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山さん、普段悩み多いのか、旅先では真っ先に寝て大イビキ。普段のストレスを大いに発散していた。 帰国前の一時、部屋で寛ぐネギさんと山さん。今回の旅行には満足そうだった。 空港へ向う直前、ホテル前で最後の記念撮影。 大連空港も年々綺麗に整備されて行く。 同じツアー仲間ともここでお別れ。4日間、どうもお疲れ様でした! 僕に取っては4年ぶり、ネギさんに取っては実に27年ぶりの再訪。他の二人は始めての訪問だった。 楽しみにしていたアカシアの花は既に数週間前に咲き終わっていて、バスの中から旧満鉄職員の多く住んでいた住宅街に今でも街路樹として残されているアカシア並木を通り過ぎ、ひとしきり戦前この町に住んでいた日本人を想うのだった。 「アカシアの大連」。誰が付けた名前なのか・・・、多分、戦前の満鉄関係者が満州から引き上げ後、この町の最初に浮かぶイメージとして、5月、6月、街中に一斉に咲くアカシアの花を想い浮かべ、郷愁として呼ぶようになったのだろう。 そう、確か4年前の真冬、この町を最初に訪問した時、こんど来る時はアカシアが街中に咲いている5月に来よう、と心に期したものだったが、世の中、そう思い通りにはいかない。 でもいつか、そういう時期に来ることを夢見、又明日からの1日を生きていこう。 朝、まだ店も半分程度しか開いていない商店街を雨に濡れながら、お土産を買い、「満州Li」という強い高粱酒を何本か買い、スーツケースをパンパンに膨らませて、この町を後にした。 いつも一人で旅行することが多いが、こうして気心の知れた仲間と一緒のグループ旅行も、又、楽しいものだった。皆さん、どうも有難う。又、一緒に旅行しましょう! Von Voyage! 完 昼間からのアルコールはアル中には嬉しいですね。次はワインと致しましょう。 ネギさんも何か心に期すものがあったのか・・ 今回の旅行で一番喜んだのは山さん。一緒についてきて、良かったですね。 |
アカシアの大連。
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金石灘は中国大連の人々にとっては憩いの場になっていて、この様な観光自動車も走っている。 駅前にはこの地区全体の観光図などある。見て分かるように、半島の最先端に位置している。 電車の中から見える開発区の高層ビル街。中国の繁栄がいつまでも続いてくれると良いが・・ 大連電車駅前広場には、夕方から三々五々人々が集まってきて、ダンスに興じている。 社交的な中国人はスタイルも良くスマートで、ダンスも上手い。欧風文化を上手に取り入れている。 夕方、当方が駅に向ってゆっくり歩いて帰る時間帯になっても、まだまだこれからも浜辺に向う人々が続く。この浜は夜も人出で賑わっているのだろうか。 帰りは満員の電車の中で、途中の開発区まで立ちっ放し。この電車に乗る時の中国人の凄まじさ!下車する人を押しのけて、我先に電車に入りこみ、空いている席を確保する。このエネルギーの逞しさ! 何人かグループの場合は、先に入って空き席を見つけると、左右の2−3席分もバッグを置いたり、両手を開いたりして、同伴者の分の席まで確保している。生存力の強さ。 記録映画で見る終戦直後の日本の買出し列車がこんな状態だった。列車が到着すると、我先に乗り込み、窓から入りこむ人もいる。今の中国、電車の車体は山手線と変わらないスマートなものだが、人々の行動は、この車体にマッチしていない。 電車がホームに入り込み、予定してた停止位置から少しずれたりすると、ホーム上で待っていた人々はその電車の動きに従って、待っていた場所を移動する。 運転手はそれを楽しむかのように、停止位置を前に進めたり、後に下げたりして微調整する。その度にホーム上の乗客が前に移動し、後ろに戻る。動物園のチンパンジー、と言ったら失礼になるが、丁度そんなような群集の動きを見ているようで、これ等中国人の生存本能、競争心理、そうした群集の行動心理を時の政府は上手く利用して、一方向に動かそうとコントロールしているのだろうか・・ 夕暮れ時、満員電車の中から開発区の高層ビル群を眺め、今のところ順調に行っている中国経済、更なる発展を願う次第だったが、一方で一方向に向った時の大量の国民のエネルギーの怖ろしさのようなものも感じるのだった。 夕闇の迫る大連電車駅は、大連駅同様に大勢の人、人、人で、駅前広場では誰の音頭取りか知らないが、大きな音量の拡声器から流行の音楽が流れ、広場に集まってきた男女同士、相手を見つけ、ダンスに興じている。 民主中国、男女同権の国。戦前の民国の時代から欧風を取り入れることに熱心だった中国人。その一つが上海ブンドを代表としたソーシャルダンスで、それは日本人以上に中国人に受け入れられていた。 この様な夏の広場。日本では多分盆踊りなどが催されるであろうが、中国人はもっと近代的、西欧的。先刻の電車に殺到した中国人と、今目の前で繰り広げられているあでやかなダンス。これも又同じ一つの民族の多様性を見せ付けられる現象だった。 ダンスが上手に出来る訳でもなく、又、相手を見つける勇気もなく、暫らく眺めてからその場を離れ、大連駅地下道を潜る手前、両側にずらっと並んだ海鮮屋台の芳しい香りにひき付けられ、軽く一杯ビールでも飲む積りで屋台に腰を下ろしたが、いろいろ安くて美味しい海の幸もあり、結局、ここで今晩の夕食とした。 大連駅通り抜け地下道手前には海鮮屋台が10数軒出ていて、芳しい焼き物の匂いなど漂わせている。 海の幸は豊富で安い。 テーブルで飲食している人もいれば、テイクアウトで持ち帰る人もいる。勿論、食べ残したものはテイクアウトする。 アサリは料理法が日本と違い、それほど美味しくない。 カニも矢張り日本の茹でたワタリの方が上だった。 |
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金石灘・「金海海岸」は随分と綺麗に環境整備されていた。 日本やタイの浜辺と較べても遜色ない。 かなりの人でもあるようだ。6月下旬、まだ真夏と違うが、人々は北国の短い夏を楽しんでいるようだ。 公安なのか、監視員みたいな人もいる。 水着のファッション感覚は日本よりはやや遅れているようだ。 今日は6月下旬の爽やかな初夏。ゆっくり歩いて行けないこともないが、タクシーで浜まで出る。8元、約120円。随分昔、30年以上前の日本のタクシー料金だ。 金石灘「金海海岸」は綺麗に整備されていて、かなりの人が泳ぎに来ている。尤も海水温が冷たいのか、泳いでいる人はそれ程多くなく、大半は砂浜か水辺で遊んでいる。さらさらした綺麗な砂だ。 当方、海水着を持ってきていないので、泳ぐことは出来ないが、爽やかな海風に当たり、浜を一周し、ゆっくり歩いて駅まで戻る。大連にも観光とは関係ない、この様な隠れた風光明媚な場所を発見しただけでも、ここまで来た価値はあった。 冷たい水の中を泳いでいる人もいる。 ボート、ヨットなどはまだ少ないが、その内、日本を追い抜いてくるだろう。 金石灘の全体図。かなり幅広の海岸だ。 海岸には波高、潮流の表示板なども出されている。 海岸を一周し、ゆっくり歩いて駅まで向う。 |
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本日中国人弁護士との面談が行われた「ラマダホテル」。 このホテルは大連駅前にあり、駅前には、幾つもの高層ホテルが立ち並んでいる。 これは又インド系のホテルで「ニルバーナ」。涅槃のことですね。 駅前は当初、台湾財閥により開発されたが(勝利広場)、その後、最近ではフィリピン財閥も出てきているようだ。 フィリピン、台湾、インド、日本、中国、各国の資本、財閥が入り乱れ、街の活況を支えている。 当方、以前の旅行で金州には行ってなかったので、楽しみにしていたが、旅行直前に知り合いの弁護士から相談を受け、今日、午前は地元大連の中国人弁護士との面談を組み、ツアーには参加できなくなってしまった。 午前10時、駅前広場のラマダホテルで行われた面談は、1時間位で簡単に終了するかと思っていたが、内容が込み入っていて、延々3時過ぎまで続いてしまった。 後からもう一人弁護士が参加したが、昼食、休憩を取らずの5時間のぶっ続け、現代中国人エリートの熱心さ、熱意、タフさを改めて認識した。知的レベル、交渉術、思慮深さ、何を取っても一流だ。 さて、5時間以上に渡る息を継がせぬデイべートで、やや精根尽き果てた感もあったが、同席してもらった吉さんと駅前地下で遅い昼メシを食べ、そのまま郊外通勤電車に乗って、終点の金石灘まで行く。 本当はこの線の途中にある開発区で下車して、大連の近代的町並みを再確認したかったが、吉さん、この電車には初めて乗る、とのことで、終点まで行った。 途中大連港に沿うようにして電車は走り、その先には広大な埋立地と経済自由特区として大々的に開発された近代都市、更にその先にはまだ尚自然の景観が残されている沿線風景を眺め、乗車約40分で終点の金石灘に到着する。 「金石灘」、観光地でないだけにほぼ全員が中国人、多分の地元の大連人だろう。4年前と較べて、駅前の景観も大きく変わっていた。 これから乗る電車の駅舎。大連駅の裏側にある。 郊外通勤型の電車で、自動改札になっていて、日本の通勤電車と変わらない。 電車の窓から見える大連港。大きな港だ。 乗車して約40分、終点の「金石灘」で下車する。 駅前には、観光客、アベック、家族用に馬車なども走っている。 |
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市内のどこか、勝利広場に近い場所だと思うが、通りを塞ぎ、夜のマーケットが開かれている。 数百という小売店が店を出していて、値段も安く、観光客に混じって、地元の客もそれぞれ買物をしている。 最後の観光スポット、夜の星海広場。 期待していた程の光りも少なく、内心、がっかり。 大連に限らず、中国ではどこの町でも夜のマーケットが賑やかで、人口の多い分、買い物客も大勢出ているが、今晩やってきた「夜市」は、数百mの通りを塞いで、夜だけマーケットが開催されるもの。 こんな感じのナイトマーケット、ナイトバザールはタイの町でも中規模程度以上の町なら、だいたいどこでも行われているが、中華系の多いアジアの国では、どこでも行われているのかも知れない。 多種多用な雑貨、果物、食品、衣類。1坪から2坪位の広さの屋台、コーナーにありとあらゆる商品を展示し、客を惹き付けるが、安さに吊られてけっこう買う人も多い。 30分程通りを一巡し、最後のストップが、昼間見た星海広場。新たに開発された高級住宅地。高層マンション、ビルが林立しているが、その夜景を見に行こうというもの。 しかし、香港、上海のような豪華絢爛な夜の世界を想像していた目には、矢張りここもやや貧弱に見える。景気の後退があるのか、電力消費の制限が行われているのか知らないが、派手好きの中国人にしては、少しばかり期待外れ。 でもまあ、この夜景をしっかり記憶し、5年後に再訪した際、素晴らしく変貌しているこの町の5年前の情景を思い起こすことにしよう。 高級住宅地だけあって、レストランなども賑やかだ。 どことなく4年前よりは光りが少ないようだ・・ でもまあ、この「海都」、5年先までしっかり覚えておこう。 今回、大連旅行に参加した4人と、留学生の吉さん。 又、いつ来れるのか・・・、又、来る日まで!再見! |







