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今日も無事に運行終了しました。
ちょうど一年間の今日。
この一行をお礼の言葉に代えて、伝えたくて始めた「銚子電鉄の日記帳」
そして、それから7ヶ月毎日続けることは事は出来なかったけど、自分でも
よく頑張って書いたなと思う。
この一行を書くことは、自分としてはとても責任が重かった7ヶ月でもあった
けど、この一行を毎晩待っててくれた人達がいたことが、みんなで頑張れる
力になったことは言うまでもない事実だった。
切っ掛けは、会社の公式サイトのあのメッセージだったけど、このブログ
もそれなりに役割を果たせたと思う。
書いている本人としては、いつしか伝えることよりも毎日のコメントに対する
お礼のつもりで一生懸命書いたつもり。
それが、回を重ねる毎にコミュニケーションの術となり、さらにリアルな
関係の橋渡しにまで発展した。
みんなは「頑張る銚子電鉄」を応援すると言っているけど、本当にいろんな
力を後押ししてくれていた。
時々登場した運転士も、「声を掛けてもらえるから頑張る」って言いつつも
本当は大変な状況が何年も続いていて苦しかった時期だったのに、今日まで
良くやってきた。もちろんこれから先頑張って欲しい。
この一年間に出会った人は沢山いる。
声を掛けてくださった方のほとんどは覚えています。
今でも、ホームを歩いていると見てくれている人がいます。
先日も、「やっと銚子に来れましたと」今書いているブログにコメントを
くれた方がいます。
リアルに親しくなった人達の中には、沖縄や北海道の方から来てくれた方も
いました。アメリカで、このブログを毎日見てくれていた人も、夏に銚子で
お会いして、励ましてくれました。
このブログを書く切っ掛けになったエピソードは、ちょうど一年前にも触れたけど
地元の高校生が下校途中に仲ノ町駅で10枚入りのぬれ煎餅を買ってくれて
帰りがけに「頑張ってください!」と声を掛けてくれたことに感激して、
思いっきり涙して、この気持ちを何かで返さなければと思い立って始まった
のがこのブログでした。書いたこともないブログを必死で書いていました。
今でも、ブログの機能を活かし切れていないのは変わりません。
実は、あのときの事を思い出すと今でも涙がこぼれてしまいます。
その後、数々の取材でそのことを聞かれる度に記者さんの前で涙が止まらなく
なって、取材を中断したこともありました。
最近、特にこの数日「あれから一年」を振り返ってくれているブログやHPを
読ませていただくことが多くあります。
書いてくれている人達の暖かさに触れて、高校生の言葉が同時に甦ってきて
ホロッとしてしまいます。
6月24日にこのブログは終わりました。
でも、このブログを読んでくれていた人達が、また、それぞれの範囲の中で
ムーブメントを起こそうとしてくれている事に感謝する気持ちを何らかの
方法で表現する為には、今日一回だけこのブログを更新することが、その
恩に気持ちに応える良い方法ではないかと思いました。
ちょうど一年前、私は大学の卒業研究でまちづくりを持続的に行うための
一つの方法を研究テーマとし、4年間の締めくくりをしようとしていました。
人が集まる仕組み、日々の営みの中で人が動く仕組み、それらを有機的に繋げ
て構築する仕組みとして、まちづくり会社の必要性を広める材料づくりをしようと
していました。
結局、それどころでは無くなってしまったので、研究としては終わっていません。
終わらなかた事によって今も研究を続けています。
いつか、研究発表と実践発表を踏まえて、このブログのこと、銚子のまちづくり
のこと、銚子における銚子の鉄道の歴史の事を、誰が読んでも分かるまちづくり
の本に出来たらと考えています。
このブログを書いたことで、迷惑を掛けた人がいたらごめんなさい。
このブログで銚子と銚子電鉄に関心を持ってくれた人にはありがとうです。
この一年間で友達になってくれたかけがえのない人たち、これからもよろしく
おねがいします。
何となくセンチメンタルな内容になってしまいましたが、この一年間の
重みは忘れることが出来ない感触で残っています。
今日も、銚子電鉄は元気に走っていました。
本当の存続に向けては沢山の課題はあるけど、一歩ずつ乗り越えていけるよう、
引き続き応援をお願いします。
人の縁を感じつつ、感謝しています。
それでは、また年末を迎えて寒くなりますが、皆さまのご健康を祈念しつつ
銚子にお出掛け下さることをお願いして終わります。
思いつくままに、乱文にて失礼しました。
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