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東北道からは遠く早池峰が見えるようで、中々的が当たらない。
岩手山はどこから見てもどっしりと雄大だ。
岩手の最南端、長者原パーキングで一休み。
近隣観光地の案内など出ている。
前方には又宮城、岩手の山が見える。
岩木山嶽温泉に入り、地元の山菜ソバを食べ、3日間の東北3山巡りを了え一路東京に向かう。黒磯辺りでは高速道の両側にはリンゴ畑が広がっていたが、岩手、宮城に南下するにつれ、あちおこちにニセアカシアの花が見える。高級蜂蜜の素アカシアの花だ。白くて、余り目立たない花だが、北の国の人にとっては、初夏を彩る花になっている。
天気が安定せず、時々土砂降りの雨が降ったかと思うと、又晴れ間が出てきたりと。変な陽気だ。しかし三日間、山でこんな土砂降りに遭わなくて幸いだった。何年か前、鳥さんが九死に一生を得た横転事故の岩手の現場もいつの間にか通り過ぎ、左方に早池峰の峯が見え隠れしたかと思うと、今度は右手前方に東北最大の山、岩手山がどっしりと現れ、宮城に近付くと共に車両の数も増えてきて、その中には、震災復興の自衛隊車両、各県から派遣された警察車両の隊列なども数多く見られるようになり、僅か3か月前、大震災に襲われたこの地方は、今なおその渦中にあることを思わせた。 運転役の交代及びトイレ休憩で長者原パーキングで一旦休憩。この辺り、渡り鳥の飛翔地で、伊豆沼にも近く、このパーキングの後ろにも大きな沼があって、ラムサールの登録されているようだ。少し時間があったので、沼の近くまで歩いて見に行ったが、今の季節、渡り鳥らしき鳥影を見ることはできなかった。 さて近所へのお土産を何にしようかと物色していたところ、後ろから鳥さんが声を掛け、震災復興の為には大船渡の「カゴメの卵」が一番だ。自分の遠い親戚がこのお菓子を製造している、と聞き、即座にこれに決める。皆さんもそれぞれ買って行ったが、中でも「カゴメの卵」が多かったようだ。少しでも震災復興に役立てれば、と言う気持ちがあったに違いない。 帰路は福島を過ぎた辺り、交通量も増えてきて、急遽郡山より平に抜ける磐越道を通り、太平洋岸、日立から水戸を経由し環状道に出て、8時前、無事に東京駅前に到着した。小雨の中、靴を履きかえる為にしゃがんだ時に、ポケットから携帯電話を落したらしく、帰りの電車の中で気が付いたが、もう疲れ切っているし、また元の場所へ引き返す気力もなく、まあ、身体一つ、無事に帰れたのだからと、明日に回すことにする。 幹事さん含め同行の皆さん、大変お世話になりました。3日間、又楽しい思い出を胸にしまうことができ、幸いでした。百名山も1年ぶりに漸く一つ増え、八甲田山、73座目。掛替えの無い山の仲間に恵まれ、幸せな3日間だった。 完 山の形では判断できないが、どうだろう、岩手山か・・。宮城蔵王ではないと思うが・・
パーキングには神戸県警から応援に来た警察官の車列も見えた。
長者原沼。ここも確かラムサールに登録されていると思ったが・・
次は岩手山。足を鍛え、是非も登頂しよう。
満開の躑躅に見送られ、3日間の山旅を後にした。
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日本百名山、「山と俳句」
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岩木山の麓に嶽温泉があり、そこの1軒、「縄文人の宿」に入る。
入浴料500円は山の帰りには安くて良いですね。
温泉宿の前に咲いていた花。
宿に入ると、早速縄文人のお出迎え。
宿の中は青森、秋田、東北の民芸品で飾られていた。
僕が加わっていない皆さんの足は速い。8合目駐車場で、皆さんの帰りを待っていると、もう11時になる前から鳥さんと上さん、超特急の二人が下山してくる。9時過ぎに駐車場を出発しているので、往復2時間もかからない。僕が参加していたら、倍の4時間はかかったか・・。
さて、残りのメンバーも追々揃い、11時過ぎ、駐車場を後にする。この岩木山を下った麓に有名な嶽温泉がある。この嶽は福島安達太良山の麓にある岳温泉と同じ名前で紛らわしいが、漢字が違う。こちら青森の方は難しい嶽を使っている。山に登った汗を流す最後の湯治場としてこの嶽温泉に寄り、併せて昼食とする。 2−3軒ある温泉宿の中で、一番最初に目についたのが、「縄文人の宿」。そう東北は正しく縄文人の国だった。先年62歳で亡くなった石橋さんは秋田出身だが、全き東京に住んでいる縄文人。最良の友を亡くしてしまった。縄文と聞くと東北、東北と聞くと直ぐに石橋さんを思い出すのは、自然の流れだった。 フロントから通路、ふろ場まで、民芸調に飾られた温泉宿。それ程大きくない風呂場は、年季の入ったもので、この温泉宿の古さを感ずる。いや何も縄文の昔から古かった、ということでもないが・・。かなり熱めの牛乳温泉。牛乳を入れたように白濁している。如何にも薬効がありそうな温泉だ。 熱いお風呂にさっと入り、さっと出て、この宿の前に、同じように2−3軒ある食堂の1軒に入り、山菜そばを食べる。同じように2−3軒ある土産物屋の土産品を見ると、山クジラにしてもゼンマイ、ワラビ、地元の特産と思えるようなものがすべて原産地中国やら、あれあれ、ベトナム、インドネシアの国名まで印刷されている。・・全く今の日本はどうなてっているのだろう・・・。弘前市にも観光課位はあると思うが、こういうものこそ、地元の岩木山産にして売り出すべきではないか! しかし幹事鳥さんの計らいで、これこそ地元産「またぎ南蛮漬け」を見つけ、皆さんにそれぞれ1個づつ土産用に手渡し、さて、いよいよこの岩木、弘前を後にし、一路東京に帰京する。 東北は元日本人、心の古里になっている。
ねぶたの熱狂が響いてきませんか?
ここに一泊してもよさそうな感じの温泉宿だった。
幹事さんの計らいで皆さんに配られた地元特産のマタギのキノコ漬け。
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6月ではあるが、北の山の上では桜が今満開になっている。
花びらも小さく、よりしとやかな山桜。
山のタンポポだろうか・・。
以前どこかで御前立花と聞いたような気もするが・・
ああ、残念也。今日はこのリフトが休業中で、9合目までも行けなかった。
仮に岩木山のリフトが運行されていたとしても、今日のこの足の状態では、9合目までは行けたとしても、その先のごつごつした岩だらけの山道を登るのは無理だったに違いない。又漸く登れたとしてもとしても、下るのに難儀をし、立ち往生したに違いない。だから今日は、9合目途中まで行って引き返したのは正解だった。
山頂の方から人の声が聞こえたので、当方の仲間かと思い、急いで下山を開始したが、急いで、と言っても両股では歩けず、膝を曲げられないので、一歩一歩横歩きで下って来たが、その内、その声の主に追い抜かれる。仲間かと思っていたら、彼等は別の学生のグループで、5−6人、組になって駆け足のように下り降りて行く。元気の良いところ、山岳部の学生に違いない。 彼等が下り降りと、又、山の静寂が戻ってきた。山道のここかしこに咲いている山の花を見、写真に撮り、時々雲が晴れて前方の山が見え、又何時か来るかも知れないこの山の景色を目に収めて置く。と、又下の方から人の声がして、その声が段々大きくなり、かなりのグループと思われる。すれ違いざま見ると、小学生のようだ。最後の先生らしきリーダーに聞くと、弘前の麓の小学校から来ているとのこと。総勢40−50人程の団体か。 又下の駐車場から生活音が聞こえてきて、漸く8合目駐車場に戻りつくことができた。仲間はまだ山中、今下っている最中だ。樹林の間に人影も見える。当方、今回は頂上まで行けなかったが、この1200mの駐車場から四周を眺めているだけでも気持ち良い。自然の雄大さ、人間の卑小さ、なにものにも代えがたい自然の美しさを感じる。3日間、良い山歩きが出来た。 下に8合目駐車場の建物も見える。
地元の小学生の団体登山。
岩木の山も又来る日まで。
東北には天空の花があるのか・・
岩木山、天空へのつづら折り。
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岩木山の麓から8合目駐車場まではこのようなつづら折りの道路が続いている。
8合目駐車場からは、遠く白神の山なども見る。
昨日登った八甲田の連山は雲の中。
岩木山の山頂も雲の合間に見えるが・・
弘前ホテル「ドーミーイン」では、天然温泉に24時間いつでも入浴できる。そこで、早朝の弘前城の散歩から帰って、朝食までにはまだ少し時間があったので、最後にもう一度温泉に入ることにする。ほんの少しでも温泉に浸かれば、今朝の約2キロの散歩の疲労も回復できるかも知れない。同じような考えなのか、浴場には鳥さん、スーさんなどもいた。
さて今日も又バイキングの朝食。昨日も湯瀬温泉「姫の湯」で朝食はバイキングだったが、お代わりご飯にクロワッサン、もうこれ以上はお腹に入らない程朝飯を食べたが、今朝もお代わり自由だから、見苦しくない程度にたらふく食べる。 8時、ホテルを出て、弘前城の後ろ側に出て一路岩木山に向かう。町はずれ、岩木神社の脇を通り、嶽温泉を通り過ぎ、岩木山8合目駐車場まで一気に上がる。と言ってもここの道路は日光イロハ坂よりも九十九折が多く、合計77回のUターンがある。以前、この山に来た時は自分一人の運転だったから、カーブが幾つあろうがお構いなしに飛ばして登ったが、今日は後部座席の上ちゃん、スーさんが大変。陸にいて船酔いした、なんてぼやくことしきり。
予定通り9時に8合目までは来たが、あにはからんや、今日はリフトが動いていない。安全点検とかで、数日間休止中だった。リフトがあれば、ここから9合目までは一挙に上がれ、そこからはほんの1時間も掛らず頂上を極めることも出来るが、リフトが動いていないとすると、8合目からの登山となる。 昨日の今日、当方はとても無理なので、皆さんだけで行ってもらい、当方、歩けるところまで登ることにする。何、この山は記録を見れば、今から丁度10年前の2001年8月、百名山10番目の山として既に登頂している。当時は月山、鳥海山を登った後、白神山中の十二湖に泊まり、翌朝白神山を登って、秋田の海岸を北上し、鰺ヶ沢からこの岩木に入った。今思うと10年前は本当にタフだったと自分でも思う。 まあ、10年前と今の自分を比較しても始まらない。皆さんの出発を見送り、当方一人で、ゆっくりリフトの横の山道を9合目に向かう。雲の先に遠く白神山、秋田山、八甲田山系なども見える。こうしてリフトの横の山道を歩いていて、そういえば、10年前もリフトを使わずに、この登山道を登って、9合目まで行ったことを又急に思い出した。まあ、兎も角、昔は元気だった。 ここ8合目駐車場は1247m。山頂は1625m。高度差400mを今の足で登るのは少し無理だ。
ゆっくり山の花などみながら9合目に向かう。ミツバツツジ?八潮ツツジが綺麗に咲いている。
食べられるかどうか知らないが、山のゼンマイなども元気に伸びている。
スミレにも似ているが花弁が少し大きいようだ。
9合目直前まで来たが、頂上の方から人の声が聞こえ、もう皆さんが下山に入っていると思い、ここから引き返す。
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弘前城内には桜以外にも松の大木があちこち見える。
新緑の季節、緑がまぶしい位だ。
ここの内堀の桜の大木も見事だ。
二の丸の門が見えてきた。
城内には又植物園などもある。朝の時間、まだ開いていない。
昨日の八甲田登山で、足にまだ痛みも残っていて、ホテルから弘前城天守閣までの約2キロ、ゆっくりゆっくり、足を引きずるようにして歩いてきたが、朝食の時間もあり、余りゆっくりはしていられない。折角天守閣を見たが、その前まで行くのも足が重く、ベンガラ(紅柄)の橋の上からお城を眺め、ホテルに引き返す。
城内には大手門(追手門)から入ったが、出るのは、二の丸東門より戻ることにする。途中右手に植物園などもあるが、時間的にも立ち寄ることは出来ない。前方にがっしりした造りの東門が見えてくる。本当に立派で大きなお城だ。 この近辺では岩手南部の盛岡城、秋田佐竹の久保田城等見てきているが、盛岡城には天守閣はなく、久保田城も敷地はこの弘前に引けを取らない程広いが、天守閣の代わりに、黒ぼったく、小ぶりな隅櫓が残っている程度で、東北3県のなかではこの弘前が群を抜いている。1611年、2代藩主の造営になるものだが、良くぞ今日まで持ったものだ。 城内の樹木は大半が桜の木で、ここが日本の桜100選の上位に位置づけられているのは良く分かる。桜の寿命は普通100年も持たないが、ここでは枝を横に広げて寿命を伸ばし、100年、150年の老木もざらにある。これ等の1代前の桜は300年前の築城当時に植えられたものに違いない。二の丸にある見事な枝垂れ桜は国の天然記念物にもなっている。 東門から城外に出る。ここから真っ直ぐの道路が白先駅に向かっている。当方はお堀に沿ってホテルに向かう。傾斜を上手に利用したこのお堀は、途中途中に柵、仕切りを設け、お堀の水が上手く上から下に流れるようになっている。大きな鯉がいっぱい泳いでいる。これ等も飢饉の時には、人々の飢えの救けにはなったのだろう。 早朝の凡そ1時間のお城の散歩、400年の歴史を至るところで見ることができた。真っ白の天守閣、掘割にかかる桜の大木、綺麗に整備された城内。津軽の人のこの城に対する思いを深く感じた。この足の状態では、今日の岩木山は諦めざるを得ないが、それにもまして、価値ある散歩であった。 前方に東門が見えてきた。
ここもまたどっしりとした立派な門だ。
平城の外堀。流れも清い。
表側からはこのような形に見える。
このお城を築城した、津軽藩2代藩主の像。
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