりですが、本当に食べるものにも困らないというのは
恵まれてるわけですよね。
すべてにおいて感謝しましょうという説教でした。
|
|
私は自分のことを振り返ると、「罪びと」だという感覚よりも
「異邦人」なんだな、というのがもっと「ピン」と来ます....^^;
実際に、待ち焦がれた救世主は、ユダヤ人の願いでした....
それは、神様が、イスラエルの民に特別に働きかけてくださったからです.....
イエス様も、自分は失われたイスラエルのために使わされた、と
はっきりおっしゃってますし..
でも、異邦人の女性が、信仰を示して
恵みを得ました...
また弟子達にこの福音を全世界に広めよと言われました...
それだから
この日本にまで伝わったと思います.....
ということは、この日本という国も、その当時からすれば「異邦人の国」
ではないでしょうか....
今は、情報の時代になって、弟子達が直接足で歩いて伝道しなくても
ネットのサイトを開設するだけでも、関心のある人には福音が伝わる時代ですよね....
本当に恵みの時代なんだと思います.....
また、イエス様がおられたころは、今のような聖書もなかったので
弟子たちは集まって、霊肉共に力を出し合って現実を乗り越えて
行きました.....
集まらなければ、情報が得られず、また食べるもの、旅の資金とか、
そうして困難な人のために祈ることとか、できなかったわけですから......
でも、今の時代は昔とは違います......
もちろん、教会に通える人もいるでしょう......
そこで用いられる人もいれば、
心はイエス様と共にありながら、教会に通わない人もいるのではないかと
思います.....
でもイエスさまを信じた時点で、私達は神の国の国籍を与えられているわけです....
各自が、自分の道を進みます.....
与えられたタラントを、一人一人がどう自覚し、またそれを増やすのかは
個人の問題だと思っています.....
教会に通いながら成長するのか、独自で頑張るかは、他人にとやかく
言われるものではありません。それを言うことができるのは、神やイエス様でしょう...
ある弟子達がイエス様にこう尋ねましたよね.....
ある人がイエスの名前で悪霊を追い出しているが、自分達と行動を共に
しないのでやめさせました、と。
それを聞いたイエス様は何と言われたでしょうか??
教会に通っているいないに関わらず、イエスを信じるその一点で、すでに
私達は神の息子娘ではないか、兄弟姉妹ではないかと、
思っています........
|
|
原発がこれほど恐ろしいとも知らず、
偶然にも日本を離れていたので直接的な被害は
受けませんでしたが、
両親がこれから、放射線の空気を吸って、放射線入りの水を飲んで
放射線の食べ物を食べるのを
見守るほかないんだと考えるとき
胸は締め付けられます....
放射線の影響がなくとも、もちろん人はいつかは死にますから
そうして、人間は自己中心ですから、被害を受ける人もいれば
加害者もいるんでしょうけど
けれど人はいつかはみな同じ運命にあります...
だから、もう、体の健康に執着しないならば
今こそ、心の健康を求めてほしいし
今からでも全然遅くはないと思います...
死後、天の国で永遠に生きようというのは、
今、この瞬間に成されるからです......
天地を創造された神が、一人子イエスを地に送られた...
それは、アダムとエバとその未来の子孫、すなわちすべての人間の
犯した罪を許すためでした....
だから私達は、イエスを神と等しく信じ受け入れるなら
その瞬間に神の子として記憶されるわけです......
神が定められたおきてがあり、
それを子なるアダムとエバが犯したので、「死」という罰を
受けなければならなかったけれど
神が人類を哀れまれて、ご自身が代わりに罰を受けられた....
神に体がなかったので死ぬことができないのを、イエスを送られて
肉体を持って「死」という罰を負わせた.....
イエスが、その人類の罪の罰を完全に負われたので、勝利されて
また天に昇られた.....
だから、イエスは肉体が一時あったけれど、神と等しいものであることを
信じるなら、私達はそのイエス様と共に神の脇にいることが
できるでしょう.....
今からでも、このことを多くの人に伝えて行きたいと思わされました.....
|



