|
今日の中東地域の政治変動を考える時、次の2点の影響を考慮する必要がある。
第1は、2003年のイラクのサッダーム・フセイン体制の崩壊である。このことにより、中東地域内でイランの存在感が強まった。また、中東地域の市民の中に長期政権下でも自分たちの力で政権打倒はできるのではと考える人々が出てきたことである。
第2は、中東諸国と歴史的なグローバル経済とのカップリングが進んだ点である。このことで、政権構造改革で問題を抱えたチュニジア、エジプト、リビア、イエメン、シリアにおいて経済格差、雇用問題が深刻化した。また、これらの中で市民運動によって政権交代がなされた国でも市民の生活環境改善が図られず、政治不安が継続している。
この2つの観点を踏まえて、大規模な市民抗議活動から3月15日で1年が経ったシリアを見ると、1万人に迫る市民の犠牲者を出しているバッシャール・アサド政権の統治が続く蓋然性は、長期的には低いといえる。
しかし、現在のところ、シリアの現政権は同国各地で支持集会を開催し、その存在感を示せている。それは何故だろうか。この疑問に答えるためのヒントは、湾岸戦争後のイラクのサッダーム・フセイン政権の統治(1991〜2003年)に見出すことができる。
この時期、イラクはクウェート侵攻に失敗し、国連の経済制裁下に置かれ、クルド人やシーア派の民衆蜂起も見られた。その難局を、サッダーム・フセインは権力が及ぶ範囲の縮小と、息子のウダイおよびクサイ、そして出身地域であるティクリートの地縁関係による強固な体制作りによって乗り切った。
また、外交的にも孤立化が進む中で、ロシア、中国、フランス等のパイプを活用し、国連の「石油と食糧の交換スキーム」の拡大から実質的に経済制裁緩和を引き出し、支配下の人々への資金物資の配分を遂行していった。そして、イラクという国民国家の中であっても自らの体制に帰属しようとしない人々を切り捨てたのである。例えば、今日、自治区となっているクルド地域である。
こうしたフセイン体制が崩壊の道を歩み始めたのは、大量破壊兵器に関する国連の査察問題に同政権が挑戦し始めてからである。
仮に、フセイン体制がこの査察を受け入れ、大量破壊兵器を持っていないことについて積極的に説明責任を果たしていれば、別の結果になっていただろう。そう分析する根拠は、政権を倒すには国内外の圧力が弱かったからである。国内では、当時イラクで運動を行っていた反体制派は今日のシリア同様に分裂していた。また国際圧力については、ロシア、中国が同政権を支援しており、国連安保理決議で新たな武力容認決議を採択できる状況にはなかった。
つまり、フセイン政権は、大量破壊兵器の査察問題での対応ミスによって軍事力を使っての国際介入を導いてしまい崩壊したといえる(もちろん、イラクへの国際介入の要因について、米国のネオコンの政策への圧力を強調する研究者も少なくない)。
何故ミスをしたのか。有志連合による対イラク武力行使の国際法的根拠は国連決議678号(湾岸戦争停戦に際して採択された武力容認決議)である。その決議は、1991年の停戦後12年の間、履行されていなかったため、何とか切り抜けられると過信したと考えられる。
シリアのアサド政権は、イラクのフセイン政権と(1)バアス党という政治構造、(2)少数派による指導体制、(3)宗派対立や民族対立の存在などの共通点がある。
現在、このアサド政権は、当時のフセイン政権同様に支配領域を縮小し、政権基盤の強化を図ろうとしているのだろうか。また、対外政策として孤立することを回避する外交を行っているのだろうか。
まず、前者の支配領域の縮小はまだ起きていないように見える。ただ、今後、人権保護地域がトルコとの国境付近のシリア領内に設置されるようになれば変化が生まれ、政権からの「切り離し」が進む蓋然性は高い。
また、対外政策については、フセイン政権よりもバッシャール政権の方が有利な国際環境にあるといえる。つまり、ロシア、中国に加えイランとの密接な関係があり、隣国レバノンにはイランの支援を受けているヒズボラが存在し、さらにはイスラエルの隣国であるという地政学的問題もある。
これらの点は、アサド政権の政策の幅を広げる要因となっている。
ここまで、イラクの旧フセイン政権とシリアのアサド政権を比較した。
バッシャール政権が、人権問題についての国際圧力に強硬な抵抗を示さず、憲法改正、国会議員選挙と“民主化”を進めると、イランや北朝鮮と同様に経済制裁下でも体制が維持される蓋然性は高まると考えられる。
こうした状況に変化が生じるとすれば、(1)国際社会が反体制運動の一体化を強く促し、武器支援を行う、または(2)反体制派が分裂しても、市民の自衛を目的に武器供与を行うことが実施された時であろう。
この2つのいずれが起きても、シリアが内戦化する蓋然性は高まる。
これらのことに鑑みれば、シリア問題について、国際社会は人権保護と、内戦や地域紛争に拡大していくリスクをどのようにバランスするかの答えが出せず、イラクのフセイン政権の時と同様に問題解決には長い時間がかかることになると分析できる。
仮にそうなれば、イラク同様に反体制派運動への弾圧が強化され、経済制裁の悪影響により無辜の市民の命が失われ続けるだろう。
また、そうなった時、イラクの時と異なる点は、イラン・シリア同盟がより強固になり、中東地域や国際社会はより大きな火種を抱えることになるという点だろう。
そうだとすると、紛争時における「平和構築」の枠組みに含まれる「平和強制」という軍事力行使と同じような観点に立って、国際社会は国連安保理において、市民保護に限っての武力を容認する議長案をつくり、アサド政権への外交圧力を高めることを検討する時期にきているといえそうだ。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
日本の地方自治は、議会の議員と首長が住民の選挙によって選出される二元代表制が取られている。この制度は相互チェックが機能するという良い面と、議会・首長間の対立が深まると双方ともが自らの正当性を主張するばかりで問題解決が進まなくなるという悪い面がある。
また、首長と議会の間の緊張感がなくなると(所謂なれ合いの状態)、行政官主体の自治が展開されることになる。そうなると、首長や議員は座っているだけということになる。つまり、住民側から「給与泥棒」とのヤジが聞こえてもおかしくない状態だ。
さて先般、本ブログで紹介した日大光が丘病院の問題は、区長、多数の議員のみならず区職員もこの「給与泥棒」と呼ばれてもしかたない状況から、その三者の「責任」が問われる問題へと発展している。
例えば、この4月1日をもって日大光が丘病院から運営を引き継ぐ予定の「地域医療振興協会」が、3月9日現在も当初予定していた医療体制が整わず、救急患者の受け入れや入院重症患者の入院継続に制限を加えることを求め始めている。
こうした事態を受け、「日大光が丘病院の存続を求める区民の会」「光が丘病院の患者の会」や近隣市民の有志が「非常事態宣言」をまとめ発表した。
「非常事態」とはどういう状態なのか。
日大光が丘病院は、東京都指定の第2次救急医療機関(内科、外科、小児科)として東京西北部の救急医療の中核を担っている。具体的な数字を挙げると、年間救急搬送3000人、時間外診療18000人である。同病院の救急搬送のうち1300人が小児科であること、心臓系の高度医療体制を整えていることなどに鑑みれば、今後、都西北部の救急医療に悪影響が出ることは確実である。
全国的に小児科が閉鎖傾向にある中で、同病院の撤退により、子育て世代の若い親たちにとって、またしても不安要素が生まれることになった。
さらに、3.11以降、首都圏直下型地震の確率が高まっているとの指摘がある中、大勢の避難場所となるであろう大きな公園に隣接する地域の中核病院を失ってしまうことにより、住民にとっても大きな不安を抱えることとなった。
安心、安全に子育てができる環境の整備こそ行政が担う大きな責任の1つである。また、自然災害などのリスクを見きわめ、危機管理体制を整えておくことは行政の義務である。
地方自治体がその環境・体制を後退させ、区民のみならず周辺地域にも多大な悪影響を与えることが予想される選択をしたことの責任は重い。
また、区議会の多数派(現在は区長と同じ保守系政党)は、区長および行政官側と同一行動をとっている。その上、後継予定の地域医療振興協会に約5億円を当てる新年度予算案を可決している。
この5億円のおよそ半分は建物の補修費用、残り半分は電子カルテ導入費用である。この電子カルテは同協会の独自システムとなるとのことだが、4月1日の開設時に間に合うよう早急に準備をしておく必要がある。
電子カルテの導入については、9月に新病院の運営者として地域医療振興協会に決定した後の11月の区報で、区長が言及している。練馬区の財政赤字は厳しい状況にある。果たして、電子カルテのシステムの整備は区側が引き受けるべき条件なのだろうか。
区長および区、そして同協会は、おそらく新病院は、医師数が足りず、救急医療機関の指定が取れなくなることは想定内であっただろうとの噂もある。
仮にそうであれば、地域住民の不満や抗議の声が上がることも想定し対策を練っていただろう。またそうであれば、その背景には、どのような苦情が市民から寄せられても、地域医療振興協会側は光が丘に是非とも進出したい、一方、そうさせたいと思う人々がいるのだろう。それは、電子カルテ導入費を区側が負担することや、日大病院がそろえた高度医療器材をそのまま引き渡すという条件から見てもうかがえる。
光が丘地域は高齢化が進み、新病院しか選択できない住民が多い。新病院は、言わば、小さく生んで大きく育てることができるとの穿った見方もある。
以上、区長、区議会議員、そして区の職員が、区民のニーズとかけ離れた観点で政策をとっている事例を紹介した。
このような状況は、練馬区のみではない。
そうした日本の状況を改善するには、市民の政治参加を進めていくしかないように思う。
|
|
東日本大震災から1年を迎えた。町中でも2時46分の黙祷が呼びかけられた。
今後、日本はどうなるのだろうか。そんな思いに駆られては不安を募らせることが多くなった。それは、首都直下型地震をはじめ地殻変動で地震が起きやすくなっているという報道が頻繁に流されるようになったからだろうか。また、3.11の地震の経験や津波の映像のインパクトがあまりにも強かったからかもしれない。
しかし都内で暮らす私には、東北地方をはじめ大規模に被災した地域の方々が受けられた傷の大きさははかりしれない。ただ、3.11後に青森、岩手、宮城で仕事やボランティア活動を行った者の1人として言えることは、目にした空間には映像ではとらえきれない無常感が漂っていたということだ。そして、そこには愛する者を失った人々のやり場のない悲しみや悔しさなどが織り込まれていた。
その空間で感じた、偶然生まれた「逝ってしまった者」と「生き残った者」の、「被災者」と「支援者」の間にある境の越え難い深さも、私の不安を募らせているのかもしれない。
1755年のリスボン大震災後、ヨーロッパでは「神(創造主)の慈悲」に対する疑念の声が上がった。東日本大震災の追悼式典でも、被災され家族を失った方が「神も仏もあるものかと思った」と語っておられた。
その言葉から、「喪失」の衝撃がいかに大きいかを改めて感じた。
人は誰もが死に向かって歩んでおり、死への恐怖から平安を求めて祈ったり、他者と寄り添い合う。しかし、生と死の境を強く認識させられる経験をした人の心には、深い孤独感が生まれるのではないかと思う。そして、その孤独感が時に、他者に近寄り難さを感じさせる。そこから真の自立心が生まれているように思う。
東日本大震災の復旧・復興においてのボランティア活動で、ボタンの掛け違いが指摘されることがあった。
それは時に、支援者の側が、被災者の方々との間に横たわる「境」、被災者の方々の孤独感から生まれる「自立心」に気がつかないことがあるからかもしれない。
先般、「東日本大震災から1年を前にして」をテーマとするシンポジウムでモデレーターを務めた。その折、被災地から離れた地域に暮している者として、今、何ができるでしょうかと質問した。被災地からお越しいただいた講師の答えは、「自分の郷土の文化を大切にし、故郷で人的ネットワークを築いてください」というものだった。
私の質問自体が、支援者の傲りを含んでいたと自戒した。
日本政府が、こうした被災者の方々の自立性を尊重し、特区の設置をはじめ規制を思い切って外した復旧・復興支援をすれば、効果が上がるのではないだろうか。
私たちも、被災者の方々の自立した姿をみながら、自分の人生において、時間や資金をどのように投資するかを自ら選択していく必要があるのではないだろうか。私がこのところ感じている不安は、政府や企業などに頼る気持ちから出てくるものかもしれない。
このように考えると、この国がどうなるかは、一人一人が自立してどう生きるかに関わることではないかと思えてきた。
|
|
臨時増刊号『週刊東洋経済』(2月20日発刊)が「世界の火薬庫になる中東:2012年の5つのポイント」を指摘していた。そのポイントとは、(1)米国はイランを攻撃するか、(2)エジプトの民数革命は第2段階へ、(3)サウジアラビアは生き残れるか、(4)シリアのアサド政権は崩壊するか、(5)米軍撤退後のイラクが政治的に安定するか、というものだ。
どれも興味深い点である。これを少し補足してみよう。
(1)は、イスラエルがイランを攻撃するか、その際、米国はどのようにイスラエル支援を行うかが焦点となる。
(2)は、政変があったチュニジア、エジプト、リビアでトルコ型の世俗的な民主主義が育つかが注目される。
(3)は、バーレーンのシーア派の反体制勢力の抗議活動が再活発化し、サウジ国内の東部州をはじめとするシーア派の人々の抗議活動と連携した動きとなるかが注目点だ。
(4)は、シリアのアサド政権の崩壊がレバノン内戦やアラブ諸国からの対イスラエル攻撃に結び付くかが気になる。
そして(5)については、イラクのみでなくアフガニスタン、パキスタンの政治的安定化に米軍の撤退がどのように影響するかが重要な点である。
このように、1つの課題に地域的関連性を持たせて見ていくと、さらに2012年の中東情勢を見ていく上で深みが出てくるだろう。
また、短期的な時間軸で地域情勢を分析する場合でも、やはり中期的な観点を取り入れて、(1)経済格差の拡大(個人間、国家間、地域間など)、(2)人口動態から見たユース・バルジの存在、(3)ソーシャルメディアの普及状況、(4)教育水準の向上など、社会・経済動向を念頭に置いておくことが大切だ。
社会科学分野では、時間軸と空間軸をどのように組み合わせるかで、現在の状況についての見え方がかなり違ってくる。時間軸を長い歴史の中において、連続性の観点や過去との比較から分析することで新たな面が見えてくることもある。
その一例が、シリアのバッシャール・アサド政権による市民の抗議活動への弾圧は、父親のハーフェズ・アサド氏によるムスリム同胞団の蜂起に対する徹底した弾圧(ハマ事件)を念頭に置いているとの分析である。
時には、現状分析に未来予測を加えることも大切だ。
シリアの例でいえば、バッシャール・アサド政権がこのまま市民への弾圧を続け、抗議活動を鎮圧できたとしても、父親の時代のように「治安国家」として市民をコントロールできる状態に戻れるか、との問いをかけてみる。その答えはおそらく「No」だろう。
それというのも、相互依存度が増加している国際社会において、強まる経済封鎖の中で現在のシリアの体制を維持し続けることは難しいと考えられるからだ。
バッシャール・アサド大統領がこうした点を強く認識するようになれば、現在の市民弾圧政策を変更せざるを得なくなるだろう。その時は、おそらくイエメン型の退陣を選択するのではないだろうか。
そのカギは、たぶん中国が握っている。具体的には中国がシリアの「人道支援」にどう関与するかが1つのポイントだろう。
先に紹介した『週刊東洋経済』で指摘していた5つのポイントもさることながら、私が中東情勢で気に留めている点は、アラブ諸国の市民の「〜への自由」(政治参加や社会参加)を求める社会運動は継続するか、である。未来予測をすれば、答えは「Yes」だと考えている。
アラブ諸国の政治指導者たちは、現在、抗議活動への短期的対策に追われている。そして、雇用政策や教育政策の変更など、自国の若者たちが「希望」を持てる未来を語れていない。何より、抗議活動に参加している若者たちは、もはや現在の政治指導者たちへの信頼感を完全に失っている。
|
|
地球村研究所の新着図書2冊をご紹介します。
|



