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なぜか、昨日アップしたこのブログの画像が見れないとの事で、再度更新してみます
文字は読めるのらしいんですが・・・
コピーして、画像だけ再度取り込んでみます。
ゾロさん、画像が見れたらご一報下さい(笑)
博物館 網走監獄には様々な施設があります。
一通りの見学はしたのですが、撮影したのはほんの一部の展示物です(ブログに
載せるとはその頃は思ってもいなかったので)
施設の案内板です。「行刑資料館」が「監獄歴史館」に変わりました。
説明を聞いて大体の概要を把握してから、好きな施設を見学して歩く方がより施設が
面白く見れると思います。
庁舎内の展示。受刑者と家族の面会様子らしいんですが、母親のおんぶしている赤ちゃんが
やけに可愛いです(笑)
二見が丘農場という施設内で食べた「監獄食」
去年はさんま定食の一種類のみでした。食べてる途中に「あっ!写真撮るの忘れてた!」
ヘタクソな食べ方ですね・・・(笑)
すぐ近くのテーブルでは作業受刑者が食事中でした。いつ見ても食事中です(笑)
よく見りゃなんか有名人に似たのがいっぱいいます!
手前に峰岸徹、その横にオクラホマの藤尾(北海道で活躍しているお笑いコンビ)、
峰岸徹の後ろに大人になった?アーノルド坊や、一番右はじに江頭2:50、
その後ろに千原兄弟(せいじは痩せてます)
江頭の隣は誰ににてるでしょう!?
奥の方には浴場があります。気持ちよさそうに入浴中です(あくまでマネキンです)
作業した受刑者の検身場。何か隠し持っていないかを調べるようです。
農場内では自家製の醤油や味噌を造っていました。
科学特捜隊を退職したハヤタ隊員が、仕込みをしていました。
ウルトラマンも悪事をすると刑務所入りになります(笑)
二見が丘農場にも、もちろん舎房があります。
造りは五翼放射状平屋舎房と同じような構造です。
今日はこの辺で・・・
また次回にご紹介します。
もっと写真を撮っておけばよかったなぁ・・・と、後悔しているカールでした・・・。
また今度行った時にはたくさん撮ってこよ
と、ここまで昨日更新したブログです。
画像は確認出来たでしょうか? |
博物館 網走監獄
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博物館 網走監獄には様々な施設があります。
一通りの見学はしたのですが、撮影したのはほんの一部の展示物です(ブログに
載せるとはその頃は思ってもいなかったので)
施設の案内板です。「行刑資料館」が「監獄歴史館」に変わりました。
自由に見学するのもいいですが、無料のガイドが一日4回ほどあるので、まずはガイドの
説明を聞いて大体の概要を把握してから、好きな施設を見学して歩く方がより施設が
面白く見れると思います。
庁舎内の展示。受刑者と家族の面会様子らしいんですが、母親のおんぶしている赤ちゃんが
やけに可愛いです(笑)
二見が丘農場という施設内で食べた「監獄食」
去年はさんま定食の一種類のみでした。食べてる途中に「あっ!写真撮るの忘れてた!」
ヘタクソな食べ方ですね・・・(笑)
すぐ近くのテーブルでは作業受刑者が食事中でした。いつ見ても食事中です(笑)
よく見りゃなんか有名人に似たのがいっぱいいます!
手前に峰岸徹、その横にオクラホマの藤尾(北海道で活躍しているお笑いコンビ)、
峰岸徹の後ろに大人になった?アーノルド坊や、一番右はじに江頭2:50、
その後ろに千原兄弟(せいじは痩せてます)
江頭の隣は誰ににてるでしょう!?
奥の方には浴場があります。気持ちよさそうに入浴中です(あくまでマネキンです)
作業した受刑者の検身場。何か隠し持っていないかを調べるようです。
農場内では自家製の醤油や味噌を造っていました。
科学特捜隊を退職したハヤタ隊員が、仕込みをしていました。
ウルトラマンも悪事をすると刑務所入りになります(笑)
二見が丘農場にも、もちろん舎房があります。
造りは五翼放射状平屋舎房と同じような構造です。
今日はこの辺で・・・
また次回にご紹介します。
もっと写真を撮っておけばよかったなぁ・・・と、後悔しているカールでした・・・。
また今度行った時にはたくさん撮ってこよう! |
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今日は博物館 網走監獄の入り口からの写真です。
駐車場から少し登っていくと入場口の前に橋が掛かっています。
この橋は「鏡橋」と呼ばれています。
実際の網走刑務所に入るのには川を渡るのですが、その川に昔掛かっていたのが
この「鏡橋」なのです。
刑務所の入所する前、この橋の上から川に映った自分自身を見て、これまでの自分の
過ちなどを見つめなおす・・・と言った事から「鏡橋」と呼ばれるようになったそうです。
入場料を払って、いよいよ網走監獄に入獄です。
すぐにレンガ造りの門が現れます。
その前には、「明治の脱獄王」と呼ばれていた”五寸釘の寅吉”こと、「西川寅吉」が
お迎えしてくれます。
この人、それまで脱獄出来ないところはない位の人だったようです。
しかしこの網走監獄に来た時、舎房の作り、監視の徹底さなどから脱獄は断念しました。
そして、まじめに務め、模範囚になったという話です。
恐るべし網走監獄です・・・
写真をそのままPCに入れちゃってるので、横向きで見づらくてすみません
この人が”五寸釘の寅吉”です。
画像では大きさは分からないと思いますが、普通の大人よりも小さいです。
身長にして140センチ前後位です。
実際に本人も小さかったので、リアルに造ってあるとは思います。
この小さい体で脱獄を繰り返し、五寸釘を踏み抜いたまま12キロも走ったなんて
そうとう強靱な体をしていたんですね。
当時、その世界ではかなりの有名人のようです。
模範囚となって、門の外の掃き掃除を任されていました。
外に出てるのなら逃げようと思えば、いつでも逃げれたはず。
でもその頃はいい歳にもなっていたので、逃げずに刑を全うしようと思っていたんでしょう。
こちらも横向きですみません。
こちらは過酷労働を強いられている囚人の像です。
囚人同士の腰は鎖で繋がれ、足には鉄球。これでは普通に動くのでも大変だったでしょう。
”網走監獄”という歴史を、このたった一つの像で充分に表現している、と思いました。
門付近の画像はこのくらいです。
次回も施設、展示物の画像で更新します。
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昨日はアルカトラズ監獄の画像で終わり、今日はその続きになります。
このアルカトラズ監獄(刑務所)は網走監獄と同じく、脱獄不可能と言われていました。
映画「アルカトラズからの脱出」は実際に起きた脱獄事件を作品にしています。
ただひたすら脱獄に全精力を費やし、見事脱獄するという話です。
ここ網走監獄でも、脱獄した実話を元に「破獄」という小説、脱獄者本人のインタビュー本、
ドラマなどが作られました。
興味のある方は、どちらも面白いと思いますので、是非ご鑑賞してみて下さい。
なお、”脱走”と”脱獄”は全く違う意味合いがあり、”脱走”とは刑務所の外などで作業や、
護送中に逃亡する事で、”脱獄”は刑務所、監獄の「中」から逃亡する事です。
ここ網走刑務所では、以前に話をした「白鳥由栄」が唯一の脱獄者でした。
看守など誰一人として傷つけずに成功した「破獄」は実話だけに興味がわきました。
その網走監獄のスチール写真です。明治に撮影されているようです。
今の「監獄歴史館」にも展示してありましたが、この「行刑資料館」の方が、手錠、拷問道具、
銃、サーベルなどがたくさん展示してありました。
このカニ錠という器具、使い方が完全に拷問ですね・・・ 僕には耐えられません・・・
「監獄歴史館」で画像アップした”足枷”ですが、こういう使い方なんですね・・・(左側で立ってる)
銃とサーベル。 サーベルといったら”タイガー・ジェットシン”でしょう(笑) 型は違いますが・・・
刑務所内の食事です。分かりづらいですが、左上の食事は「お正月」用で、ミニオードブルです。
けっこう豪勢なお正月です(内心、ちょっと贅沢かなとも思ったりもしました・・税金ですからね・・)
食事に関しては栄養を考えているので、ヘタな貧乏人よりいい物食べていると思います。
年末に犯罪を犯して刑務所に入り、衣食住付きを希望する人達の気持ちも分からないでも
ないです・・・(だからと言って犯罪は犯してはいけません!!!!)
画像下の「一等食、三等食・・」とは、刑務作業の度合いに寄って、ご飯の量が決まっている
そうです。 ご飯の歩合制?みたいなものなんでしょうね。
服役中は部屋にもどこにも勝手に物は持ち込めません(あたり前ですね)
今でこそチェックは厳しいでしょうが、昔は木材の欠片、乾燥したワラなどを隠し持ってきて
こっそり”お守り”を造る受刑者がいました。
レンズで見ないとなんだか分からない位に小さいです。
早くシャバに出たいと言う想いだけで作ったんですね。
これ位作らせてもいいんじゃないのと思いました。
本当はもっとたくさんの展示物があったのですが、残念な事に撮影していませんでした。
「行刑資料館」はここまでです。
明日は他の施設の紹介をします。
では、本日最後に
東ま〜っくす!
いま、この東MAX似のマネキンはどこで何をしているのでしょうか・・・
このどこかの施設内にいるはずと思うんですが・・・
誰か知ってる方がいたら教えて下さい。
会いに行きます!
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この前の網走監獄の続きです。
行刑資料館パート2編
現在の監獄歴史館には展示してないものがほとんどですので、ご注意下さい。
網走市全景のミニチュアです。
旧網走刑務所の模型
アップで撮影。中央奥の五翼放射状平屋舎房が特徴的ですね。
囚人身分帳。明治時代の物がちゃんと保管されていたんですね。
映画の小道具ではありません(笑)
映画といえば、クリント・イーストウッド主演「アルカトラズからの脱出」がありましたが、
その舞台となった刑務所の写真です。こちらも展示してありました。
脱獄不可能と言われていた刑務所で、網走刑務所と共通しています。
続きはまた明日に・・・
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