この小説を読んで、戯曲的な作品だなと思いました。舞台は切り取られたような1つの町の中で、翻訳だからというのもあると思いますが、せりふは比喩や叫ぶようなもので、物語はすっきりと短い中におさめられているのに、何とも言えない感情が残るところ、物語的な死を五感で感じられるようなところが、舞台的だと思いました。暗さと閉塞感、彩度の低さが感じられました。

主人公のユーグは同情は感じますが、妻の死に対する態度、感情が強過ぎて、ゆがんで見えたので、亡き妻に似た人との出会いは主人公によっては救いのきっかけにもなり得ますが、最悪の結末には、やはりという感じがしました。

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「火星の人」上下感想

 「火星の人」は映画「オデッセイ」の原作となった小説です。

 映画の宣伝で、火星に一人取り残されたという設定を聞いたとき、何て恐ろしいことだろうと思いました。手塚治虫の漫画などで、よく宇宙でひとりぼっちという内容のものがありますが、そのどれも圧倒的な孤独に発狂寸前の主人公たちが描かれていました。小さいころに読んでトラウマのようになりました。

 しかし、この「火星の人」はその雰囲気とは全く違います。圧倒的な孤独と絶望的な状況はありますが、主人公のマーク・ワトニーは明るく、合理的に火星で生き延びようとします。生き残ることが不可能な状況だったら、それを解決するための計算と実践を繰り返していきます。
 マークを泣く泣く置いてきた宇宙船の仲間たちや、地球の人々も、国境や立場を超えてマークを救うために奮闘し、火星のマークはお互いに手を伸ばし合い、解決しようとします。

 科学や宇宙について非常に専門的な内容が出てきますが、理解できなくても読めます。むしろ、最高峰の「オタク」たちが自分の専門分野を発揮して大事を成すということが、細かいことを抜きにしてわくわくして読めました。

 絶望的な設定からは信じられないほど、最後まで悲壮感なく読める小説でした。

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 「レインツリーの国」は、インターネットで意気投合した「伸」と「ひとみ」という男女の恋愛の話です。そう言うとちょっと軽いのかなと思えますが、お互いを一人の人間として受けとめて、受け入れる過程を描いた、人の関係についてとても考えさせられる小説です。
 
 思春期に心に刺さったライトノベルの感想をきっかけに、趣味について深く楽しく話し合えるようになった伸とひとみですが、ひとみは実は聴覚障害者で、実際に会ったときには、インターネットでは感じなかった違和感やすれ違いに悩みます。ひとみは聴覚障害の悩みだけでなく、障害を持ちながら勤めている会社の人間関係で嫌な目に遭って、萎縮し、不都合を感じ、性格にも影を落としています。伸はそんなひとみを傷つけまいとしつつも、聴覚障害という殻に閉じこもっていることにいら立ちを感じます。

 差別というものは私も嫌いなので、絶対するまいと思っていますが、ひとみが持つ考えの一つ一つが、聴覚障害を持った人の考え方としてとてもリアルで、自分も今まで無意識で人を傷つけてはいなかっただろうかと考えてしまいました。差別をするまいという意識と、相手を傷つけないことは全く別だということをよくよく感じました。
 しかし、興味深いのは、一方で、ひとみの持つひがみやマイナス思考もまた、逆に伸を傷つけているということまで描かれていることです。立場が弱いからといって、相手の感情を否定していいというものではない。

 それがきっかけで2人はしばらく距離を置くことになりますが、この時点で、立場が弱いからとか、そんなことではなく、彼自身、彼女自身が何で傷つくかを考えるという、最初から対等な2人だったら当たり前に持っていたであろう思いやりを持った関係になれたのだと思いました。

 読者という俯瞰の立場で見ているから、伸とひとみが根底に相手がとても大事だという気持ちがあるのがわかって、やきもきしながらも、次にどう出るか、楽しみにしながら読み進められたのですが、当然、2人は相手の気持ちがわからないため、つながり続けられるように悩み続けます。
 わからない相手のことをこんなに考えて、悩んで、思える関係は本当に素直にすてきだなと思いました。かつて同じライトノベルを読んで、それぞれ違うことを感じ、それが現在の悩みに重なっていて、それがヒントになっているというのも、早く気づいてと応援したくなりました。

 終わり方としては、2人が将来どうなるのかはわからない描き方をしていますが、この2人(特にひとみ)が変われたということが希望を持たせてくれると思います。

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「困ってる人」感想

この本は、難病の人のエッセイということで、重い内容であることは覚悟していましたが、重いだけでなく、激しく、滝のように、濁流のようにどんと押し寄せるようでした。語り口はむしろ軽いというか、明るいというか、ユーモラスですが、語る内容は想像を絶する痛み、炎症、不自由、社会制度の困難、人間関係が壊れるさまから、ついに自分が壊れるところまでさまざまな比喩、ウイットを駆使して表現されます。

私は基本的に偏見を持たず、ニュートラルであることを心がけていますが、海外にも行ったことがなく、人生経験が足りないため、理想だけで思っているという自覚はあります。ビルマの難民支援まで行った人が価値観をひっくり返されるほどの経験があるなど、想像もしないものでした。

現時点で飲み込み切れない部分が多いですが、自分に何かあったときにふと思い出すような本になるかもしれないと思いました。

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「黄金の日日」感想

 戦国時代は武士に注目した作品が多いイメージがありますが、この「黄金の日日」は商人の生きざまが中心となっています。主人公、助左衛門は、最も活気のあった時代の堺で独立と自由、広い世界への憧れの心を育てていきますが、自由な堺の市場は織田、豊臣、徳川の時代の変化に巻き込まれていきます。
 助左衛門は商人としての自由な魂を持った人間として描かれていますが、武士として生きる者、商人から武士に転じる者、信仰に生きる者、激動の時代でそれぞれの立場がはっきりとして、誰でも主役を張れるような確固たる個性を持った人々がいました。

 最終的に、助左衛門は、政略の中で外の世界に逃れ、のびのびとした異国の地で商売をすることができましたが、遠く離れた日本が自由や活気をなくしていることに心を痛め、初恋から思い続けている人や故郷が懐かしくても帰ることもできず、自由を求めて、実際に自由を得たけれども、どこか息苦しいような気持ちがしました。ようやく日本に帰ることができたとき、故郷が燃えていたというラストは、本当に最後のページまで何が起こるかわからない、衝撃的な話でした。

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