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一通の召集令状で戦場に立たされた兵士、その兵士が無事に帰還することを祈る家族。それはかつて日本中で見られた光景であった。兵役期間中、家族は本当に厳しい生活を強いられる。本土への空爆、沖縄戦、広島・長崎への原子爆弾投下と戦局が悪化する中で、職業軍人はいったい何を考えていたのだろうか。当時、職業軍人はエリートである。彼らは、一瞬先の命の保障のない戦場に立つ兵士、生活苦にあえぐ家族、日本中の人々が不安と恐怖の日々を送る中、日本の明日をどのように考えていたのだろうか。 数年前、既に故人となられてしまったが、陸軍大学校を経て職業軍人を務めた経歴のある方のお話を聞く機会を得た。その方は、「自分たちに何かあっても家族まで保証される。しかし、部下の兵士は何の保証もない。彼らとその家族のことを思い、1人でも、早く家族のもとに帰らせたいといつも考えていた。」と語ってくださった。その方の言葉は心からのものだったと思う。一方、多くの職業軍人は、兵士を戦場から帰還させることとは程遠い作戦や行動をとったことも事実である。靖国神社にはそうした職業軍人の責任者たちも祀られている。 今日、一部の野党から、あらためて無宗教の国立戦没者祈念施設の建設が提案された。誰でも礼拝できることは重要だと考える。これに対し、早くも与党内から「誰を祀るつもりなのか」など反対の声が上がっている。 問題であるのは、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のように「みんな化」していることではないだろうか。本当に多くの人々を死に至らしめた戦争という行為を考える日だからこそ、個人として問題に正対するべきだと、私は思う。何故「みんな」で参拝しているのか。自らに再度、何故と問うて見てほしい。 韓国大統領は今日、北朝鮮に対して「今こそ南北が対話すべきだ」と語った。それは国民の安全を真に考えて発した言葉であることが伝わってくる。日本政府の8月6日、9日、そして本日行った演説とは、歴然とした違いがあるように思う。今日のエリートである国会議員や政府関係者は64年前の職業軍人と同じ目で国民を見ていないだろうか。
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終戦 ??
ポツダム宣言を受け入れて無条件降伏したから敗戦では。
2009/8/15(土) 午後 11:37