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津波の映像を見るのは辛い。
でもここで振り返って検証して次につなげないと 犠牲になった方が報われなくなってしまう。 この動画を見ると津波到達まである程度時間があったように感じる。 最初に到達した地域で15分。 これをどう見るか? 自分が腑に落ちないのは仙台地域は仕方無い部分があったにしろ、 あれだけ津波への防災訓練も重ねながらも三陸側、特に岩手県で死者の数が多いことだ。 過去にも大きい津波は何度も経験してのこと。 日本で最大の防波堤もあった。 津波が来てもそこまで大きい被害は出ないと どこかで思ってしまっていたのかもしれない。 NHKの放送でも最初の津波の観測した数字も実は1mを超えていない。 それを見ればいつもの津波か、と感じてしまうだろう。 第2波、第3波が強烈に押し出す力を与え、 街の奥へ奥へと押し込んでいった。 テレビで仙台空港に津波が押し寄せる映像を見て目を疑った。 あそこまで来るのは想定外だったから。 そういうこともあるが空港には避難してきている人たちもいた。 生死を分けたのは何だったか? 父親は津波発生時、なんと海の目の前にいて会議中。 しかし今は本人は無事。車も失っていない。 これがその後の避難生活を大きく左右した。 地震発生とともに、 6mの津波が押し寄せてくると聞いて 「巻き込まれるから止めろ」という同僚の忠告を振り切って 車で強引に帰宅。 ここで一つ。 無理やり帰った点がある。 同僚は2階、あるいは量販店の屋上などに逃げたらしい。 ちなみに全員無事とのこと。 だが、ほとんどの方が車を失った。 そして彼は二つ目の選択をする。 道路の選択だ。 一つは自衛隊基地のある遠回りの南側ルートと市街地を走るルート。 結局どちらも水没してしまったが、その通過時間が大きなポイントだ。 結局遠回りルートを選択するが、なぜか道が空いていたという。 市街地ルートは後で聞く話では渋滞が起こり津波に飲まれてしまったらしい。 つまり同僚が言っていた、津波に巻き込まれるというのは当たっていたが 道の選択など幸運も重なり、車と身の安全を図ることができた。 すぐに行動しても本当にギリギリの決断だったと思う。 15分。 自分も含めて、あなたは即座に逃げられただろうか? 東大の研究グループの発表によると 最初の第一波、2m級の津波は300キロ以上の速度で迫ってきていた。 南三陸町では5階建て建物の5階まで津波が押し寄せた。 15分。 |
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