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奇跡の再会「悟空」君関連

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以下は、今年1月28日に20歳5か月で天寿を全うした、ごくう君の飼い主様(お母様)の手記です。
今日は、ちょうど四十九日にあたります。以前当会に御礼としていただいていたものと、同内容でさらに詳細なものが
ご本人様のブログにもあるとのことで、ご了解を得て、このたび、掲載させていただきました。


家族のために20年の生涯を捧げてくれた無償の愛そのものだった愛猫「悟空」のメッセージ
〜東京が今年最も寒かった1週間、20歳の家猫が泥水と草でいのちを辛うじて繋ぎながら生き抜き、
 たくさんの人の善意で我が家に戻れて旅立った奇跡の物語


愛猫「悟空」は調布市立調布中学校に捨てられ、美術部の部室などに出入りをして学生達から弁当や
ミルクの残りをもらって生きていた3ヶ月〜4ヶ月の雄の捨猫でした。
冬休みに入る時に美術部員だった娘の後をずっとついてきたため、誰からも餌をもらえなくなると
可哀想に思った娘が、学生服の中に入れて「飼ってあげて」と連れて帰り、家族の一員となった
のです。

我が家にやってきて、1週間ぐらい経ったある日、クリスマス商戦の真っ最中で、ショッピング
をした福引で私はヨーロッパ3カ国(イタリア・フランス・イギリス)の旅が当たりました。
丁度イタリア語を勉強していた時でまさにグッドタイミング。しかもオードリ・ヘップパーンの
「ティファニーで朝食を」のラストのシーンで、捨て猫を抱いていた時に着ていたあのコートと
そっくりなコートを見つけ、池袋のあるショッピング街で衝動買いをした時のことでした。
その当選した旅の途中、飛行機の乗換えで着いたコペンハーゲンでかわいいロイヤルコペンハー
ゲンの猫の置物を空港の免税店で見つけて買い求めたり、イタリアのコロッセオで沢山の日向ぼっこ
をしている猫たちに出会ったり、イギリスでは偶然にも友人が「CATS」のミュージカルのチケットを
用意していてくれひどく感動したりして、話せばまだまだ尽きないほど、まさに猫づくしの忘れられ
ない初めての思い出のヨーロッパ旅行となりました。これは悟空の恩返しだと勝手に思い、まさに
招き猫だと吹聴したりもしました。


それから20年1ヶ月経った2008年1月19日(土)の夕方、不用品回収業者に粗大ごみ等の回収を
依頼した際、不運にもマンションンの道路工事が行われており、トラックが離れたところに
停められていたため、玄関のドアをしばらく開け放していたその時に悟空が行方不明になって
しまったのです。その日、私は管理組合の役員会議に出席していて、いるべき悟空がいないことに
気付いたのは、かなり時間が経っていました。それからというもの家族総出で来る日も来る日も、
近所を探し回りました。20年もの長い歳月を共に暮らした悟空は、本当に人の気持ちがわかる
優しい、誰にも愛嬌を振りまいて人を幸せにする猫で、外で野垂れ死にするはずは絶対ない、
私たちにさよならも言わずに去ってしまうなんて絶対ないと毎日涙、涙で悟空を呼んでいました。
小学校の4年生から一緒に成長し、すでに30才になる息子も夜中寝ずに血眼で探しまわりましたが
見つからず、寒さで凍えそうだと言って帰ってくる姿を見るに付け、絶望的な気持ちになったりも
しました。今年初めて東京に雪が降った最も寒かった前後の一週間でしたから。

行方不明になってから丁度7日目の夕方、その厳しい寒さを乗り越えて、マンションから
900メートルぐらい先の三鷹市大沢の路上で肋骨を折り、脱水状態で低体温、栄養不良で
歩けなくなり行き倒れていた猫を見つけ、心ある人が動物病院まで運んでくれたのです。
娘がインターネットで知って、情報を提供していた調布地域猫の会のボランティア団体の方々の
協力で、救ってくれた人が撮った写真と照合して、悟空ということがやっと夜中に判明したのです。
その夜は病院でいのちを繋いでもらい、発見された翌26日の病院が開く朝9:00に、ついに
再会を果たしたのです。助けてくださった方々、悟空のために動いてくださった方々に、そして
天に感謝せずにはいられませんでした。
その時、悟空は「お母さん!迎えに来てくれたの」と言わんばかりに、声を振り絞って
鳴いてくれました。「ごくう」ちゃん。「うーにゃー」と私と娘、息子の分で3回。
これが最後に聞いた悟空の鳴き声でした。
その後はお医者さんに委ね、長い時間が流れました。皆が揃っている土曜日の夜9時ごろ
になって、ほとんど意識がない状態でついに我が家に帰ってくることが出来ました。
1週間ぶりにいつものソファの上に電気毛布敷いてあげ、その上にタオルを敷き、
低体温の身体を新しいケットに包み温めました。私も絶えず身体に触れながら
「悟空ありがとう」と言い続けました。
皆に挨拶をするように時々かすかな声を出してついに1月27日午前3:20に
旅立っていきました。20才5ヶ月でした。


20年間住み慣れたマンションをついに出て行かなければならない時も偶然、管理人の
おじさんが自転車で通りかかって、さよならをすることが出来ました。おじさんも
悟空が好きで、いなくなった時、マンションの各棟に張り紙を緊急で出してくれて
マンションの中を探してくれたことを悟空は知っているかのようでした。律儀な子だ。
悟空を愛してくれた息子の友人達も花を持って府中にある犬猫のお寺・慈恵院に
駆けつけてくれて、最後は花々に囲まれ華やかにして見送ることが出来ました。
悟空が一緒に遊んだ我が家のお姉さん猫「花」ちゃんと並んで今はそのお寺に
眠っています。


日本列島が厳しい寒気に包まれ、私が調布の駅でタクシーを待つたった5分間でも
足の先からジーンと寒さが伝わってくる位の厳寒の1週間を20歳の家猫の悟空が
どのように生き抜いたのか。「猫は3日食べないと死んでしまいます。」と動物病院の
先生も不思議がっていました。土と草と木の皮が吐いたものから出てきたことを先生から
聴かされた時には胸が痛くなる思いで、私がもっと早く気が付いてさえいればと自責の念に
かられました。こうして生き抜いた悟空が、たくさんの人の善意で我が家に帰って
これたことは奇跡としか言い様がありません。悟空は若い時と違って外に出て行く様子
もない昨今でしたから、何故家を出たのかわかりませんが、もしかして私がプロデュース
している歌手のKennyが2月20日に「アナタニアイアタイ」でデビューするため忙しく
なることや、主人の心臓弁膜症の手術をしなければならないことなどの事情を察知して、
自ら過酷な情況を選んでいのちを縮め、私に最後の瞬間だけ面倒を見させて、家族全員が
揃うことの出来る日曜日を選んで格好よく旅立ったのではないかと思われてなりません。
私が動物病院に行ったのも、生涯を通して最初の時と最後の時だけで健康な孝行の猫
でしたから。現に動物病院の先生もその救われた猫はもっと若い猫だということで、
一致するのに時間がかかってしまうほど、若若しかったのですもの。
「ハードボイルドだよ、悟空!」私は声をあげて泣きました。


我が家にやってきた時はヨーロッパ旅行のお土産をもって入ってきて、私たちに看病などの
手を煩わせることなく格好よく去っていった悟空はその生涯にたくさんのメッセージを
残してくれました。
ただ人を癒し、慰め、喜ばせ、20年という長い年月を人のために捧げてくれた無償の愛
そのものだったその小さないのちのメッセージを。この世にはこうした絆で人を支えている
動物たちがたくさんいることでしょう。悟空と暮らした20年の思い出と彼から学んだ
たくさんのいのちのメッセージを胸に、つらいことも苦しいことも乗り越え、
音楽プロデュサーとしての使命を全うして生きていきたいと誓う今日この頃です。

                               音楽プロデュサー 近藤由紀子


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≪この記事は、昨晩(26日深夜)作成したものです(加筆修正していますが、ご了承ください)。
投稿が遅れてしまいましたこと、お詫び申し上げます。m(__)m
その後、ごくう君は、26日21時頃、ご家族様の家に帰り、
今朝(27日4時)、亡くなったそうです。
19日に脱走し、一週間の放浪の末、ようやくおうちに帰ることができました。
そして、まもなく息を引き取ったそうです。
ごくう君のご冥福を心よりお祈り申し上げます。≫


※以下は、昨晩(亡くなる直前の26日深夜)作成したものとなります(一部加筆修正有)。m(__)m

富士見町2丁目の集合住宅で今月19日(土)に行方不明になった、
20才の黒白猫ごくう君ですが、一昨日(25日夕方)、倒れているところを、
保護され病院に運ばれました。
そして、昨日(26日)朝、一週間ぶりにご家族と再会することができました。
私みゃーこは、亡くなる前の晩にあたる、昨日26日(土)夕刻の16時半から
19時まで入院先の動物病院におり、ごくう君の様子を見ておりました。
その時間帯に、子猫のお見合いが2件あり、別件で保護した子猫の預かりを
お願いするなどしていましたため、しばらくごくう君のそばにおりました。
そのときに見たごくう君の様子をお知らせいたします。
(もう危ないから最期は家で、という先生のご判断で、その日の午後9時に
ごくう君がご家族様のいる家に帰ることになった、3時間前のことになります。)

朝に飼い主様とともに面会した時よりも、さらに容態は悪化しているようで、
入院用のケージの中で、タオルケットにくるまれ、じっと横たわっていました。
目を半分見開き、表情がなく、こちらの動きには反応していないようでした。
何とか生きながらえているといった感じです。
意識はあるのかないのか、素人の私にはよく分かりませんでした。

先生は、脱水症状がひどく、栄養状態も悪く、腎不全のようなになっており、
点滴を外せない危険な状態、とおっしゃっていました。
また、午前中に脚部のレントゲンを撮ったとのことですが、
明らかな骨折はしておらず、「交通事故ではないようだ」とのことでした。
また、何本か折れていた肋骨の骨折も、軟骨部分ということですので、
時間はかかるが、手術をしなくても次第に固定されるものだそうです。
28日(月)以降の大学病院での手術の必要は、当面はなくなりました。

ただでさえ高齢で、骨格も決して強くはないはずですから、
雪も降った厳寒期に、見知らぬ土地を、1週間もさ迷い歩いているうちに、
体がどんどん衰弱し、ヨロヨロと歩いているうちに、何かのはずみで
溝などに落ちたり、電信柱などにぶつかったりして、
肋骨が折れてしまったのではないかということです。
肋骨はもろく、そういうはずみでも折れてしまうことがあるのだそうです。

病院に運び込まれた日、吐いた物の中に土が混じっていたそうです。
保護されるまでの間、飢えて何も食べられず、路上の土に生えた草などを
口にしていたのでしょう。
それが排出されずに体の中にずっと溜まっていたのでしょうか。
腎不全になってしまったのも、そのせいかもしれません。。。

せっかく病院にかつぎこまれ、温かい室内に戻りましたが、
すでに相当衰弱し、胃腸が弱りきっていたためか、午前中に流動食を与えた際にも、
体が受け付けず、戻してしまったそうです。
それ以降、さらにぐったりしてしまったみたいです。。。
面会に行ったときも、病院のAHTの方が口にシリンジで流動食を入れようと
していましたが、全く口を動かそうとはせず、
唇にそのまま白い糊状の流動食が付着したままになってしまいました。

どうしたのかな、、と思って、私は、頭をそっと撫でてみたのですが、
全く、微動だにせず、目も動かさず、何だか冷たい感じもして、
「あれ?もしかして、ごくう君、もう死んでしまっている。。。」
と一瞬、ヒヤっとしましたが、
先生に聞いたら、心臓は動いている、と言われ、『そうなのか、、、
こういう状態で保つこともあるのか、、、』と自分の中では生きている感じがせず、
いまいち、よくわかりませんでしたが、
ごくう君はもう遠くに行ってしまっているように感じました。
(でも、先生にお任せしていれば回復するものなのかなとも言い聞かせ・・)
「先生、なんだか、もういつ止まってもおかしくない感じに思えます・・」
と私は言い、ごくう君に触れていた手をケージの中から出して、扉を閉めました。

正直、、
このような状態では、誤嚥(食べ物が誤って気管に入ってしまう)の恐れあるので、
私としては、もう食べ物を口に入れることはせず、点滴だけの栄養補給とし、
あとは、様子を見てほしかったです。。


(今となってはですが、、、
もう、それこそ見込みがなかったならば、一刻でも早く飼い主の方をお呼びして、
お迎えにきていただいてもよかったと思います。
でも、最期は、帰りたかったおうちにやっと帰ることができ、
本当によかったと思います。)



写真1〜3:病院のケージの中で、じっと横たわるごくう君

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≪この記事は、昨晩作成したのですが、投稿が遅れてしまいました。お詫び申し上げます。≫

富士見町2丁目の集合住宅で今月19日(土)に行方不明になった、
20歳のごくう君(白黒♂)ですが、25日(金)にボランティアの方が
三鷹市大沢4丁目で保護し、同日夕方に動物病院に運んでくださいました。

保護された方は、初めはその猫は野良猫が事故に遭ったものと
思われたようですが、当会ブログをご覧になり、飼い主様のご依頼により
当会で探している飼い猫ごくう君の可能性が高いということで、
保護された方より25日(金)夜、ご連絡がありました。
(実は、夕方たまたま知り合いの家族がそのとき病院にいたそうで、
病院に交通事故でかつぎこまれた猫がいると聞いていたので、
先生に電話をして、特徴を聞いたところ、白黒だけど20才ではなく、
もっと若い、と言われ、違うのかなと思っていたのでしたが・・)

保護された方が恐らく間違いない、というならば、そうかと思い、
急いでごくう君の飼い主様に連絡を取り、
「本日、交通事故に遭ったらしい猫が大沢4丁目で保護され、病院に
運ばれたそうですが、白黒の猫でごくう君の可能性が高いです」と、
伝えました。
明日までもつのかどうかも分からず、すぐにでも病院に行って
ごくう君かどうか確かめてほしいと思い、夜遅く、病院はもう、
開いていない時間でしたが、これから急ぎで、今日病院に
担ぎ込まれたという猫に飼い主が面会に行くことはできないか、
先生にご相談しようと連絡を取ってみました。が、つながらず、、、
結局、朝病院が開く時間まで待つことになりました。

その間、深夜に保護された方が、病院に担ぎ込んだ際の写真を3枚、
メールで送ってくだったのですが、それを見て、私も、どうみても、
ごくう君だと思いました。その時の写真が、以下の記事の写真です。
(第一報では交通事故に遭った猫がごくう君の可能性がある
ということだったので、「事故情報」としてアップしています)
↓↓↓↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/chofuneko/31147705.html

この写真をすぐに飼い主様に転送したところ、飼い主様の方で
ごくう君に間違いないと確認した上で、翌朝の面会に来られました。

翌朝、病院が開く時間を待ち、飼い主様とごくう君に対面しました。

ごくう君は、小さなケージの中で点滴をつけて、ぐったりと
横になっていました。
先生によると、保護当初はショック症状を起こしていたそうですが、
点滴の注射を夜通し続けていたところ、いくぶん収まったとのこと。

飼い主様が目の前に近付いて「ごくうちゃん!!」と声をかけると、
すごく反応して、思わず「うー」という唸り声を上げながら、
むくっと起き上がろうとしました。
思わず、周りにいた人が、「起き上がらなくていいんだよ」と、
声をかけましたが、ごくう君との再会を、皆で心から喜びました。

先生によると、肋骨が数本折れていて、内臓などには刺さっていない、
とのことでしたが、左足の付け根も折れているかもしれないので、
後でレントゲンを撮るということでした。
また、血液検査を行ったところ、腎不全を起こしているとのことで、
まだまだ予断を許さない状況です。

骨折の手術を行うとしても高齢のため、麻酔に耐えられるかどうか
も分かりないので、飼い主様のお宅に返し、安静にするのが一番良い、
とお考えのようでした。

ということで、夕方飼い主様がお迎えにくることになりました。



写真1:小ケージの中のごくう君。意識ははっきりとしているよう。。
写真2:同上
写真3:左腕から点滴で栄養補給を受けています。
写真4:飼い主様と1週間ぶりのご対面です。

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