プロローグ
プロローグ 私の宝物の三人の娘たち。『愛』『咲』『来夢』。
愛情の花が咲いて夢が来る家庭になりますようにと願いを込めて、子どもたちに名前を贈った。
長女の『愛』。生まれたときから左手がないという大きなハンディキャップを背負いながら勇気と誇りを持ち、強く明るく活動的に生きている。彼女は平成九年四月から市役所に勤めている。そして現在、愛する人と結婚し、自分の人生をたくましく歩んでいる。そして、幼い頃から習っているクラシックバレエは結婚後も楽しく通い続けている。
次に、次女の『咲』。常に夢を抱き、夢を追い続けている。平成十二年から勤めていた JTBを辞め、かねてより憧れていた海外留学を果たすために、平成十四年の春オーストラリアへと旅立って行った。その資金はすべて自分でせっせと貯めてつくったものである。オーストラリアでは学び、そして働きながらケアンズ、シドニー、ブリスベン、メルボルンなどの各地を回ってきた。一年間のいろいろな体験を通して一段とたくましくなって、平成十五年の春無事に日本に帰ってきた。
三女の『来夢』が高校三年生のとき、所属するダンス部は県大会で優勝し、八月の全国大会に向けて毎日過酷な練習に明け暮れていた。母の手一人のほそぼそとした収入を助けるために、自転車で一時間の道程を無欠席で三年間がんばっていてくれていた。そればかりではない。朝早く起きて自分でお弁当を作り、部活動の帰りにはアルバイトまでしていた。平成十五年の春、かねてより憧れていた保育園の先生になるために、短大幼児教育科に入学した。
私は、夫のドメスティックバイオレンスが原因で離婚をした。暗く長いトンネルだった。そのトンネルを抜けてみると、目の前の全てに明るさと輝きがあることを知った。全てのものに、夢と希望が降り注いでいることが分かった。
宝物の三人の娘たちとともに、小さいけれど、やすらぎと幸せのあるアパートへと引越しをした。
それから八年経った(平成15年)、それぞれに自立していく子どもたちのことをたのもしく見つめている。そして、私自身も愛する人とめぐりあい、子どもたちから自立したいと願っている。
平成15年・・・自分史執筆講座にて記
☆ 。。☆☆☆目次
プロローグ
1 愛、片手の夢見るバレリーナ
2 咲、親子の絆
3 来夢、命の尊さ
4 愛の結婚
5 咲は憧れの旅立ち
6 来夢と二人
7 思い出の一コマ
8 離婚、新たな未来へ
エピローグ
そして現在は
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