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道東三山登頂記
7月3日(日)、晴れ。
今日から3泊4日の北海道道東三山・百名山の旅が始まる。阪急交通社、トラピックスの団体旅行で、北海道の登山は個人で行くより団体旅行のほうが安上がり。一人身旅行の気安さは無いものの、ツアーの方で何から何まで用意してくれるので、黙って付いていけば良いだけで至って気楽な旅、登山だ。
朝こ早く起き、サンドイッチで簡単な朝食を済まし、羽田に向かう。集合時間の9時半より1時間以上も早く到着したが、3階出発ロビーにて時間待ちをする。
9時、阪急のカウンターにて受付をしたところ、通路側の席になり、残念。北海道は過去何回か訪問しているが、窓から見る眼下の景色は雄大で、いつ見ても気持ちよい。新千歳など着陸間際になると周辺の農場が大きく長方形に区画されていて、まったくおとぎの国の箱庭を眺めているようだが、今日行く女満別はどうだろうか。札幌周辺と違って荒々しい原野が広がっているのだろうか?
しかし残念ながら座席は真ん中の4人席で、窓の外は見えず、又天気も曇りで運上の飛行。着陸寸前、機が傾いた際にチラと外の様子が見えたが、瞬間的で、初めてくる空港の感動は沸かない。機は定刻通り到着、現地添乗員の案内でバスに乗車、一路網走方面に向かってジャガイモ畑、ピーと畑の大規模農作地の中を走り、左手に網走市街が見える地点でオホーツクの海岸に出る。今日のオホーツクは波静か。人口希薄のせいか初夏の海岸で遊ぶ人影も見えない。バスは網走―斜里のJR線と平行に海岸線に沿って走る。右側に幾つかの潟湖が点在している。北海道らしい原野の風景が続く。バスは斜里の町を通り過ぎ、最初の訪問地、オシンコシンの滝で停車する。この滝はリポビタンDのコマーシャル<ファイト一発!>で有名になった滝で、成る程テレビに出てくるのと同じ滝が幾重にも滝筋を画きほとばしり落ちてくる。コマーシャル製作者もよくこのような辺鄙な場所にある滝に気づき、選定したものだ。当方、先週来のパソコンの不具合で東芝との電話連絡に追われ滝を充分堪能する間もなく、次の訪問先に出発となり、残念だ。
しかし滝のしぶきを身近に浴び、マイナスイオンを吸収しただけでも来た甲斐はあった。
< ウトロなる オシンコシンの 滝しぶき >
バスが次に向かったのはウトロの町を通り過ぎた先にある知床五湖。オホーツクの海岸近くにある静かな淡水湖で、5つあるから5湖という。既にマイカー、レンタカー、観光バス等でかなりの観光客も来ていたが、皆静かに散策しているので、それ程うるささ、賑やかさは感じない。真冬の気候がどんな大変か知らないが、今は背の高くない潅木の林の中に5つの湖は静かに羅臼の山並みを湖面に映していた。もう間もなく世界自然遺産に選定されるという。ごみ一つ無い、又奇声を上げない観光客のマナーの良さにも感心した。人はみな自然の息吹の中で純な気持ちになっているのかも知れない。
< 独り啼く 島ふくろうや ウトロ五湖 >
丸々と太った大きな鮒が群れをなす五湖を後に、次は羅臼岳が真正面に見える筈の知床峠に向かう。この道路はウトロから半島を横切って反対側の羅臼町に出る国道で、羅臼の直ぐ麓を横切っているのだが、今日は生憎の霧模様で山どころか100m先も霧雲の中。それでも峠の標識をバックに写真を取る人もいた。残念ながら羅臼の勇姿を見ることも出来ず、バスはウトロの町まで戻り、丘の上に立つ知床プリンスホテルにチェックインする。
今回の旅行の単独参加者は計7名。三人部屋と二人部屋に分かれたが、当方は竹村さんと同室になる。夕食まで少し時間があったので、二人で丘を下り、港の先端に立つ岩山・オロンコ岩に登る。高さ約80m、水面からほぼ垂直に立っている台状の岩で、上部が平面になっていて、ぐるりと一周できる。直ぐ目の下にウトロ漁港とそれを囲むように小さな町が広がっている。オホーツクの海が遠くまで茫洋として広がってる。ホテルの後方には知床の山並みが真近に迫っている。明日はあの山の向こう側に控えている羅臼岳に登るのだ。
通りに面し幾つか並んでいる土産物屋の前を通りホテルに戻り、夕食前に一風呂浴びる。露天風呂が気持ちよい。食後もう一度入ることにしよう。
夕食は多少宴会形式で、それぞれが自己紹介する。参加者の中には百名山をもうすでに70数座登っている人もいて、皆それぞれ経験が豊富だ。この様なツアーに参加するのだから丸っきりの初心者はいないようだ。
食後竹村さんともう一度露天風呂に入り、星空を眺めるが、曇っていて良く見えない。今日は好天だったが明日の天気が危ぶまれる。明日の起床は3時半、部屋に戻り早めに布団に入るが、知らない人との同室、中々寝付かれない。竹村さんと多少話をするが、彼は今年が丁度還暦とのこと。そのお祝いで先月屋久島へ行き、宮之浦岳に登ったとのことである。どうもコンサルタント関係の会社に勤めているようで、話を聞いた限り、そのハードさには驚き入る。今時、この様な会社がまだ存在していることが直ぐには信じられなかった。定年までの生存率が6割、悲惨な仕事マシーンで、気が狂っているとしか言いようが無かった。中々寝付かれず、倒々ポケットビンを空けてしまった。
< 今日よりは 山の友なり 斜里の宿 >
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