・RailSim2で振り返る

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RailSim2で振り返る

 
 
 
RailSim2で振り返る
 
 
 
 
今回は、2011/03/28・29に運転された、配給輸送を振り返ります。
 
 
 
2011/03/28に運転された配給輸送は、209系500番代ケヨM72の長野出場配給です。長野総合車両センター出場に伴う配給輸送が長野→新習志野間で実施された。長岡車両センター所属EF64 1031が全区間牽引した。
 
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EF64 1031+ケヨM72
 
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EF64 1031+ケヨM72
その翌日に運転されたのが
205系ケヨ25編成の配給輸送(廃車輸送)です。
 
3月29日、京葉車両センター所属の205系ケヨ25編成の配給輸送が新習志野→長野間で実施された。
長岡車両センター所属EF64 1031が全区間牽引した。
 
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EF64 1031+ケヨ25
 
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EF64 1031+ケヨ25
 
 
3月29日に運転された、E233系5000番代ケヨ516の新津出場配給です
E233系5000番代ケヨ516編成の配給輸送が新津→新習志野間で実施された。長岡車両センター所属EF81 140が全区間牽引した。
 
 
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EF81 140+ケヨ516
 
 
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EF81 140+ケヨ516
 
 
 
今回は、京葉線の車両の動きを振り返りました。
 
 
 
 

RailSim2で振り返る

 
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今回は、団臨(団体列車)を紹介したいと思います。
団臨 越後と言えば、何人はピンとくると思います
 
2009年7月4日に24系を使用した団体臨時列車が、上野―越後湯沢間で1往復運転された。
団体臨時列車の上野→越後湯沢間は、EF64 1001とEF81 81のPP、越後湯沢→上野間はEF81 81の牽引となった。
なおEF64 1001とEF81 81の先頭には、異なるデザインの「越後」のヘッドマークが取り付けられた。
 
2010年9月4日に24系を使用した団体臨時列車が、上野―越後湯沢間で1往復運転された。
団体臨時列車の上野―越後湯沢間の全区間EF64 37とEF81 95のPP牽引となった。
同様にEF64 37とEF81 95の先頭には、異なるデザインの「越後」のヘッドマークが取り付けられた。
 
2010年12月11日に24系を使用した団体臨時列車が、上野―越後湯沢間で1往復運転された。
往路の上野→高崎はDD51 842とEF81 95のPP、高崎→越後湯沢はEF64 38とEF81 95のPP、復路はEF81 95とEF64 38のPP牽引となった。
同様にDD51 842とEF81 95の先頭には、異なるデザインの「越後」のヘッドマークが取り付けられた。
 
と、時々運転されているものです。
今後も運転される・・かも?  ですね・
 
 
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EF64-1001
2009年7月4日に運転された『越後』 越後湯沢よりに立った EF64-1001
 
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EF81-81
2009年7月4日に運転された『越後』上野よりに立った EF81-81
 
 
 
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EF64-37
2010年9月4日に運転された『越後』 越後湯沢よりに立った EF64-37
 
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EF81-95
2010年9月4日に運転された『越後』 上野よりに立った EF81-95
 
 
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DD51-842
2010年12月11日に運転された『越後』、DD51の牽引は上野−高崎間にとどまった
 
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EF81-95
2010年12月11日に運転された『越後』 上野よりに立った EF81-95
 
 
 
 
 

RailSim2で振り返る

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今回は、『八高線全通75周年記念号』を振り返ります。
 
『八高線全通75周年記念号』とは、
JR東日本高崎支社では八高線全線開通75周年を記念して、2月28日(日)に臨時列車〈八高線全通75周年記念号〉を高崎―高麗川間で運転する。この列車の牽引機はDD51で、客車は12系3輌(全車指定席)。
■運転日:2010(平成22)年2月28日(日)
■運転時刻
【下り】高崎 9:35→群馬藤岡 9:56→寄居10:28→越生11:09→毛呂11:17→高麗川11:26
【上り】高麗川15:12→毛呂15:21→越生15:29→寄居16:05→群馬藤岡16:33→高崎16:54
※停車駅:高崎、倉賀野、群馬藤岡、寄居、越生、毛呂、高麗川
 
編成は高麗川方からDD51 842+12系客車3両+DD51 895で,双方の機関車には異なるデザインのヘッドマークが掲出された
 
 
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DD51-842
 
 
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DD51-895
 
1961年10月から1962年12月に、小諸駅 - 新潟駅間を運行した準急「あさま」
1962年12月から1963年9月に、上野駅 - 長野駅間を運行した夜行準急「あさま」
1966年10月から1997年9月に、上野駅 - 長野駅・妙高高原駅・直江津駅間を運行した特急「あさま」
などが、走っていた
今回は、この中から特急あさまを取り上げることにしよう
 
 
『あさま』は、昭和41年 上野駅 - 長野駅間にデビューした。このときは2往復設定され、151系で運転を開始した
信越本線の急勾配区間であった横川駅 - 軽井沢駅間(碓氷峠)では、EF63形を上り方に連結し電車は無動力にして坂を上り下りしていたので、編成両数に制限がかかり、特急列車の当時の平均的な編成が10 - 12両編成であったのに対し、「あさま」は食堂車の連結も省いた8両編成となった。
昭和43年 ヨンサントオが実施され『あさま』は3往復に増発され、1往復は直江津駅まで運行区間を延長。また1往復は東京駅に乗り入れた。
昭和46年 12月 スキー臨時特急列車として『あさま銀嶺』が上野駅 - 長野駅・関山駅間で運行された。
長野運転所所属の181系電車のみならず、早期落成していた489系電車も投入され、のちに臨時「あさま」にも489系は投入されるのだが、1973年夏シーズンまでの運行では食堂車が連結されていた。
翌年 昭和47年 3月15日のダイヤ改正により、『あさま』をエル特急に指定。 『白山』を2往復に増発。『あさま』・『白山』の両列車は信越本線での姉妹特急列車として機能した。
「あさま」1往復に「白山」と共通運用の489系電車を投入。 489系はEF63形との協調運転が可能で、これによって12両編成を実現。
昭和50年 臨時特急「あさま銀嶺」の運行終了。
10月1日 「あさま」の181系は新製の189系電車に置き換えられる。
489系同様協調運転が可能で、全列車において最大12両編成での運行ができるようになり、輸送力増強が実現した。ただし、地上設備の関係で当初は10両編成。12両化されたのは1978年10月からとなった。
その後「あさま」は、急行列車の格上げや「白山」の系統分割、純粋な増発などで、最終的には定期列車19往復(最盛期は20往復)にまで増発された。
昭和60年 3月14日のダイヤ改正により、 「白山」は2往復に削減され、食堂車廃止。 「信州」・「軽井沢」は「あさま」への格上げで消滅、「あさま」は15往復となった。
平成4年 3月14日「白山」を1往復運転に削減。 なお、「白山」のエル特急指定は「あさま」との等間隔運転の一角を成していたため解除されず、「1往復のエル特急」となったまま廃止まで運行された。
平成8年 品鶴線・山手貨物線経由横浜駅発着の臨時特急「マリンシティーあさま号」を運行。「あさま」の増発の体裁を取る。
しかし、翌年の平成9年 10月1日 長野新幹線開業に伴い特急「あさま」・「白山」廃止。またこの時信越本線の横川駅 - 軽井沢駅間が廃止され、軽井沢駅 - 篠ノ井駅間はしなの鉄道に転換される。
なお、新幹線開業直後にはこれまでの利用客の流動を視野に入れて旧「白山」の長野以北を引き継いだ形で長野新幹線と連携した臨時特急「信州」が長野駅 - 福井駅間で運行されていたことがあった。
また、接続列車として快速「信州リレー妙高」が(2002年より「妙高」)長野駅 - 直江津駅間を運行された。
 
 
イメージ 1
189系 あさま色
 
 
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189系 国鉄色
 
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489系 国鉄色 ボンネット
 
 
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489系 国鉄色
 
 
今回、リクエストがあった『急行能登』を振り返ります。
 
急行能登が誕生したのは、昭和34年でした。
登場当時は、急行能登・伊勢・那智と3つの列車からなるものでした
東京〜金沢・鳥羽・那智行きで15編成の客車で運転されていました。
牽引機は、東京―EF58―米原―E10―田村―ED70―敦賀―DF50―金沢/名古屋―C57―亀山―DF50―新宮/多気―C57―鳥羽でした。
その後、昭和36年に単独運転開始
昭和40年になると急行能登・大和で東京―金沢・和歌山市・湊町を結んでいました
昭和43年、急行能登廃止。
昭和50年、上野駅 - 金沢駅間を高崎線・上越線・信越本線・北陸本線経由で運行していた季節夜行急行「北陸1号」が定期寝台特急「北陸」に格上げされたのに伴い、定期夜行急行「北陸2号」の愛称が「能登」とされ、上野口の北陸地方方面定期夜行急行の一列車として運行されるようになった。当時、上野駅を発着する北陸方面夜行優等列車として「北陸」「能登」のほか「越前」があった。
昭和57年、能登は信越線経由に変更となりました。
平成元年、急行能登客車引退。
その後、489系となり行き先が福井に変更となりましたが、横川〜軽井沢間の廃線に伴い上越線経由に戻されます
平成13年、急行能登489系上野―金沢となりました。
平成22 3月13日 急行能登は臨時列車化により、ボンネット特急型を使用した定期列車が消滅。
3月19日 臨時列車として運転開始。担当車両は、新潟車両センターの485系となりました。
 
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EF58-1   急行能登・伊勢・那智
東海道線経由で金沢を目指した。
 
 
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EF62-18
碓氷峠を経由して福井を目指した。
 
 
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489系
上越線を経由して、金沢を目指した。 臨時になるまで、この姿だった
 
 
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485系
臨時になった。 今の姿
 
 

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