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今回の湾岸訪問の最大の収穫は、変わり行くドバイに触れたことだ。折しも、2006年7月、ドバイ・ワールド(持ち株会社)が設立され、ドバイの経済界が海外投資に新たな戦略を示した時期であった。これまで、大型プロジェクトを次々と打ち出し、オイル・マネーをひきつけてきたドバイであるが、核開発問題に関するイランへの国際圧力が高まる中で、首長国内での開発企画は少しスローダウンしてきているのではないか、との話もある。
GCC諸国は、原油・ガス価格の上昇によって、2005年度では大幅に(50%以上)歳入実績を拡大している。ドバイは、このようなエネルギー収入に頼らず、経済運営を進めており、05年のGDPは383億ドル(前年比16%増)となった。同国の開発は、1985年のジュベル・アリ・フリーゾーンの開設で本格化した。今日、同地域では5500社(日本企業は約100社)の外国企業の進出が見られるまでになった。ここは、中東最大の企業集積地である。現在のドバイは、このフリーゾーンに加え、都市開発、観光開発が急速に進んでいる。800mを超える世界一の高層ビル「ブルシェ・ドバイ」や、サッカーのベッカム選手が別荘を購入して有名になったパーム・アイランドなどの大型プロジェクトが多数生れている。その中で、私が興味を持ったのは、巨大ショッピング・モールである。それは、世界中から人、もの、金、情報を集める装置になり得るものであると同時に、一般的なアラブ・イスラム社会のイメージを変える場となっている。そこでは、アバヤを脱ぎ、西洋的な洋服で歩く若いアラブの女性の姿や、仲良く手をつなぎウィンドウショッピングをしているアラブ人カップルも見かける。日本の中東研究者の多くが講演などで語るアラブ・イスラムとはかなり違う風景がそこにある。自戒を込めて、現代社会に生きる人々の共通点にもっと目を向ける必要性を痛感した。ドバイでも、インターネット、携帯電話、衛星テレビの発達は人々の生活を変え、加熱する広告ビジネスなどによる消費社会化が生活に浸透している。そして、この発展する都市ドバイを世界の都市と結ぶエミレイツ航空(世界54カ国77都市への就航)の存在がある。今回の訪問で、ドバイは、文化変容の最前線の一つであると確信した。 このようなドバイで、インド系ドライバーのタクシーに乗車し、ドバイは好きかと訪ねると、「ドバイは人工物だらけでクレイジーだ。インドは自然で美しい」と言った。出稼ぎ労働者にとって故郷は厳しい生活の地ではあるが、そこがわが故郷だとの強い思いを聞き、あらためて、自文化が人に与える影響の強さを感じた。開かれた国際都市を目指すドバイにおける、閉ざされた部分を見たような気がした。 |
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先生が昨日述べていた、”開かれた社会”は、このUAEでは実現されていると考えてよいのでしょうか?この国の様子は、他のアラブ諸国にはどのように移っているのでしょうか。。。見本となるような存在であれば、少しは明るい光がありそうな気がします。
2006/9/13(水) 午後 8:14 [ pol*sta*1*02 ]
ドバイの発展の方向性と努力の賜物をポジティブに、客観的にとらえ表現して頂けて自分の事の様に気持ちが良いです。 ドバイの決断と開発発展の考え方、実績は説得力を持って他のGCCのみならずアラブ世界に影響を与えていると思います。北アフリカ地中海沿岸アラブ諸国からヨルダン、レバノン、シリア、パレスチナ夫々に開発熱を伝染させていると思います。影の部分の改善にも真摯に努力する若い国の意欲が気持ち良く、私は好きです。
2006/9/14(木) 午前 2:57
転載させて戴けますでしょうか??
2006/9/14(木) 午前 2:58
短い出張だったので断言はできませんが、多くの人々を呼び込むということは、様々な文化が押し合いへし合いし合うエネルギーが社会を変えているような気がしました。「ドバイ・モデル」と言われていますが、商業都市としてのドバイだからできた、ともいえるのではないでしょうか。各地域に合った戦略が必要でしょう。
2006/9/14(木) 午前 9:25 [ cigvi2006 ]
転載の件、愚文ですが、どうぞお使いください。
2006/9/14(木) 午前 9:26 [ cigvi2006 ]