教育

[ リスト ]

21世紀は、高度情報技術が人々に共通の情報や認識を与え、コミュニケーションを通して平和な社会がつくられる時代だと考える人がいる。しかし、現状は、アフガニスタン、パキスタンをはじめ世界各地で紛争が多発している。そして、国境を越えた情報の提供が容易になったことが、民族や宗教の対立を生む一因となる可能性が高まっているばかりでなく、世界を駆け巡る大量の情報の言葉の解釈や誤認から対立が深まる現象も生れている。

教育の現場では、グローバル化による人の移動の増加にともない、「多文化共生」や「国家理解」を如何に「実践知」として修得させるかの試行錯誤がなされている。しかし、他者との言語コミュニケーションにおいては、英語能力の差によって格差が深まり、また言葉の持つニュアンスが各自の母国語による言語体系によって異なるため、誤認が生じることもしばしばある。

このような弊害を超えようと、インターネット上ではその特性を生かし、ボキャブラリー(語彙)翻訳にピクトグラフ(象形文字、絵文字)を加えた言語表現の世界標準化が研究されている。この研究の良さは、機械翻訳の特色である速さ、正確さ(ボキャブラリーに対して)に加え、ピクトグラフを使うことで「感情」が伝達できることである。このことにより、インターネットの利用量はさらに加速し、情報の送り手と受けての間に生じる誤解、曲解を可能な限り減らせるようになるかもしれない。

こうした言語環境の変化は、「地球村」における相互不信を減少させることに役立つかもしれない。しかし、私たち人間の思考には言語(ピクトグラフも含めた)で意味づけできないものもある。また、世界各地の文化には多様な実践知が蓄積されている。これらを体系立ててどう学んだかが、人間として差が出るところかもしれない。高度情報技術の目覚しい発達によって得られたツールを使いながらも、何を目的、目標として生きるのかを見失わない人間力が大切だろう。また、その延長として「平和」「幸福」などの他者認識を加えた価値認識も深まるのだと思う。

現在、日本の高等教育機関のカリキュラムに多く取り入れられている資格教育やコミュニケーション能力育成教育は、就職を目的とした学習に陥る恐れもある。それを防ぎ、人間力を育成するには、修得するということは、「わかる」ことで完了するものではなく、それを判断、行動に結びつけ「できる」という行為に引き上げることであるとの認識の下で、教育体系を組みなおすことが必須である。そうしたクリエイティブな人間が集まる大学、企業、地域が発展していくのではないだろうか。

.
cigvi2006
cigvi2006
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事