ネット短歌

チョコサロンにようこそ♪あなたもお得意の文芸で交流しませんか。

雑記帳

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

「伊勢物語」

イメージ 1

   古典逍遥 「伊勢物語」       20-11−6                    

 頭註を頼りに「伊勢物語」を読む。
 「伊勢物語」の代表的作者は在原業平(824〜880)とされる。
 彼は摂関政治全盛期の藤原氏専制下で、学問・才能を持ちながら傍系のため宮廷生活から閉め出されていた人たちの中の一人であった。

 当時の民衆は素朴な人間真情を、民謡的なものの中に歌って伝えていた。
 この民謡みたいな歌を踏まえ、幾人かの補筆により完成されたのが「伊勢物語」であるが、勿論、業平の歌と文が中核である。
 当時、天皇の名代として、伊勢神宮を護る伊勢の斎宮に出向した内親王の姫君をモデルにしていることが「伊勢物語」の題名の由来なのだろうか。

 物語は各段の冒頭に「昔、男ありけり」で始まる。
 この説話は、平安京当時の男女の恋と和歌の遣り取りを、短い百十五の段に赤裸々に綴った恋歌集なのだ。
 例えば36段の男は多情多感の女に対して、
 > 我ならで下紐とくな朝顔の
       夕影待たぬ花にはありとも
              =註=(僕以外の男には下紐を解くなよ
                    夕方になっても朝顔のように変るなよ)
と詠い、女が反歌を
 > 二人してむすびし紐をひとりして
       逢い見るまでは解かじと思う
              =註=(あなたと二人で結んだ紐ですもの
                    今度お逢いするまでは解きませんわ)
と返歌した。

 これらの濃厚な男女の愛の行為を、みやびな和歌で綴った「物語」が、「竹取物語」とともに、日本の文芸の最初にあったとは、全く感動の一語に尽きる。
 

   

イメージ 1

   古典逍遥 「竹取物語」       20-10-15                    

  古典と言っても平安朝の物語を、秋の夜の徒然にひもといた感想をここに覚えておこうと思う。
 先ず「竹取物語」である。

 子どもの頃から親しんできたお伽噺の「かぐや姫」は「竹取物語」として、我が国最古の文学であり、源氏物語の中でも「竹取物語」を物語の始祖(おや)と言っている。
 この物語は突然に出来たわけではなく、それ以前の古代から言い継ぎ語り継がれてきた「かたりごと」(説話)から「つくり物語」が構築され、作者が創り出したのであった。

 作者は当時の上流社会を批判的に見ていて、色好みの大臣や官吏や貴族や大商人らの権力者が全知全能を傾けたが難題を解くことが出来ず、かぐや姫に近づくことが出来なかった。
 彼らの荒唐無稽な努力をしてなお果たせぬ物語に、作者は暗に権力者のぶざまを嗤うのである。
 それは階級闘争的なものでもなく、この笑いは現在のマンガのように軽薄なものでもなければ、深刻に詠嘆するものでもなくて、至ってさりげない笑いである。

 そしてその頃の世相や人物の描写には、いきいきとした当時の社会を映し出し、批判性が含まれている。
 終章のかぐや姫の昇天は、どんなに時代が代わっても、生きとし生けるものの死別だけは免れないことを意味しているのだ。
 しかし深刻がらずユーモアいっぱいのこの物語の終局は、招かれても行かなかった宮中の帝王にかぐや姫がたてまつった「不死の薬」を「再び会うことも出来ないのに、死なぬ薬など要らぬ」と王は残念がって部下に最も高い山の頂きでこの薬を焼かせた。
 それでこの山は不死の山と名づけられ、今も富士山から煙が立ち昇っているのだと「竹取物語」は結んでいるが、このオチも洒脱な作者の面目躍如なところである。
 創作ものの草分けにしてこの優れた物語の素晴らしさに感動するほかない。


    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 19年8月以前のこのブログ(katatumuriサロン)はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/katatumuri116969

イメージ 1

   「嗚呼  太平洋戦争」       20-8-23                    

  太平洋戦争(大二次世界大戦)は1937年(昭和12年)7月7日に日中戦争が勃発し、4年後の12月8日日米英 開戦へと広がった。
 緒戦は日本軍が華々しく善戦して、西は中国大陸の中ほどまで、南方はビルマ(現ミャンマー)からインドネシアやニュージランドへ、太平洋は遠く中央あたりまでも占拠したが、石油や鉄鋼等の資源の枯渇、兵器弾薬や食糧不足と伸びきった兵站線のため、ガダルカナル海戦で敗北してより退却が始まり、太平洋の島々を占領していた兵士はみな玉砕したのであった。

 そして1945年(昭和20年)8月15日日本は敗戦したのであるが、命を的に戦った軍人・軍属と、銃後を守った女性と老人たちの苦難もこの日ようやく終ったのであった。

 太平洋戦争での日本の犠牲者は戦死23お万人、空襲と原爆投下により死亡した一般市民は80万人。
 このうち東京空爆は1044−11−4以降、終戦までに106回。
 終戦の年の3月10日の東京大空襲だけでも死亡8万人、被災者100万人、家屋27万戸が消えた。
 東京をはじめ日本全国の都市は京都、奈良を除きみな焼け野原となった。

 当地の津市でも終戦間際の大空襲で(7−4)死者2530人、旧市内全域が消失した。
 伊勢市では11回空爆があり、雨あられと落ちる焼夷弾に人々は逃げまどった。 
 「やがて神風が吹いて、きっと勝つ」と神の国思想と軍国主義を吹き込まれた児童たちの中には空襲の時、頭から直撃弾を受けたいたいけな子どももいた。

 これより先、本土防衛の第一線となった沖縄では、海の沖合いまで埋めて押し寄せた米軍艦の艦砲射撃と、空爆と、上陸した米海兵隊の圧倒的勢力に、沖縄の全島が占領されたのは1945−6ー23であった。
 沖縄80日間の死闘の犠牲者は、軍人10万人、一般島民10万人にのぼった。

 無謀な大戦に負けた日本の塗炭の苦しみは極度に達し「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と昭和天皇は終戦勅語で言ったけれど、極度の物資欠乏、通貨の超インフレ、会社・工場の消失、海外派遣兵士の大量帰国が重なる未曾有の失業者数に、世情は混沌を極めた。   

 近代も現代も、戦争は自国に正義の旗をかかげるが、人を殺傷する戦争に正義などはない!
 後日、戦争は軍部が悪かったと指弾されるが、これも短絡的である。
 日中戦争の元は軍部が起した盧溝橋事件にあったのではなくて、中国の巨大な市場を求めた日・米・英の資本主義のぶっかりあいであった。
 その争いに使われて躍ったのが軍部であって、軍人は常に肩章の昇進を夢見て命を掛けるに過ぎない。
 軍部や政治家をたくみに操って、経済制覇をもくろみ、軍需産業においても莫大な利益を得ようとして、戦争の背後で動くのは、昔も今も死の商人たちではなかろうか。
         
☆ 短歌
   > 終戦の日も百日紅咲きいたり 
             今年も還る晩夏の愁い

☆ 川柳
   > 大国が腕力で塗る世界地図    > 6日9日15日来る暑い夏
   > 遊就館に今も籠っている悪夢   > いくさ嫌い男も強き者ならず
   > 九条が消えそう鳩よ啼きなさい  > 休みなく地球は回る核抱かされ
   > スイッチを押させてならぬ核装備 > 硝煙の風には舞わぬ風車
   > 紙飛行機決して爆弾など積まぬ  > 万国旗みな穏やかな風が好き

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 19年8月以前のこのブログ(katatumuriサロン)はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/katatumuri116969

イメージ 1

   「金融海賊船」       20-8-10                    

  今より1年前は1バーレル70円台だった原油が高騰して7月11日には147円をつけた。
 これに伴い穀物高→食料品高→世界中の人の生活を圧迫。
 石油価格に直結するガソリンは、9年前は1ℓ100円がこの夏は200円を突破した。
 市民は今年のお盆の帰省やドライブの差し控えを余儀なくされている。

 年々石油消費は激増しているが、最近価格の急騰を煽っている第一の犯人は金融投資なのである。
 英国の女性首相サッチャーの当時「金融ビッグバン」を決定して金融・証券の自由化政策を実施して、世界のお金の流れを良くしょうとしたのであったが、いろんなファンドが生まれてカネでカネを稼ぎ、カネが自己増殖して、海賊のような金融資本となって世界市場を暴れ廻った。これが原油高騰の主因であった。
 この金融資本主義の海賊的行為によって、中小企業が潰れたり、労働者がリストラ受けたり、市民の生活がくつがえされている。

 しかし、ここに来て、儲けるだけ儲け、膨れるだけ膨れた金融資本主義にも、バブルの崩壊・収束する時が来る、すでにそれが始まったと、経済アナリストの森山卓郎氏は見通している。
 たしかに今日8月9日時点でのNY原油は115ドルまで下がった。
 しかし、この調子で値上がりの始まった昨年1月の50ドルまで帰ることはないだろう。
 中国、インド、ブラジル等の発展途上国のエネルギー消費は急激に増加するだろうし、自動車や航空機業界等も更に膨れるだろう。
 7月7日、日本が主催して地球温暖化防止のエコライフ方策を図ったG8洞爺湖サミットでも、即効薬が見出せなかった。

 進む地球温暖化に歯止めをかけて、エコライフを進めるとともに、海賊的金融資本主義の壊滅の引導を早く渡さねば、世界の人類の明日はない。



    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 19年8月以前のこのブログ(katatumuriサロン)はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/katatumuri116969

イメージ 1

   「天真爛漫」       20-7-6                    

  わが家の「チョコ」は生後4ヶ月の頃知り合いからやって来た。
 ヨウークシャテリアの今2歳で、犬の1年は人間の5年に相当するそうだから小学生の年頃か。
 体も小さいが気も小さく臆病者で、そのくせ勝気で、縄張り意識が強いのか人が家の側を通ると吠える。
 甘えん坊の気まま者で、これはどうやら家人の躾のせいかも知れぬ。
 小型犬でふさふさとした毛に覆われているが、全く抜けないので屋内での放し飼いに適しており、この子は家の中をちょこちょこと一日中走り回っている。
 しかしチョコは昨年の12月に、座敷の戸が少し開いていたところから飛び出して車にはねられた。すぐ動物病院で治療受けたが、骨折もなく命拾いしたのであった。
 飼い犬は家人の気持ちが判るらしく、人が話し合っているのがある程度判じられるみたいだし、あるじに忠実でエゴ人間に比べて素直だ。

 ところで不思議なことに犬や猫は全色盲で、明暗だけしか分からないそうである。
 その代わり遠方の小さな音でもキャッチする鋭敏な聴力と、匂いを一度嗅いだら忘れぬ臭覚が与えられていて、敵見方を感知したり、獲物を狙うことが出来る。
 小鳥は逆に遠くに飛ぶ虫をつぶらな目で発見し、遥か彼方の鷹や鷲を見つけたら、飛ぶ方向を変える驚異的な視力を持つ。
 動物も虫たちも、自らの自衛や食べ物の獲得や生殖など、種の保存に必要な本能を持ち、ほかの贅沢なことや、余分なものは一切持たぬ。
 そして自分やファミリーのエリアを犯すものには敢然と立ち向ったり、同族で餌の取り合いや恋の鞘当てで争ったりしても、相手が死ぬるまでは戦わぬ。
 猛獣でも満腹の時はエサを捉えない。
 人間どもの戦争や虐殺行為と比べ紳士的なのだ。
 自然のバランスは、自然のものたちによって保たれている。

 自然を破壊し地球を侵している人間は、万物の霊長だと自負するが、天真爛漫な動物に比し、なんと根性の腐っていることか。
 「犬猫にも劣る」と古人はすでに言った。
 「空飛ぶ鳥を見よ、蒔かず刈らず倉に納めず、しかるに天の父は彼らを養い給う」とキリストも言っている。
 恥ずべきはエゴと虚栄と悪知恵と欲望に嵌まった、地球の支配者を豪語する人間なのではなかろうか。


  「短歌」 
      犬はいつも はつらつとした よろこびに
               からだふるわす 凄き生きもの    奥村晃作


      イヌネコと 蔑して言うが イヌネコは
                 一切無所有の 生を全うす     〃

 




https://poem.blogmura.com/tanka/ →(ブログ村)へどうぞクリックお願いします


       。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


19年8月以前のこのブログ(katatumuriサロン)はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/katatumuri116969

https://ping.blogmura.com/xmlrpc/0i54lobhaq5t


.
チョコ
チョコ
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

友だち(3)
  • 捨て猫 【 とらじろう 】
  • chi**omizui
  • あつのり
友だち一覧
検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事