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8月18日、来年1月に実施される大学入試センター試験の説明会に参加した。多くの大学関係者がほぼ終日センター側の説明を聞くというスタイルであった。聞いているうちに、ふと、何かおかしいと感じた。 入学試験は、問題解決能力のある学生を集めることを目的に実施する手段である。しかし、いつの間にか、センター側も大学側も、“試験を失敗なく終わらせること”が目的となっていないだろうか。「失敗してはいけない」という観点からだろうか、説明内容は、ほとんどが既成事実である前年度の試験の一部修正についてであった。当然ながら大胆な改革はない。55万人の受験生が混乱するような状態が起きてはいけないという自己規制が働いているのだろう。 近年、米国ではイノベーション(革新)が幅広い分野で意識されている。そして、イノベーションを生み出すトレーニングを教育するコースを有する大学も誕生している。日本では皮肉にも、その大学入試自体がイノベーションと程遠いところにある。 なぜ、入試の手段が目的化したのだろうか。入学試験を受ける高校生の中に飛び込み、どうすれば優秀な若者が大学に入りやすくなるかという観点から制度づくりが行われないからではないだろうか。さらにいえば、受験生を主に高校生とみなした制度となっているからではないだろうか。本日の説明会でも、大学側、高校教員などから寄せられた意見や、きたるべき学習指導要領改正世代に合わせた改善検討が紹介されていた。 問題を解決することはイノベーションをうむきっかけであるとしてクリエイティブ思考で対応することが大切だと思う。以前、本ブログでも紹介したことがあるリチャード・フロリダは『クリエイティブ都市論』の中で、このようなクリエイティブ思考の人々が集まる都市が未来を作る場所となることを指摘している。そうだとすると、現在の大学は、教育によりクリエイティブ思考を花開かせる可能性のある人々をどれだけ受け入れ、その才能をどのように育てられるかが重要となる。 残念ながら、日本の大学の中には、こうした変わり行く社会の潮流に疎く、昔ながらの科目名で講義形式の授業を続けているところも多い。どうも、大学淘汰の時代が訪れているのは、単に受験生の減少だけが要因ではないようだ。
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教育
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