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かつて、シリアのハマーのアル・アザム宮殿の前の三連水車を眺めながら、1982年2月に、同地で市民を巻き込み2万人以上の犠牲者を出した、シリア政府によるシリアのムスリム同胞団掃討作戦について思いを馳せたことがある。
このシリア政府の反体制派に対する強硬姿勢のイメージが、シリアの野党政治家のみならず中東のアナリストにも強く残っており、同国での反体制活動を組織化するのはかなり難しいとの思い込みがあった。ここ数日のシリア情勢を見ると、若者たちを中心にシリアの市民は、その「思い込み」から解放されつつあることがわかる。
シリアでも、チュニジア、エジプトでの市民抗議活動の成果に鼓舞されたように、ダマスカス、バニアス。ダルアーなどの都市で抗議活動が展開されている。現在のところ、シリアでの抗議活動は非暴力を通しており、チュニジア、エジプトの政変の主役となった若者たちを中心とする市民活動の行動教書だと言われている『独裁制から民主制へ』(アルバート・アインシュタイン研究所の主宰者ジーン・シャープ著)の教えに従っているようだ。
シリアのバッシャール政権は、これら一連の抗議活動に対し、やはり強硬な姿勢で臨んでいる。
3月18日から活発化している、シリア南西部に位置し、ヨルダン国境の10Km北にあるダルアーでの抗議活動を鎮圧すべく、同政権が治安強化を図り、23日には死者15名の市民の犠牲者がでている。
ダルアーは人口7万5000人程度の町であり、パレスチナ難民キャンプもある。この小都市で起きた事件は、今、シリアの市民運動にとってターニング・ポイントとなりつつある。
バッシャール・アサド政権は、ダルアーの事件に関する真相調査や、ダルアーの抗議活動指導者たちと同地域に関係するハウラン氏族出身のエリートたちとの協議を持ちかけているが、交渉は難航している。
3月16日付『クドゥス・アラビー』紙は、チュニジア、エジプト、リビア、バーレーンと比較して、シリア社会は失業率は数倍で、汚職、社会的不正、抑圧的警察機構の専横は同じ」だと報じている。
また3月23日付『シャルクル・アウサト』紙電子版は、シリアのムスリム同胞団の元指導者バヤヌーニー氏がインタビューで、バッシャール・アサド大統領にとって改革は長年来の課題だったはずなのに時間がかかりすぎていると批判している。バヤヌーニー氏によると、市民活動は50年間にわたるバアス党支配に対し、①体制変革、②1963年に敷かれた戒厳令の解除、③政治活動、言論の自由、④政治犯の軍事裁判への適応禁止、⑤政治犯の釈放などを要求に掲げていると述べている。
3月16日付『アン・ナハール』紙によると、「バッシャール・アサドに反対するシリア革命2011年」と名付けられたフェイスブック上のグループには、約4万人が賛同を寄せている。
今後、ダルアーの抗議行動およびシリア全土での市民公議行動はどのような展開を見せるのだろうか。考えられるシナリオには次のようなものがある。
1.ダルアーに関係するハウラン氏族の出身者であるファイサル・メクダート外務副大臣他による仲介努力により、地域的抗議活動として収束する。
2.ダルアーの事件を機に、若者を中心とするシリアの一般市民の非暴力による市民抗議活動が全土で活発化する。その中で、バッシャール・アサド政権は、①自由化、②治安機関の活動制限、③政治改革で妥協を提示し、政権の延命を図る。
3.反体制派勢力の非暴力運動が、バッシャール・アサド大統領の退陣とバアス党解党を要求する全土的政治運動となり、政変を達成する。
4.ダルアーの抗議活動が他のスンニー派地域、ドルーズ地域にも拡大し、宗教・民族的要素も絡んだ対立に発展、激化するが、政府が武力を行使して鎮圧する。
5.反体勢派力に対する政権側の武力行使がエスカレートする中で、政権側をイランが支援し、反体制側を欧米諸国が支援する中、内戦に進む。
シリアの内政問題は、その動向如何では隣国のパレスチナのハマスやレバノンのヒズボラ勢力の対イスラエル攻撃に連動する恐れもある。
国際社会としては、その動向に一層注目する必要がある。
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シリアはリビアのように、反米アラブ勢力の強力な一部である。
米国はここでも、好機だと思って、軍事介入しないのか?
2011/3/25(金) 午前 3:40 [ johnkim ]