思い出の時計たち

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ボンバー社長・思い出の時計たち

 前編おさらい:   会社の専務から、
                  ” OMEGA は黙っていても売れる! ” 
            と言われ、やる気をなくし OMEGA の時計を    
                売ることを止めてしまったボンバー社長の次なる手は!!
                          
 

 
ブローバ
      ボンバー社長・思い出の時計たち (Part 2・後編)
 
 
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ブローバ(アキュトロン・スペースビュー)音叉時計
1970年 当時価格 :  \88,000〜  ・文字盤付き \92,000〜 
金無垢 18K  \450,000〜 ・18KWG  \480,000〜
 
 
 
             会社の専務から、
             ” OMEGA は黙っていても売れる! ” と言われ
             ボンバー社長は、憤りを感じます。
 
             ” OMEGA を売るのは、もう止めたっ!!  
               そうだっ! それならあえて、売りにくい
               ブローバ を売ってやる! ”
 
              とボンバー社長は、自分に誓いを立てるのでした。
 
 
             それから、ボンバー社長は一生懸命に
             ブローバ の時計を売り始めました。
 
             当時(1970年・春)
             ボンバー社長の給料が \20,000チョット
             ブローバ の時計は \29,800〜 がでした。
 
             月に10本程 売り上げるようになった
 
             そんな、ある日のことです・・・
 
 
             会社の専務が、首をかしげ、
             ” おかしい??? 
               売りにくい ブローバ の時計が売れて、 
              売れるはずの OMEGA の時計が
              売れていない・・・ 。   ” と言いはじめました。
 
  
             毎月15日に会議があり、そのことが議題に上りました。
 
               ボンバー社長は、言いました。 
 
             ” OMEGAは黙っていても売れると専務に言われたので、
               黙っていても売れるものを売っても 功績 に 
               ならないから売るのを止めました。
               外商部として、売れないものを売ってこそ
               腕の見せ所じゃありませんか!! ” 
 
 
            会社は、OMEGA の特約店なので
            OMEGA の時計が 売れないと困ります。 
 
            ボンバー社長が ブローバ の時計を売る分
            OMEGA の時計が売れません。
            困った会社側は、ボンバー社長に OMEGA の時計を
            売るように頼んだそうです。
 
 
            ブローバ の時計が、話題に出るたびに    
            ボンバー社長は、この話を誇らしげにします。
            それは、それは、嬉しそうに話しますよ!
 
            みなさんも一度、聞きに来てみてはいかがでしょう。
 
 
 
 
            
           
            
            
 
 

ボンバー社長・思い出の時計たち

OMEGA
      ボンバー社長・思い出の時計たち (Part 2・前編)
 
 
 
            イメージ 2     イメージ 1
 
                    1960年代  OMEGA・シーマスター 広告
 
 
 
             ボンバー社長は、(昭和43年)高校卒業後18歳
             東京に上京し、大宮市のある大きな時計店に
             入社します。その頃のお話です。
  
 
             1970年・春
             ボンバー社長は、その会社の外商部に
             所属していました。
            
 
             会社はOMEGAの特約店で、その他
             海外メーカー(ヴァシュロン・ROLEX・ロンジン・
                      ウォルサム・チソ・ラドー・ブローバ
             国内メーカー(SEIKO・CITIZEN・ORIENT・リコー) を
             取り扱っていました。
 
 
 
             会社がOMEGAの特約店ということもあって、
             ボンバー社長も頑張ってOMEGAの時計を
             売り込んでいると・・・
 
              会社の専務から、
             ” OMEGAは黙っていても売れる! ” と言われ
 
             ボンバー社長は、やる気をくしOMEGAの時計を
             率先して売ることを止めてしまいました。
 
 
                                  後編へとつづく!!                      

             
        次回予告:  
            やる気を無くしたボンバー社長の次なる手は!!
 
                                          乞うご期待!!
 
 

ボンバー社長・思い出の時計たち

 
 
こんにつは!! ぬこ部長デス!!
 
突然ですが!!
 
人生には長い長い歴史 がございます。
その歴史も人それぞれ。
 
 
ボンバー社長は、時計と共に
人生の歴史をつくってきました。
 
今年で62歳になりますが、
ボンバー社長には沢山の時計たちとの思い出があります。
 
そんなボンバー社長と時計たちとの思い出を
少しずつご紹介していきたいと思います。
 
 
 

 
56KSっクロノメーター(濃紺)
               ボンバー社長・思い出の時計たち (Part 1)
 
 
 
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                           56KSクロノメーター(濃紺)
 
 
             ボンバー社長は、(昭和43年)高校卒業後18歳
             東京に上京し、大宮市のある大きな時計店に
             入社しました。
 
 
             3月23日から働き出し25日が給料日、
             3日分の給料しか支払われなかったために
             なんと初任給は、 \1,760 !!
 
               \1,760 で1ヶ月を過ごすのは
             とても大変だったそうです。
   
              
             入社して3年目の1月。
 
             上京後、初めて帰郷する際、故郷に錦を飾るため
             ” イイ時計(人に見せても恥ずかしくない、
               給料の倍ぐらいのもの)を持って帰りたい!! ” 
             と思ったそうです。
 
 
             当時の給料が \17,500 (基本給\14,000)、
             その時つけていた時計が、
             SEIKO 5スポーツ(当時\8,800)。
 
 
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                             SEIKO 5スポーツ
 
 
 
             店頭に並んでいた
             KSクロノメーター(濃紺)(当時\33,000)をみるたびに
             ” この時計をつけて故郷に帰れば、格好がつく!
               この時計なら俺に格好をつけさせてくれるはず! ”  と           
             日々、思いをつのらせます。
 
             しかし、\33,000 がなかなか出せずに
             月日はたっていきました。 
 
 
 
             結局、ボンバー社長がどうしたか・・・
 
             3年目にOMEGA(オメガ)の大会
             2位になったのをいいことに
 
             会社の専務に、
             ” 帰郷するときに恥ずかしくない時計が欲しんです!!
               そりゃそうでしょう、3年ぶりに帰るんですよ!
               イイ時計つけて帰りたいですよ! ” といいます。
 
             OMEGA(オメガ)の大会で高い成績をあげ
             お店の株をあげたことも手伝ってか・・・、
             
             すると専務が、
             ”そうか、じゃぁこれを使ってろ。” と言い、
             チソットのシースター7(当時\36,000 
             ボンバー社長に貸してくれました。
 
             これが、ボンバー社長が初めてイイ時計を
             ゲットした瞬間です。
 
             それ以降、チソットのシースター7(当時\36,000が、
             再び専務の元に戻ることはありませんでした。
 
 
 
             そんな、こんなでボンバー社長は、
             KSクロノメーター(濃紺)(当時\33,000
             を見るたびに、修行時代の苦労した若かりし頃を思い出し、
             自分の歴史を振り返っては懐かしさに涙するのでした。
 
 
 
 
 
  

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