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1月10日に死者14名を出したチュニジアの市民デモは、翌11日には首都チュニスにまで拡大し、20名を超える死者を出す暴動となった(治安当局の発表。人権団体などは60人以上が死亡したと見ている)。
チュニジアは1956年にフランスから独立し、1957年から87年まで、ブルギバ初代大統領の長期政権が続いた。その後を継いだベンアリ大統領(当時首相)は、「脱ブルギバ」を目的に政治・経済改革に着手した。
しかし、公約通りには民主化が進まず、前政権同様の長期政権となる中、ベンアリ大統領夫人の親族・知人の政界登用や経済分野への進出が目に付くようになっていた。
チュニジアでは1980年代、政府と労働組合の対立や食糧をめぐる暴動によって閣僚が解任される状況があった。
今回は、約14%といわれている高い失業率や食糧価格の高騰などに不満をもった若者たちの抗議デモが暴徒化し、治安部隊との衝突となった。
この事態に対し、ベンアリ大統領はカシム内相を更迭し、ラジオやテレビを通じ、メディアの自由化と30万人の雇用創出の方針などを発表した。
しかし、チュニジアの主要産業である観光は、欧米の景気低迷が長引く中で厳しい環境にあり、雇用を急激に改善させる方法は見当たらない。
また、本年も穀物など商品取引品目の世界的な価格上昇が懸念されており、再び食糧暴動が起きる蓋然性は高いと言える。
今回の出来事は、23年の間政権の座についてきたベンアリ大統領にとって大きな痛手となった。13日、74歳の同大統領はテレビ演説で、憲法に定められている大統領選挙への出馬資格の年齢制限(75歳以下)を変更しない旨述べた。
チュニジア同様、共和制を引きながらムバラク大統領が長期政権を敷いているエジプトで、今年、大統領選挙が予定されている。今後のチュニジアの動向と合わせ、エジプトにどのような影響が出るのか、注目される。
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