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昔見たドラマだった。夫の復員を待つ妻、そして母。夏のお墓、蝉が
ご多分にもれずウルサイ。
夏の日本の描写。帰って来ない方、将校らしい。
「もしやあの子戦犯、」かぼそくつぶやく母
「そんなことありませんわ」という妻。
「奥さん。」と自分の母にむかって無邪気に言う障害を持つ女の子。
奥さんと呼ばれたかなり若い母はかなり都会的。その後主人はまるで
類人猿、まさにゴリラの娘ではあるが、分教会長の娘にかなり似ている。
その娘も白恥美である。
裏町のコンビニでマリファナ味と言われている煙草を
ラッキーストライクにかえて購入、さらにいつものゴールデンバット。
煙草を吸わへんご亭主に乳すわれたら、まるわかりやんけ、、
賢い子を産みたいし、、と女。ほんなら中に出さしてもらうで。
いっぱい出してや、
このまえは禁断のコニャック味の葉巻きも港で買ったし。
英語で近況をまとめていたら、いままでのわだかまりが過ぎ去っていた。
そう今週、私を悩ませてくれた日々。 私は自分の目的のためにこのリハビリ
ボランティアをしているのであって障害者を介護する目的ではない。
新たな客。三人連れ。ご位牌を持ってはる。ご婦人が一人彼女は貧乏そうな
身なりだけどのどこかしらセンスがある。昔女子の事務員さんで
どこかしら中国の臭いがしたのがいたけれど、地元の女風だ。
男二人はかなり飲んでいる。パックの寿司の残りも持っていた。
「私は酒を飲まないので」という
「ほほう。」と老乗務員。
「煙草はすいますが」
「どれくらい」
「日に二十本くらいかな」
「じゃ、普通ぐらいじゃないか」
「最近は吸えなくなってきましたからね」
コーヒーが多いですね。
小説が織りなす世界。」教会と人。労働者。泥酔者。安食堂。玉入業。
赤いパンツのセックス依存女。
絶頂の声とため息、そして喧騒。
冬の今、深夜、もう夜明け前か、この時にもかすかな音をたてながら
鈍い光を放つ臨界の工場群。一本の煙草をつける。古くさびれた小さな
町工場が見える。
前にある解体屋さん。 さっき若い女将が車庫入れを誘導していた。
ポニーテールぴちぴちのジーンズ。すこしくたびれたソックス。
彼女の自宅の保安球が見える。深履きの白い下着、ブラはしていない。
人工繊維のなかの好き嫌いを決して言わない人口を増やす大切な口から
ご主人から排泄された虫が這いおりているのか。
虫のしみ、精のにおいで体調がわかるという。
「彼のは濃い」と人妻が言った。
彼の希望は玩具の自動車。集団農場閉鎖村、かような所で
薬漬けで毎日重労働です。金曜日には彼の首は斧で切り落とされ
街に飾られます。
老人を助けようとした女子は電車にはねられ、腹部を立ち割られ
スカートに血液大便そして臓物が異様な臭いで付着しており
眼を見開いて絶命してました。
北京放送は伝えます。優れた社会と良い中国。貧困こそがかの国の
財産である。70年代泥と油と美味な焼き米肉汁。
食べ物の汁である。日本には男女の欲望の肉汁。
記憶に残っているモノは無駄。不要。世界はゴミを生産している。
無駄を言う青年。究極の近道は処分です。人民閉鎖農場。
朝目が覚めたので働きたいと言う乗務員。
明後日病気のためにお休みなさい。
ここは車の往来は多いけど民家は死んだ様。
まるで平成という化け物が昭和のB29の如くに民を抹殺
しようとしたが民は生き残ったかのごとく。
もてる男にフェチはいないと言うのは嘘だな。
かなりプレーボーイと言われた男。女はティッシュといいます。
「使って拭いたらポい」
とのこと
それでも若い時は
中学校の女子トイレに忍び込み汚物缶に捨てられている
使用済みの生理用ナプキンを物色されていたようです。
それらはティッシュで折りたたまれていて表面は乾いていますが
経血は固まらないのでねばついています。ナプキンは二枚で
新しいナプキンの袋はなかったそうです。それからしわになって
よれよれの学校指定のパンストここでは長靴下と言っていたらしい
も見つけたそうです。タンポンはなかったそうです。
それは高校生だろう。教員用なら夫婦生活あとのナプキン
なんかもあるかもしれませんね
自転車を撤去されたかたがこられてその通知書を
見せてくれはるんです。
「私は字が読めませんので」
ほんまかいな とおもいながら
読みきかすと、酒の臭いを残して足早に立ち去りました。
事務所の音・カタカタとタイプが成る。
電話の声。
出来上がる書面。
無用な宣伝の電話。そして結構美系の生保の勧誘女性
彼女はまるで貞操をあらわ様な黒いタイツ。汚させない
純潔、ご主人とだけの性交渉。
あの時のモスクワ放送をまた聞いてみたい。
丘に続く長く細い国道。横に間夏の夕暮れのコンビナートが
微かに見えた。あーすごい。田舎の中,海南だったか。
正確な日本語。自分には白人社会の声に聞こえた。
上質なストッキング、ワンピース、ミニバーグのヘア、
そして安物のヘアピン。本当の社会がそこにはあった。
尼崎の発端となったのは自分の論文からだった。
「中国人家畜化計画」に関するものに思える。
それ以上に朝鮮人の性の玩具が私に関心を引いた。
少年ひのきしん隊はどうなんだろうか。シスターはもと
そこのカウンセラーであり天理教の教人だった、専修科生は
使い物にならないけれど、大卒の教人は別格だった。
女子の鏡ともいえた。しかし彼女は疑問を持った。
体を弄ばれなかったけれども、もしそうなっていたら分教会長
夫人と言う手もあったろうけれども、エリート教人を捨てて
田舎の支援学校の職を得た。
バスガイドさんは子供を堕胎した。悪だけど仕方が無かった。
妻子ある男の子供は殺されなければならなかった。でも泣いた。
病院で足を広げるときに、はずかしさ、−男性を含んだことのある
未婚成人女性を晒すようで、ふしだらと言う感じを見せる様で、
それに何よりも悲しかった。バスガイドという仕事柄、運転手の
性の処理そしてお客さんの素敵な思いで作りのために下を使う
または女になるのも当たり前である。
彼女は母性が強かったのかもしれない。
体を売る仕事をした。良い女子高の出であったことが幸いして
良い男子と結婚できた。子供も二人いて西成で暮らしている。
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