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9月22日、日本学術会議政治学委員会が主催する公開シンポジウムに参加し、軍備縮小と人道救済について認識を深めることが出来た。その中で、21世紀は軍縮、人道をはじめさまざまな分野において「予防」が重要となるとの指摘があった。それは、多様で複雑化した今日の社会にあっては、問題が発生した後に「対処」していたのでは予想外の事態が起こる可能性が高い、このため予防対処の必要性が高まっているとの論旨であった。
では、予防対処によって、社会が機能不全に陥ることをどの程度回避できるだろうか。 1707年10月、江戸時代の宝永地震(M8.6)が起き、それから丁度300年経つ。この地震が起きた東海、東南海、南海の3地域では、その後、地震エネルギーが蓄積されてきた。現在のこれら地域での地震対策は、被害縮小化に努めることに止まっている。 また、領土を持たず自らの生命や財産を守る意識さえも希薄な過激的武装集団のテロ攻撃の阻止はどこまで可能だろうか。確かに、大掛かりなテロ計画を摘発するなど予防の成果が見られている。しかし、つい最近でもアルジェリアやレバノンなどでも自爆テロや車爆弾テロ事件が発生している。さらに、核の闇ルートの存在などにより、この過激的武装集団が大量破壊兵器を入手する可能性も依然として高い。 さらに、予防の難しさは国際機関による紛争予防の点からも見て取れる。 今回シンポジウムでも言及があったが、20世紀の2つの大戦の経験から、平和を追求するために設立された国連ではあるが、その憲章において集団防衛権と自衛権の行使の際の武力行使を容認している。その一方で、国連は軍縮のメカニズムを動かそうとしている。 また、紛争予防や拡大阻止に貢献している国際司法裁判所でも、国家の安全保障が危機に瀕した時には、核の使用を認めるとの見解も出されている。 これらの矛盾をどのように解消していけばよいだろうか。 人類は核兵器を使用し数十万人もの一般市民の犠牲者を出したすぐ後にも、規模はともかく朝鮮戦争、ベトナム戦争と戦争は勃発し続けている。 軍備縮小は戦争手段の制約でしかない。紛争予防を突き詰めていけば、軍備縮小ではなく、戦争そのものを否定し、軍備放棄をしなければならない。しかし、それは現実的に難しい。そうであれば、軍備縮小という国家の努力と合わせて、個々人が憎しみや怒りなどの感情を自らコントロールするための人間教育(心理学や公共の哲学などに裏打ちされた)を行うことが予防効果を高めることになるのではないだろうか。これはテロ組織など非国家による暴力の予防にも役立つことだと考える。 |
安全保障問題
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やはり、世界が生き残る最後の手段は人を創ること・育てることなんですね。
教育再生は世界的規模でのプロジェクトになっていかないといけないんですね。
そして平和の種は世界中の一人一人の心の中にあるものなんですね!!あきらめないことが大切です!
2007/9/23(日) 午前 0:05 [ seigi552007 ]
過去に学び、未来を洞察し、生きることを選択していくという、当たり前のことを教育を通し、個々人が身に付けていくことが、紛争予防の第一歩だと考えます。そのためにも、先人の知恵を学べる読書が大切だと思います。
2007/9/24(月) 午後 4:45 [ cigvi2006 ]