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内戦が激化しているシリア情勢は、アレッポでの戦闘という大きな山場を迎えている。
ここで注目されるのはトルコの政策である。
同国のエルドアン首相が7月20日、ロシアを訪問し同国首脳らとシリア情勢について協議している。また、同26日にはダウトオール外相がアンカラで、シリアを離れたメナス・トラス准将(元国防相ムスタファ・トラスの息子)と協議した。
このようなトルコの外交の根底には、アサド政権後のシリアの体制があまりにも不確実な点や、イランの要人たちから断固としてシリアの現体制を守るとの発言が出ていることが関係していると考えられる。
では、こうしたシリア情勢の悪化と関連する中東でのリスクにはどのようなものがあるのか、以下に書き出してみる。
1.イランのシリア支援
(1)ヒズボラ、ハマス、シリアによるイスラエルに対する軍事行動が選択、実施される蓋然性が高まっている。
(2)シリア・イスラエル付近での緊張感が高まっている。
(3)ヒズボラのイスラエルに対する攻撃がエスカレートする。
2.ペルシャ湾岸地域情勢
(1)バーレーンのシーア派の反体制運動が活発化している。
(2)サウジ東部州でのシーア派住民の抵抗活動が活発化している。
(3)ホルムズ海峡封鎖が実施される可能性がある。
3.難民・国境管理
(1)クルド民族の武力闘争の機運が高まっている(シリア、イラン、イラク、トルコ)。
(2)隣国の難民受け入れ国での政治・経済不安が高まっている(特にヨルダン)。
(3)国境管理でのトラブルが起きる可能性がある(例:トルコ)。
以上、今後起こるリスク連鎖の分析に何がしかの参考になればと思う。
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7月19日、米国務省は今後数か月間、ペルシャ湾周辺に空母を2隻配備する方針を明らかにした。そのことが何を意味するかについて、まだ十分な分析はできない。
こうしたペルシャ湾岸に面するアラブ諸国では気になる動きが幾つかある。
サウジアラビアでは、東部州におけるシーア派住民の抗議デモに関係して7月8日、アル・ニムル師が治安部隊に身柄を拘束された。
また、バーレーンでは人権団体の理事長ナジャフ氏が7月9日に逮捕され、シーア派の政治団体「イスラム行動協会」が解散命令を受けた。
さらに、7月15〜16日にアラブ首長国連邦(UAE)で「アル・イスラーハ」(改革)を名乗るイスラム主義組織のメンバーが逮捕されている(UAE国営通信によると逮捕者は7名)。
こうした湾岸アラブ諸国で起きている政治活動が、チュニジア、エジプト、リビア、イエメン、そしてシリアで見られてきた市民による政府への抗議行動と同様のものなのか、外国勢力の支援に基づく政治活動なのかはわからない。
一方、クウェートは6月以来、政治改革めぐり揺れ動いてきたが、7月16日、野党勢力が「国家宣言」を発表し憲法改正、議会・司法の制度改革を求める動きが出てきた。
ソーシャルネットワークの普及にともなって、アラブ社会では市民が、富の格差の是正、政治的権利の要求、腐敗の是正など公平性、公正性の問題解決を各国政府に突き付けている。
中東諸国においてインターネット、携帯電話の普及がいち早く進んだ豊かな湾岸アラブ産油国でも、そのうねりが続いている。
この大きな中東地域での政治・社会変動は、国際政治・経済に加え、エネルギー安全保障の面でも世界規模のリスク連鎖を生じさせる可能性が高い。
シリア情勢の行方が、湾岸アラブ産油国に与える影響も多面的観点で見ておく必要があるだろう。
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7月20日、国連安全保障理事会はシリアに派遣している国連シリア監視団(UNSMIS)の30日間の活動再延長を全会一致で決めた。
シリアでは、反体制派と政府軍との軍事衝突が激化し、過去2日間で3万人近くが隣国レバノンに脱出したと報じられている。
こうした状況に、バッシャール・アサド大統領はどのような政策で臨むのだろうか。以下に、この点について考えてみる。
蓋然性が高いのは、オーソドックスに見れば次の順となるだろう。
1.現状維持。武力で反体制活動の鎮圧作戦を継続する。
2.バアス党関係者への権力移譲を行う。
3.国外に出ている親族または旧バアス党幹部への権力移譲を模索する。
4.アナン国連特使の仲介で、反体制派との停戦交渉を行い、その後、新体制づくりについて協議する。
5.対イスラエル軍事行為(テロ、国境地帯への急襲作戦)を実施する。
バッシャール政権は、7月18日のダマスカスの治安機関本部の爆破事件で、「危機対応チーム」の主要メンバーを失うという大きな痛手を被った。
しかし、アサド一族、母方のマフルーフ一族、父方のシャリーシュ一族という親族によって、シリアの政治体制は強固に固められている。
イラクの旧フセイン体制のように、同政権が権力支配の範囲を縮小した場合、経済制裁下においても体制を維持することは可能となるだろう(ちなみに、フセイン政権はこの戦略で1991年から2003年の間存続した)。
以上のことに鑑みれば、同政権は反体制派の勢いを止める目的で軍事行動を強固に実施した後、不必要な地域の統治を切り捨て、内向きに体制強化を図る可能性がある。
その場合、反体制派が統一的に組織の強化を図ることができなければ、内戦状況が長引くことになるだろう。
現在の内戦状況が続けば、ヨルダン、レバノンをはじめ多数のシリア難民を抱える隣国の政治不安が高まる恐れも出てきている。
国際社会はこの点に鑑みれば、難民支援を強化するとともに、バッシャール・アサドとロシアおよび中国、そして反体制派の主要支援国サウジおよびカタールのいずれもが妥協できるような現実的政権交代の妥協案を、早急に探る必要がある。
アナン国連およびアラブ連盟特使は、それを探っているのだろうが、いかんせんスピードの点では不安が残る。
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7月19日、ニューヨークの原油先物相場が7日続伸し、WIT(8月物)で1バーレル92.66ドルをつけた。
この上昇要因としては、次のような点が挙げられる。
(1)18日のシリアの治安本部での爆発事件によりこの地域の情勢が悪化し、主要産油国であるイラクやイランにも悪影響が及ぶことへの懸念。
(2)イラン核開発阻止への国際圧力が高まる中で、イランがペルシャ湾での国際原油取引を妨害する計画を練っているとの情報が流れていること。
(3)米国が中心となり、9月16〜27日にペルシャ湾で軍事訓練が実施されること(日本の海上自衛隊が参加予定)。
(4)18日にブルガリアで起きたイスラエル人観光客を狙ったバス爆破事件(イスラエル人5人を含む7人が死亡)に関し、イスラエルのネタニヤフ首相がエルサレムでの記者会見で、「イランのテロの手先であるヒズボラが実行した」と述べ、イスラエル・イラン間の緊張が高まっていること。
これらのうち、(2)(3)(4)はイランと直接関係する地政学的リスクである。しかし、(1)は、リスク連鎖の観点で予測されるシナリオであり、実際は原油供給量の減少には直接結びつきにくい。
しかし、中東地域の出来事となるとすぐにエネルギー安全保障と結び付けられ、市場関係者が動くことで原油価格が押し上げられる状況にある。
こうしたことから、以下で、シリア情勢が今後どのようなリスク連鎖を起こす可能性があるのか、もう少し考えてみたい。
現在のシリア情勢は、18日のダマスカスの爆破事件によって一つの転換点を迎えたといってよいだろう。
ヨルダンのアブドゥラ国王も「シリアの政権にとてつもない打撃だ」と述べ「全面的な内戦という最悪のシナリオになりつつある」(18日のCNNテレビとのインタビュー)との発言をしていることから、こうした認識を持っていると思われる。
そして今後、戦闘が激化すればするほど、カーニー米大統領報道官が19日に述べた状況、すなわち「将来のシリアにはアサド大統領が含まれないこと」が「明白」になってきている。
シリア国民会議のアブデルバセット・セイダ議長は18日、政権は数週間あるいは数カ月で崩壊すると予測している。
一方で、ブルッキングズ研究所のドーハ・センターのサルマン・シャイクがAP通信でコメントしているように、政府軍の連携性は維持されており、政権が短期的に崩壊するとは考えにくいとの見方もある。
そこで、注目したいのは、アサド政権を支えていると思われるロシアと中国の対シリア政策である。
両国は7月19日(ニューヨーク、午前)、国連安保理で、この10カ月で3度目となる拒否権を発動し、米・英・仏・独・ポルトガルの5カ国が提案した対シリア決議案を廃案とした(賛成11、棄権2、反対2)。
ロシアと中国の拒否権発動理由は昨日のブログで言及しているのでここでは触れないが、採決を前に、中国の「環球時報」(7月19日付)がシリア問題について次のように報じている。
(1)ロシアと強調した投票行動をとるべき。
(2)シリアの結末が西側の望むとおりになろうとも、中国の行動は間違っていない。
(3)弱小政権(ポスト・アサド後のシリアの新政権を想定していると思われる)が強大な中国を敵とすることはあり得ない。
こうした論調から、中国はシリア問題を、「西側」が自らの国益のために主権国家に国際介入をしようとしているのに対し、自らの「反介入」論は正義であると開発途上国向けアピールの機会ととらえていると推察できる(例えば、18日の中国・アフリカ・フォーラムでの胡首席の発言)。
それはロシアも同様だろう。
したがって、両国は国益が守れるのであれば、バッシャール・アサド大統領がだれに政権の座を移譲しても問題はないと考えているだろう(ロシアのオルロフ駐仏大使が、アサド大統領が政権移譲をめぐる交渉を委ねる代表者を指名したことは同大統領が退陣を受け入れたことになる旨述べた、とフランスのRFIラジオが20日報じている。)。
両国にとってあってはならないことは、「西側の正義」が正当化されることである。
さて、以上の点を踏まえてシリア問題のリスク連鎖を考えてみると、次のようなことがいえるだろう。
国際レベルでは、冷戦時を思い起こさせるイデオロギー的対立が見られているものの、それが代理戦争へと発展する蓋然性はかなり低いといえるだろう。
また国家レベルでは、アサド政権が崩壊した場合でも、周辺諸国で宗派対立(シーア派対スンニー派)、国家間対立(サウジ対イラン)へと直接つながっていく蓋然性も低いと考えられる。
したがって、中期的にエネルギーの需給バランスが大きく変わる状況が生まれるとは考えにくい。
ただし押さえておきたい点は、経済制裁の効果や戦闘・暗殺等でバッシャール・アサドの側近グループが縮小したとしても、自分が属する利益集団を守るために現体制内に残ることしか選択できない人々がいるということだ(例えばシャビーハ)。
そうした人々が、仮に化学兵器などの大量破壊兵器を使って国外でテロ行為を実施した場合、短期的にエネルギー危機が発生するというリスクはある。
なお、日本が、エネルギーの安全保障をこのような中東地域に委ねていることや、他国との送電網やパイプラインがない島国という地理的状況にあるという脆弱性の高さを再度確認しておきたい。
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7月18日(現地時間 午前11時半)に、シリアの首都ダマスカスのラウダ広場にある治安機関本部で爆発事件が起きた。この事件で、シャウカト国防次官(バッシャール・アサド大統領の義兄)とラジハ国防相(キリスト教徒)、トゥルクマニ元国防相(反体制対策責任者)が死亡、シャアール内相、イフティヤル国家治安局長が負傷し、同国の治安部門が大きな人的被害を被った。
この事件に関し、反体制派勢力の「自由シリア軍」は16日から始めた「ダマスカスの火山作戦」の一部であるとの犯行声明を出した。この他に、イスラム旅団も犯行声明を出している。
一方、バッシャール政権は、すぐに国防相にハマ出身のフライジュ参謀長を就任させ、卑劣なテロ行為の犯罪者と戦う旨を表明した。また、オムラン情報相は国営テレビで、この事件の背後にトルコ、カタール、サウジアラビア、イスラエルがいる旨指摘し、報復をほのめかす発言を行っている。以前に、バッシャール大統領自身も、状況次第ではイスラエル、レバノンなどに戦火が拡大すると言及していた。
国連安保理は、シリア情勢について7月20日の国連シリア監視団の活動期限が切れるのを前に大きな課題を突き付けられた形となった。
そこで、以下に、今後のシリア情勢を考える上でのポイントを整理しておく。
1.国際システムと国家、個人
相互依存が強まっている今日の国際社会においては、国際政治学者のケネス・ウォルツが指摘しているように、国際システムが国家、個人の各レベルに制約を与える(アウトサイド・インの方向)状況にある。これはシリアも回避できるものではない。
今年5月、バッシャール政権が国内の旧勢力の均衡に十分配慮した人民議会選挙を実施した。そのことを高く評価する分析も見られるが、同政権のそうした「増分的」政策では、現在シリアの一般市民が被っている人道危機を終わらせることはできない。そうなると、「保護する責任」という連帯意識を生み出した国際システムの制約がシリア政権にのしかかってくる。
2.「反介入」「非介入」という2つの不介入
先のリビアの政変でも問題となったが、例え紛争下で人道危機があったとしても、「保護する責任」(人道的国際介入)をもとに無条件で行動を開始できる権利を国際社会は持ちあわせていない。
ロシアや中国が、紛争当事者間の力のバランスを外部の圧力によって崩すことに反対し「反介入」理論を持ち出す余地がそこにある。こうして両国は、介入目的の正当性、必要性、緊急性、さらには介入結果と目的の整合性の有無の精査を厳しく主張する。
一方、イギリス、フランス、米国は、シリアがイスラエルやレバノンに隣接する国であるという地政学的問題、欧米経済の悪化の状況、フランスと米国の大統領選挙、さらにはシリア政権が保有していると見られる大量破壊兵器の拡散問題、イランの核問題、アラブ諸国の政治変化等の要因に鑑み、国益や国際益の観点から軍事的「非介入」理論の立場をとっている。
クリントン米国務長官の7月16日のイスラエル訪問後に流れた国際報道(*)を見ていると、イギリス、フランス、米国はむしろ、シリア問題を同国内に封じ込めて他国に飛び火させないことに専心しているようにも見える。
今後、国際社会は、アナン国連およびアラブ連盟特使のもとでロシアおよび中国と交渉を重ね、現状と大きなズレが生じはじめている「アナン提案」を修正することで紛争解決の糸口を見出そうとするだろう。今回のシリアでの事件で、その蓋然性が一層高まったといえそうだ。
その際の交渉ポイントは、(1)アサド家を中心とする支配層の身柄の安全、(2)ロシアのシリアでの権益の保証だろう。
3.体制内にある脅威
ナワフ・ファレス駐イラク大使(7月11日)、マナフ・トラス准将の亡命(7月4日)、そして今回の治安機関の爆破事件にみられるように、バッシャール政権への脅威は体制の外部から内部へと及び始めている。
思惑の違う人々の寄せ集めである反政府勢力であるが、これまで以上に、体制内にいる軍やバアス党関係者との関係構築を活発化させると考えられる。その中で、政府・軍要人の暗殺や離反が進む蓋然性は高まっている。
以上の3つのポイントは、バッシャール・アサド政権の退場を予見させるものである。
しかし、残念なことに、ポスト・アサド体制は依然として見えてこない。
現在の一番の課題は、そこにある。サウジとカタールとトルコの今後の動きが一つのカギを握っているといえそうだ。
*イスラエルと米国の高官の協議の場で、米国はイスラエルがシリアの軍事施設を攻撃することを望ましいと思っていないと伝えた旨報じている。
<参考> ブログ「シリア問題に見る政治指導体制」
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