|
庭園のはしごです!
六義園(りくぎえん)から本郷通りを北区西ヶ原界隈へ
旧古河庭園(きゅうふるかわていえん)でもお散歩しました
明治時代、古河財閥の所有となったところに、英国人建築家・ジョサイア・コンドルが洋館と洋風庭園を設計したものが、現在公開されている建物です。
ジョサイア・コンドルは、鹿鳴館やニコライ堂、旧岩崎邸庭園洋館などを手掛けた建築家で、明治から大正にかけて、日本の建築に大きな影響を与えた人物のようです。
そういえば、先日訪ねた旧岩崎邸庭園の洋館の説明にもそんなことが書いてありましたね。
洋館内部の見学は、1時間くらい待 ち時間があると言われたので、あき らめましたが、同じ館内でやっている 喫茶は、予約なしでも入れるというこ となので、今回はこちらにしました。
英国貴族の館で紅茶とパウンドケーキをいただきながら、お庭がみられて、とても優雅な気持ちになりました。
内部は、もちろん撮影禁止なので、残念ながらお見せできませんが、シンプルながらも、どっしりとした 床や壁は、庶民の心をくすぐります。
私が気になったのは、部屋の梁の部分にある装飾でした。
修復されたものなのでしょうが、真っ白な漆喰(かなあ?)で様々な果物や野菜のレリーフが施されてありました。
よく見ると、リンゴや洋ナシ、ザクロらしきものやトウモロコシがかなりの厚肉レリーフで表現されていて、ずーっと見入ってしまいました。1時間 待って、館内案内を聞いていたら、いわれがわかったかもしれません。・・・・・残念!
こちら側からのアングルだと、テラス式庭園も入って、いかにも英国貴族の館という感じです。
バラの季節に来られたら、さぞかし素敵だろうと思います。
アリスのウサギが、時計を見ながら走り抜けていきそうです。
この他にも、「心」の字に似せて作られている心字池を回遊する形で、大滝や枯滝、国内最大の灯篭などを 配した、日本庭園を観ることができます。
|
旅
[ リスト | 詳細 ]
|
暦はもう冬だけど・・・秋晴れ(?)の駒込あたり
六義園(りくぎえん)をお散歩しました。
六義園は、五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が、元禄15年(1702年)
に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園です。
江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもので、明治時代に入って、三菱の創業者である岩崎
弥太郎の別邸となり、その後昭和13年(1938年)東京都に寄付され、昭和28年(1953年)に国の特別
名勝に指定されたそうです。
ここも、岩崎家の所有だったのですね。・・・すごい! 大銀杏のむこうに「心泉亭」が趣きあるたたずまいを見せています。 樹木に施された雪つりは、もう芸術です!
芦辺茶屋跡から、「渡月橋」をながめると、仲のよさそうなご夫婦が
ゆっくりと渡っていらっしゃいました。
「 和歌のうら 芦辺の田鶴の鳴き声に 夜わたる月の 影そさひしき 」の
歌から名づけられた石の橋です。
2枚の大きな石の橋が真ん中の大岩で支えられています。
中の島には、入ることはできませんが、「妹山・背山」が築山されています。
古くは、女性のことを「妹(いも)」男性のことを「背(せ)」と呼び、この中の島は、男女の間柄を
表現しているそうです。
男女の間柄? この分野はあまり得意ではない私ですが、静かな水面に映る木々が美しい、
それだけで幸せです。
|
|
宮城県美術館で開催されていた
「フェルメールからのラブレター展」に行ってきました。
今回は、フェルメールの作品は3点だけでしたが、もともと作品の数が30数点しか存在しないというフェルメールですから、しかたがないのです。
ヨハネス・フェルメールは、17世紀のオランダ絵画を代表する画家です。
今回は、「手紙を書く女」 「手紙を読む青衣の女」 「手紙を書く女と召使い」の3点を鑑賞することができました。
それ以前の宗教画中心の絵画から、一般庶民の生活を描いた風俗画へと変化を遂げた頃の作品が中心となっていました。
中でも、「手紙を書く」ということが、当時の人々にとって、大切なコミュニケーションの手段だったことがよくわかる展示でした。
絵画の他に、当時の手紙の文面集には、ラブレターの模範文面や、気の進まない人からもらったラブレターへの返事文まで載っていて、ちょっと笑ってしまいました。
美術館の前庭には、開館当初から展示されていて、美術館のシンボルのような、ヘンリームアの金属彫刻があります。
併設されている「忠良館」へ続く広場には、宮城県が世界に誇る彫刻家・佐藤忠良さんの彫刻があります。
葉の落ちた樹木の枝ぶりも芸術的で美しい!
前庭では、「リヤカーカメラ」なる不思議な箱がありました。
前のふたがガバッと開いて、中からお二人の女性が出てきましたが、箱の中に外の景色が映るそうで、案外きれいに見えるとのことでした。
ピンホールカメラの原理のようです。興味があったのですが、一人で「入ります!」という勇気がなくて、今はちょっと後悔してます。
担当の方(佐藤さん かな?)がとても素敵な笑顔で迎えてくださったのに・・・・・
|
|
先日、宮城蔵王・遠刈田(とおがった)温泉にある
「ゆと森倶楽部」に行ってきました。 みやぎ蔵王・えぼしスキー場に向かう道の途中にある「ゆと森倶楽部」は、静かな森の中にたたずんでいます。
ロビーでは、暖炉に火が入れられ、たくさんの蔵書の中から、好みのものを選んで、ゆっくり読書を楽しむことができます。
ここでは、いろいろなジャンルの音楽ライブが開催されるということでしたが、この日は残念ながら、お休みでした。
お食事は、野菜ソムリエシェフが作る、こだわりの「蔵王高原野菜料理のバイキング」
「食べ残し0運動開催中!」とのことで、お皿もこんな風に分かれていて、盛り付けもちょっとこだわってしまいそうです。
確かに、大皿に何もかも一緒に盛り付けると、隣のソースが混ざってしまうことはよくあるし、取りすぎてしまうこともありますよね。・・・私は、絶対に残しませんけどね!
これは一皿目で、実はもう一皿と、ほかにアイスクリームなどのデザートもいただきました。
お庭は、ウッドデッキで繋がれていて、のんびりとお散歩もできました。
別棟にある野天風呂がお勧めらしいのですが、あいにく私は風邪をひいていて、本館のお風呂で我慢でした。・・・次は絶対入るぞ!
次の日の朝食です。何気ないのですが、セロリの炒め煮がおいしくて気に入りました。
館内は、木の柱や床にこだわりを感じました。
また、置かれている椅子にも、木を基調としたものが多く、すわり心地もなかなかでした。
食事のラウンジの片隅にあった、子供用の椅子がさりげなくかわいかったので、撮ってみました。
|
|
上野・不忍池あたりをぶらぶら歩いて、
前々から行ってみたかった「旧岩崎邸庭園」に行ってきました。
ここは、三菱の創設者・岩崎家の本邸だったところで、明治29年(1896年)、英国人建築家ジョアイア・コンドルの設計によって建築されたということです。
もともと、越後高田藩江戸屋敷だった所で、往時には1万5000坪あまりの敷地に、20棟もの建物が並んでいたとのことですが、現在は、洋館と和館、撞球室(ビリヤード場)の3棟と庭園が見学可能となっています。
現在は、屋敷全体が重要文化財に指定され、東京都が管理しているとのことでした。
岩崎家と言えば、昨年のNHK大河ドラマで、坂本龍馬とは幼馴染で、生涯大きな 関わりを持った人物として描かれていた、岩崎弥太郎を思い出します。
劇中では、福山演じる龍馬と、何かと対立しながらも、自分にはない龍馬の人間性や才能に惹かれる岩崎弥太郎が、描かれていて、とても興味惹かれる人物でした。
香川照之演じる弥太郎は、ぼろぼろの着物に、ほこりまみれの顔で、歯も真っ黒に汚れたいでたちで、三菱 さん側からクレームがついたとかも聞きましたが、確かに、今までの大河ドラマとは、登場人物の描き方がち がうなあ、とは感じました。
岩崎家は、土佐藩の下級武士で、農民と変わらないような貧困生活を送っていたといわれますが、自分の 才能だけで時代を生き抜き、三菱財閥の基礎を築いたというのですから、本当に驚くばかりです。
建物内は撮影禁止なので、お見せできませんが、調度品はもちろん、柱や手すり、梁に至るまで、手の込 んだデザインの装飾が施され、当時どれだけの財力を誇っていたのか、庶民の私には想像もつきません。特 に壁紙は、西洋のものを参考にして、和紙や金箔などを用いて型押しし、丈夫で美しいものをつくり使われて いて、目を見張るものがありました。
これは撞球室、ビリヤード場だそうです。
山小屋風で、結構な広さがあり、隣に立つ洋館とは地下通路で繋がっているとのことでしたが、「なぜ、わざわざ?」と思うのは私だけでしょうか。
これは、岩崎家の「重ね三階菱」という家紋だそうですが、今の三菱のマークは、この岩崎家家紋と土佐藩山内家の家紋とを合わせた形で生まれたようです。
不忍池周辺、池之端には、
画家・横山大観の住まいを解放した、「横山大観記念館」もありました。
大観が明治42年から生活し、数々の作品を生み出した ところだそうです。
二階建ての純和風建築で、画室や客間がよく手入れされて残されていて、掛け軸などの作品を観ることもできます。
客間からは、庭を楽しむことができて、ここがビルや大きな通りに囲まれた都会の真ん中であることを、忘れてしまいそうな雰囲気でした。
|



