猪突猛進。

人生山あり谷あり。なんだか谷が深すぎるように思いますけれども、ぼちぼちゆるゆる動いております。

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いやはや参った。

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大変ご無沙汰してます。
残業終わって所用を済ませて帰宅してふりかけごはんを食べてTwitter見たら、何とYahoo!ブログ終了のお知らせ。
まだ12月まで時間があるとはいうものの、やはりそれなりに愛着もあるし、ここで出会った方もいらっしゃるし(とはいえもう更新が止まった様子ですが)。
長年乗ってきた愛車を手放すことになり、「そういやこれで金沢旅行に出かけたよなぁ」って過去記事のことを思い出してたところなんですよねぇ。
別アカウントで作ったブログもあるし、お店じまいや引越しはどーすべな?
何かいい方法ご存知の方ご教授ください<(_ _)>

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どこから書いていいか迷うんですけれども。
そしてどの書庫に入れるかどうかも非常に迷ったんですけれども。

2018年1月5日(金)、もうすぐ日付も変わろうとする時間に、
祖母は大好きだった祖父の待っているお浄土へ旅立って行ってしまいました。

満92歳、心筋梗塞を発症して1週間。
91歳まで独居後に施設入所はしたものの、
倒れるその直前までシルバーカー歩行で食事も全量自力摂取。
俗に言うPPKなんだろうと思います。

ただあんまりにもあっという間で、
この月曜に喪主(母)の代行を務め上げてどうにかこうにか落ち着いたとはいうものの、
私自身、わからないことがどんどん波のように押し寄せ続け、
あれで本当に私のやったことはよかったんだろうか、
おばあちゃんにとってはよかったことだったんだろうか、
そんなことばかりが先にたってしまって、
正直、祖母を思う悲しみにひたる間がないというのが現状です。

2015年8月、母が倒れたその翌日の夕方、
ベッドに座ってぼんやりと、でもにこやかに出迎えてくれた祖母の手をとり
「これからは最期まで私がおばあちゃんを責任もってみます」と泣きながら宣言した、
あの時が今でも鮮明に思い出せるくらいで。


姉からは「両親を送るまで家にいる必要もないし、介護を全く行わないで甘えている弟夫婦も悪い。それに彼らがこの家に戻ってくるにはあなたは邪魔なのだからもう出なさい」ということをずっと言われています。
姉が言うのもわからんでもないのです。
20代半ばからずっと介護介護に明け暮れていますから、それで人生が終わっちゃいけないというのも。


でもなぁ。

ショートステイに行くのも泣くくらい嫌で実の娘に介護されたいという母を
私はどこまで割り切れば、どこで手放せばいいんだろう。


まだまだ年金の手続きだの空き家の始末だのどっさり残務整理があって、
その中で自分のこれからの方向性を併行して考えるなんてことが果たしてできるんだろうか。



二重介護はとりあえず、というか一応終わったとはいうものの、
やっぱり今後の自分の身の振り方を悩み続けながら介護に向き合う日々はまだまだ続くんでしょうね。



正解って何なんでしょうねぇ。

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いやぁ緊張した。

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先月の初旬の頃ですかね。

平日連休(時々あります)の初日にヘリポートのある大きな病院に母を受診させて、
正午頃に帰宅後大慌てで昼食の支度をして食べさせて。
いつものことながら自分のことはともかく後回しでほーっと一息つきながら、
炊飯器の残りごはんを全部片づけるような感じでお茶碗によそって。
残り物とともにもそもそと食べながらiPhoneをチラ見してました。
在宅介護してればまぁそんなもんですよね。

その時にFacebookメッセンジャーアプリから「ぷーさん管理栄養士でしたよね?」と、
東京の某さんからの通知が来ました。
「ええ、そうですよ。バリバリではないですけどもねー」と軽くお返事いたしました。

したらば「チョコレートについてラジオでミニ番組を作るので協力してほしい」と。
要約するとそういうお話をいただきました。
某さんがラジオ等の制作会社で頑張っておられるのは知っていましたけれど、まさかと。
だってそういうのは「キラ☆キラライフスタイルエンジョイ!」みたいに
「絶対あなた調理現場に立ったことないでしょ?」な風情の方の出番だと思ってましたし、
私、病態栄養と高齢者栄養がほぼ専門みたいなものですし。
ということで最初は固辞しておりましたけれども、お話を伺っている間に
「これ私が断ったらまたイチからつてを探すんだろうな。それも大変かもなぁ」と思い始め、
結局「会社に内緒の形になりますがそれでも良ければ」とお受けさせていただきました。

で、私の休みの都合上翌日の日中でないと時間が取れないということで大慌てでいろいろやり取りを。
某さんから回答部分も含めたインタビュー予定稿を一応送っていただきましたが、
「そこは栄養士視点としては違うかなー信憑性や整合性が」という部分は訂正したり、
「ラジオでさらっと流れるだけだから多くは詰め込めないけれど」という部分は
個人的エピソードをのっけて耳に引っかかってもらえるようにしたり。

とはいえなんせ生まれて初めてですからワケの分からない高揚感に襲われましてね。
地域の方々の前で健康講話とか、
患者さんの集団栄養指導なんかで人前でのお話の経験は複数回ありますよ?
でもお顔が全く見えない不特定多数の方々を意識しながら喋るって、ねぇ?
自分には一生縁のないものだと思ってましたし、
ラジオ番組にメールを読んでもらうというのとはレベルが違う。
ということで深夜2時くらいまでかなぁ?
あーでもないこーでもないと自分が喋る原稿をこねくり回して予定稿訂正分としてメールしました。

そして収録日。
家事をフルパワーで片付けてから
「ちょっと人に頼まれたことを自室で片付けるからしばらくは来れないよ」と母に告げ、
Skypeを立ち上げて待機してましたら他の収録の都合で30分少々おすとのこと。
深夜に送った予定稿でほぼオッケーで、
「あのー」や「えーっと」とか言い淀んだりしても編集するから大丈夫とは言われたものの、
やっぱりぼーっと開始まで待ってるのって落ち着きません。
ということでざっと声に出して読んでみたんですが、
当り前ですけども書き言葉と話し言葉って別物じゃないですか。
私は書き言葉で予定稿を送ってたものですから慌てて話し言葉に直して。
何回かやり直していたら収録時間になりました。

某さんが直接お話しするわけではなく、
インタビュアーの優しそうなお姉さんにうまくリードしていただきながら、
機材トラブルでやり直しもありつつ、どうにかこうにか収録を終えました。
「初めてラジオに出るにしては全然淀みなくバッチリですよー」と言っていただいたものの、
何かね「ホントにこれでよかったのかなー」という表現しがたい自己嫌悪に襲われました。
もうちょっとうまくできなかったかなぁ、全然自然じゃないなぁ、ガチガチじゃん。

その後、健康番組とかを見聞きしても「よくこれだけ上手にお話しできるなぁ」と、
内容よりもむしろそっちに目や耳が行くようになりました。
やっぱり場数踏めばああなるんでしょうか?

で、むかえた放送日。
私の住むところでは聞けないローカル番組だったのでちょっとつてをたどって
「聞きづらいかどうか確認してもらえませんかー?」と無理を言ってお願いしました。
番組のサイトには私の本名も出てましたから無事に放送されたんでしょうけど不安でして。
「大丈夫、すんなり聞けたよー」とお返事をもらったので、
きっと某さんがそれはそれは見事な編集をなさったのでしょう。
そっちのプロじゃないので詳しいことは全然知らんのですけども。

音声データファイルは3月になってからいただけるそうですが、
多分ちらっと聞いて「きゃーーー」と叫んでHDDの奥底に沈めてしまうんだろうな、と思います、はい。
聞ける方はradikoプレミアムのエリアフリー&タイムフリーの組み合わせで
こわいもの聞きたさで自己責任でどうぞ。
バレンタインデー関連なんで明日までですけどもね。

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福と申します。

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しばらくお休みしていた間にプロフィール画像がなぜかFacebookのアイコンと同じになったり
訪問者数とアクセス解析数が自分の過去記事に対する何回かのクリックを全部カウントするようになったり、
ずいぶんと訳が分からんことになってるもんだなぁと、つくづく思います。

で、これは2015年に画像をあげたわんこ「福」が成犬になった本日現在の日向ぼっこの様子です。
我が家にしては珍しく生年月日がちゃんとわかっている当代の番犬です。
2歳5か月になりました。
母親はラブラドール・レトリバーなのですが、
譲って頂いたお家では室内でゴールデンなども多頭飼いをしていたため父親が分からんそうで。
そういう意味では雑種になるのですかね?
犬種を聞かれた時には「ラブ系の雑種」とお話ししています。
毛色が年々真っ茶色に近づいてきましたし真っ黒だった鼻もうんと退色してきましたしね。

名づけは母です。
先代の「幸太」さんをなくして泣き暮らしてた時に仔犬がもうすぐ産まれるという話をいただき、
譲ってもらうと決めた時に「並べたら『幸福』になるから」とオスかメスか聞く前に決めたとのこと。
でも倒れてからの母はよく名前を「幸太」と間違えて呼ぶんですよね。
言語野もやられてるからものの名前が出てこないのはやむを得ないんですけど少し寂しいです。
オス犬ということもあって私は時々「福坊」「坊」と呼びます。
えらいものでそれでも「呼んだ?」と振り向きます。

一応我が家のカテゴリ的には「番犬」ということで譲っていただいたのですが、
ラブってむちゃくちゃフレンドリーで甘えんぼなんですね。
母が毎週2回デイケアに行くのですが送迎車に吼えもしないどころか、
送迎の方といつも数分だけ遊んでもらうのを楽しみにしております。
他の来訪者にも仕事放棄。
そして母が倒れてからというもの純粋にかまってあげられるのが私しかいないということで、
帰宅するといつも車庫のほうを覗いてぴーぴー鼻を鳴らしてお出迎えをしてくれます。
その後そばに近寄ると突進されるんですけどね。
で、横にしゃがむと膝の上に乗りたがります。
23、4kgあるのに。
重い。足しびれる。
予防接種に獣医さんへ行った時もビビって膝の上に突進したので他の人に笑われました。
それくらい膝の上が好きな犬も初めてだなぁと思います。

まぁ介護を含めるいろんなストレスを抱えている時に遊ぶと気分転換にもなるので、
お互いに犬と人とで支えあっている部分もあるのかなとも思ったりもして。
なかなかゆっくり遊んであげられないですけどもね。

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Facebookをなさっている方でしたらご存知かと思いますが、
時々「過去のこの日」というものがウォールに流れてまいります。
何年か前の「この日」に貴女がどんな投稿をしていたか振り返ってみましょうという、
若干おせっかいでもある機能ですね。
たぶんオフにもできるんだと思うんですが面倒なのもあって放置しています。

で、東京駅かいわいの写真が出てきて一瞬何かわかんなかったんですが、
2年前に私コンサートに行くために上京してたんですね。
前日日帰りもできたんですが、翌日はかわいい栃木の女子とおデートの約束をしてて。
待ち合わせの時間よりも早く着いたものだから駅の写真をいっぱい撮って。

その時だったかなぁ。
iPhoneのradikoを起動して多分「安住紳一郎の日曜天国」を聞いてたと思います。
Podcastで聞く限りではいつも賑やかなお話のオープニングのはずなのに、
なんだかとても緊張したとても怖い雰囲気で。
そこでようやっとISに人質にとられていた後藤さんが殺害されたことを知りました。

しばらくしたらおデートの相手が来たので頭の片隅にちょっととどめながら、
美味しいものを食べていっぱいおしゃべりをしてて。
何故だか三重県を宣伝するお姉さんが駅前にいてつかまりそうになったので
「私三重県民ですから大丈夫ですよ」と笑って返して。

たった1枚の写真が出てきただけでそのことをふっと思い出したんですよ。

写真を見るまで私自身ころっと忘れていたくらいですから世間もそうなのかな?と思い、
Yahoo!のリアルタイム検索にキーワードを放り込んでみましたがほとんどヒットせず。

私もそうですが日々の生活に追われていればたいていの大きなニュースでも、
あっという間にどこかに置き去ったままやっぱり日常を精いっぱい生きるのに必死で。
でも後藤さんのお身内やご友人などは
忘れたくても忘れられない日になったんだろうなと思います。

折しも世界情勢は新しいアメリカの大統領の発言に振り回されていて、
ホントにどうなっちゃうんだろ?という漠然とした不安しかなくて。

本当にすっごいうっすらした不安なんですけれども、
あのおじいちゃん大統領の暴走が続けば、
後藤さんに続く人が出てきちゃうんじゃないかなぁ、って。


杞憂だったらいいんですけどもねぇ。

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