タイ語の勉強 & 山と旅と俳句

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遥かなるメコン

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ワットアルン(วัดอรุณ)。暁の寺。この寺に関して、もう説明は要らない。

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2週間の旅は既に終わった。メーソッドの国境の橋を渡って越えたミャンマー。メーサリアンの夜。チェンマイの温泉。メコンの川下り。ルアンプラバンとビエンチャンでのメコンの夕焼け。ワット・ナコンパノム。

チャオプラヤーの流れを眺めていても、この2週間の旅の思い出は尽きない。

「วัดอรุณ」(ワットアルン) กับ(カップ) 「วัดโพธ์」(ワットポー)。
「暁の寺」と「涅槃佛寺」。

川の両側に対面するこの二つのお寺。旅行者は必ず立ち寄るであろうこの寺に関して、もう言葉はいらない。この二つのお寺を駆け巡り、今回の旅の余韻を楽しんだ。

このブログも今日で丁度88頁となった。そう奇しくもお遍路道の88寺のように。今日までお遍路道を歩いてきたに違いない。

              
             สวัสดีครับ(サワデークラップ)、さようなら。





ワットポー(วัดโพธ์)。涅槃佛寺。もうこの寺についての説明は要らない。

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サンサップ運河のフェリー桟橋、プラトナムの前には、衣料関係の小売店がいっぱい集まったマーケットがある。

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チャトチャックのサンデーマーケットの様に迷路のようでもあり、入り組んでいる。

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伊勢丹前のガネーシュ神の前には、今日も何人かのお参り客が。

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近代デパートにマッチした社の造りになっている。

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サイアムセンターの近代的ショッピングセンター。先刻フェリーの中から見えたビルも目の前に聳えている。

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メコンと並び称せられる東南アジアの大河メナム川。「แม่น้ำ」(メナム)、「母なる川」とタイの人々に親愛を篭めて呼ばれる大河「メナム」は、単に「川」の代名詞に過ぎないが、この国では特別の意味を持っている。

それはタイを南北に、遥か遠いタイの最高峰、ドイインタノン(ดอยอินทนนท์)の山懐から発し、1000キロの長きに渡って幾多の町村を通り抜け、最後はバンコク市内を貫通しタイ湾に注がれるチャオプラヤー川(แม่น้ำเจ้าพระยา)を意味しているからに他ならない。矢張り、旅の最後はこの川に挨拶しておこう。

運河のフェリーをプラトナムで降り、目の前の数え切れないほど多くの小売店が入居しているプラトナム・マーケットを素通りし、伊勢丹の前を通り、MBKに行き、幾つか食料品、お土産品などを買い、急いでホテルに戻り、12時のチェックアウトにはまだ1時間以上も余裕があったので、最後にもう一度プールで水浴びし、スーツケースをクロークに預け、川へ出る。


水量豊富なこの川は、今日も又滔々と流れている。護岸から僅か数メートル。一体この川には洪水というものがないのだろうか。数多くの浮き草が川面を漂い、上に流されたり、河口に向って流れたりしている。この川自体が既に海に近く、流れがあるのか、潮の干満で上下しているのかは分らない。これが「豊饒の海」なのか。

400年前の昔、山田長政は軍団を率いて、アユタヤからこの川を下って、マレー半島の反乱地に向ったであろうし、又、多くの御朱印船もタイ湾から熱帯樹の生い茂ったこの川に入り、アユタヤを目指した。

そこには大きな日本人町もあり、徳川家光により海外渡航が禁じられるまでは多くの日本人も往来していた。鎖国前の日本人の大航海時代の大胆な行動力、海外雄飛、殖民都市。現実にアユタヤで起きた日本人町対ポルトガル人町、オランダ人町等との戦い。その嘗ての栄光を眼前に浮き沈みする浮き草の中に見出すのは困難であった。

川の向こう岸には「暁の寺」「ワット・アルン」(วัดอรุณ)がある。又、こちら側には「ワット・ポー」(วัดโพธ์)「王宮寺院」(วัดพระแก้ว)もある。何回も訪れたこれ等の寺院。そうもう一度訪ねよう。何回訪ねても良い。訪ねる度に癒してくれる。

フェリーで川向こうに渡る。バンコクの中心部スクンビットにある高層ホテル、ビルが全くの近代都市の相貌で川の先に浮かんでいる。来る度に華やかに、来る度に高見に上るバンコクの街。今度、いつ来れるだろうか。その時この街は又どのような変貌を遂げているのだろうか。

「暁の寺」の空に向う尖塔の前に佇み、これから夕陽に輝くバンコクの街を眺め、この街に別れを告げた。

                       (完)


MBKで買物を済ませ、チェックアウト前にロイヤルホテルのプールでひと泳ぎする。

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MBKで買物を済ませ、チェックアウト前にロイヤルホテルのプールでひと泳ぎする。

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川沿いの高級マンション。年毎に高層マンションが増え、橋も増える。

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ちょっとホテルの名前は忘れたが、シーロムの突き当たりにあるオリエンタルホテル近くの高級ホテル。

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嘗てはバンコクで一番高かったバンコクタワー。バンコクは日に日に発展し、成長している。次に来る時は又、新たなバンコクに出会えるだろう。

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サンサップ運河は旧市街の入り口、プラカーン城塞(ป้อมมหากาฬ)の前から街の中心に向って伸びている。

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この運河は全長数キロにも及び、20箇所以上の船着場もある。

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数分おきに発着するフェリーは現在でも庶民の有力な通勤、移動手段になっている。

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最新のエンジンモーターで、ドロ臭い運河をフェリーは疾駆する。スピードが好きなタイ人らしい。

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運河の途中では有名なシルク王、Jim Thompsonの邸宅の裏側も通過する。

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皇太子殿下がロンドンの運河を研究され、その研究論文として「ロンドンの水運」なるものを発表しているが、そのロンドンに劣らず多いのがここバンコクの運河。

そもそもバンコクはこの町の名前「บางกอก」が示すように、「บาง」(バーン・水辺)に生える「กอก」(コークの木・ライムかレモンのようなもの)から由来していて、今のような大都会に発展する以前は、大河チャオプラヤー川(メナム川)の河口に近い湿地帯でもあった。

だから当然運河、水運は四通八達していたが、それら大小の運河は埋め立てられたり、暗渠になったりして、残されているのは数少なくなっている。丁度江戸期の江戸東京がそうであったように、日本橋界隈は舟運で貨物が運ばれたが、今や東海道五十三次のスタート地点、日本橋も高速道路の下に隠れてしまっている。今残っているものと言ったら、隅田川を両国辺りから日の出埠頭まで結んでいる観光フェリーしかない。僅かに通勤に利用している人もいるようだが・・

以前三嶋由起夫の「暁の寺」を読んでいて、そこには40−50年前のバンコクの情景が描かれていたが、平らな土地を掘ればその凹んだ所が運河になり、盛り上がった土が道路になり、雨が降れば通りは運河からの洪水で溢れ、高いビルもなく、町はバナナとヤシの葉蔭に薄暗い電灯が灯され、陸上よりも運河を舟で移動したほうが便利な様子が描かれていたが、もうそんな情景はどこにも見当たらない。高層ビルの数と言ったら東京以上かも知れない。

この街の数少なくなった運河の中で、多分唯一と思うが、フェリーが運行されているのは、旧市街の玄関口、ポムプラカーン(ป้อมมหากาฬ)城塞の前から街の中心、プラトナム(ประตุน้ำ)に至り、更にその先のトンロー(ทอวหล่อ)方面まで延びている、サンサップ(คลองสันสับ)運河である。その途中には旧日本大使館の広大な敷地も運河に面していた。

さあ、これから水飛沫を浴びて、おっとっとっと、汚れた飛沫は浴びられないが、過去のバンコクを思い、現在に生きているバンコクの舟運を経験してみよう。



フェリーの中からはこのような高層ビルも見ることができる。 (セントラルワールドプラザの辺りのモダンなビル。)

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乗船して約20分、バンコクの中心部、プラトナム(ท่าเรืวประตุน้ำ)の船着場に到着する。渋滞した陸上を行くよりも数倍も早い時間と数十倍も安い料金で行くことができる。

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フェリー埠頭(ท่าเรืว・タールーア)の乗換え駅だけあって、大きく綺麗に整備されている。

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今将に、反対方向、トンロー(ทองหล่อ)の方面から来て、終点のプラトナムで下船する人々。庶民の足ともなっている。

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街の中心だけあって、バンコク一高いホテル、バイヨーク・スカイも直ぐ近くに見える。

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ロイヤルホテルの前には片側6車線の大通り、ラチャダムヌン・クラン通りが走っている。

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ここでも又、歩道上にロッタリーの富くじ台が溢れている。

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綺麗な花でいつも飾れている中央分離帯。

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朝から清掃人も道路掃除で、街は綺麗だ。

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独立記念塔、Democracy Monumentはサークル状になっていて、南国の花で満ちている。中央の写真がプミポン国王、シリキット王妃夫妻。

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タイ、バンコクもいよいよ今日で最後となる。今晩の遅いJAL機でこの街を後にする。今日一日、残された最後の一日をどう使うか。

バンコクの観光名所はもう既に大体は見ているから、今日は特別にどこそこの場所へ行かなければならない、という目的もない。目的も無く街を彷徨うのも贅沢だ。そうだ、先ずMBKへお土産を買いに行こう。

タクシーでサイアムセンターまで出るのは簡単だが、今日は充分時間があるので、ホテルの前の大通り、ラチャダムヌン・クラン通りからサンサップ運河の船着場までゆっくり歩いて行く。

片側6車線の大通り。中央分離帯には綺麗な花壇になっていて、いつ来ても、作業員が花の手入れをしている。二度目にバンコクへ来たのは2年半前の年末だったが、空港からタクシーでこの通りを走った時、素晴らしく色鮮やかなイルミネーションで通り全体が1キロ以上に渉って飾られていたのが今でも印象深く残っている。

民主記念塔、Democracy Momunentの前を過ぎると、右手に均整の取れたワット・ラチャナムダー(ラマ3世王)と迎賓館、トリムック宮殿の小奇麗な小公園が見えてい来る。ホテルから歩いて15分、一休みするには丁度良い。運河は直ぐ目の前だ。

何かお飾りのような要塞、ポム・プラカーンの前はもう運河を走るフェリー乗り場だ。何人かの人が既に乗船を待っている。渋滞のひどいバンコク市内の道路をいらいらしながらタクシーに乗っているよりか、この運河を走るフェリーの方が余程か効率が良い。行き先の船着場によって料金が違うが、降りる場所の名前が分らないので取り敢えず15バーツ支払って乗船する。




独立記念塔から数分、ラマ3世寺院(ワット。ラチャだマー)と迎賓館の公園が見えてくる。

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遠くの向うには米国Capital Hillを模した議事堂も見える。

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ラマ3世寺院はいつみても美しい。

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前回はこの塔の上に登り、バンコク市内、目の前の黄金の山寺院、遠くのチャオプラヤー川などを眺めた。

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プラカンの船着場が橋の下に見えてきた。そうだ、これに乗ろう!

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バンコク北郊、リンダさんの店で食事をしていたら、象使いの象が突然店にやってきた。

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大人しい象で、挨拶をしているか、何か食べ物をおねだりしている様子。

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バナナを与えてやったら直ぐ食べた。

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タイの人々にとっては象は身近な動物だが、数は減っているようだ。

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バンコク・フアランポン駅からはタクシーでホテルに真っ直ぐ来て、預けておいたスーツケースを受け取り、ホテルのプールで2週間の垢を落とす。燦々と降り注ぐ南国の太陽。デッキチェアに横になり、タイ北部を横断し、メコンを川下りした長い旅程を思い起こす。今回も又良い旅行だった。

夕方、ビエンチャンからの飛行機で一緒になったタイ人夫婦、ビロイさんとリンダさんのレストランへ夕食を食べに行く。聞いていた住所、タノン・ラータプラダオはバンコクの北の外れで、タクシーの運転手もよく分らない。2回ほど乗換え、漸くそのレストランに着いたところ、店にはリンダさんがいたが、当方の突然の訪問に驚いた様子。

今日は何か大家族の集まりで、店は貸切のようで、外の主人と携帯で何か話していたが、結局、簡単な麺の料理を作ってもあうことにした。ご主人のビロイさんと酒でも飲み交わす積りで出かけたのだが、少しばかり当てが外れた。

食事中に象使いが店にやってきて、店の外からぬっとその長い鼻を出してきて、突然のことに驚く。バナナを20バーツで買ってやり、象に与えたところ、鼻を上手に使い、先っちょで丸めて口へ持って行った。他愛無い遊びであるが、面白かった。

この場所は、バンコクの中心部からかなり離れた場所にあり、帰りの心配もあって、食事中タクシーを待たせていたが、帰りは迷うこともなく一挙にホテルまで運んでもらったが、運賃を2000バーツも請求される。

冗談じゃない。店を捜すため、幾らクルクル回り、食事中待たせたからと言って、2000バーツ、6000円は無いでしょう!半分の1000バーツに値切り、お金だけ渡して、そそくさとタクシーを降りた。運転手はそれ以上のことは言ってこなかった。
変なトラブルに巻き込まれたら、何が起こるか分らないタイ人気質。まあ無事で良かったと言える。

夜の王宮前広場。まだナイトマーケットは盛んに開かれている。買うものもないが、冷やかしで路上を歩く。夜の冷風が気持ちよい。真夜中近くまで開かれているこの路上市場。タイらしく、ああ、ここはタイなんだなあと思わせる場所。とうとう今晩が最後の夜ともなった。



夜のエメラルド寺院(王宮寺院)。ライトアップされて幻想的だ。

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その向いにある「市の柱・ラックムアン」もライトアップされている。

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王宮前広場のナイトマーケットは夜遅くまで賑わっている。


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