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キリスト教信仰の喜びは、他人(ひと)ではなく神が「もう苦しまなくていい。
あとは私に任せ、元気を出しなさい」と究極的なゆるしを与えて下さる確信です。
とほうもない安堵感…。
人間が、にないきれない罪悪感やいやしがたい挫折感に一生とらわれ続け、
絶望の中で滅んでゆく…、こんな悲しいことを、神さまは決して望みません。
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。 あなたがたを休ませてあげよう。
わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、
わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」
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