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2013年は、アルジェリアでのイスラム過激派のテロ事件ではじまり、エジプトのモルシ政権の崩壊、シリア内戦の継続と軍事介入危機、イランの核開発問題の新展開、そしてレバノン、イラク、アフガニスタン、リビアで続く爆弾テロ事件と中東地域の激震が続く年でした。今年の終わりを迎えても、その揺れの収束は見えていない状況です。それにもかかわらず、ブログの執筆を随分滞らせてしまっていること御詫び申し上げます。
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さて、グローバル化が進む国際社会にあって、人々の生活環境の同質化が進み、ソーシャルメディアの発達がそれに拍車をかけている。特に若者層で意識、行動の類似性が高まっているように思う。
こうした世界潮流の中、中東地域では2010年に拙著『中東を理解する』で指摘したように、その流れに合流することに戸惑っているかに見える出来事が続いている。この現象は、今後数年間は続くのではないだろうか。
そうした懸念を抱いているからか、日本の近未来を考えた時、少なからず不安を覚える。
 
仏教をはじめ東洋思想の研究に多大な業績を残した中村元は、その著書『日本人の思惟方法』に、外来語であった漢字・漢文が日本人の思想形態に及ぼした影響について、次のように記している。
和語(日本の本来の語)は「感性的あるいは感情的な精神作用を示す語彙には豊富であるが、理知的、推理的な能動的思惟の作用を示す語彙が非常にとぼしい。」したがって、「抽象的概念を和語をもってすべて表現することはきわめて困難である。」
そのような和語を用いていた日本で抽象的概念が外から入ってきた場合、どう対処したか。日本では推古朝以来、中国の漢語二字や四字熟語などを当て、さらに近代に入り、西洋の哲学思想の導入においても和語を当てず、漢字を当てた。例えば、reasonVernunftを「理性」と訳した。
つまり、日本人は歴史的に、和語を用いた哲学的思惟訓練の機会を失い、和語による哲学概念を形成することができなかった。
 
さて、安倍晋三首相は靖国神社への参拝後の記者会見で「尊崇」という言葉を使った(その他にも漢字二字の抽象語がちりばめられている)。
多くの日本人は長い歴史の中で、漢語を用いて訳された抽象概念を自分のものとして理解することなく、あいまいなまま慣例的に使用してきたと考えられる。
そうだとすれば、その漢語を含む発言が諸外国の言葉に翻訳された時、どれだけ外国の人びとに、発言者が本来伝えたいことを分かってもらうことができるだろうか。
 
「尊」の文字は「酒を神にささげる様」を示し、そこから「たっとぶ」の意が導かれ、また「崇」は「山」と「宗」から成り、山の高大な様から「あがめる」「たっとぶ」の意が導かれている。
そうなると、安倍首相が語った「尊崇の念」は、戦死者を「神」として捉え、それをあがめるという気持ちを示していると考えられる。確かに、日本には先祖を守護神と考え、あがめる伝統がある。
一方、安倍首相は、戦死者を「神」と考えたわけではなく、国家のために戦い尊い命を失った人々に「感謝」の気持ちを現したのかもしれない。
このようにどちらとも受け取れる「尊崇」という抽象語を用いて国際社会にメッセージを発信したとすれば、とりわけ一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム)の人々には理解しにくい内容になってしまったのではないだろうか。
 
今回の靖国神社訪問に関する一連の安倍首相の言動は、合理性よりも「精神的雰囲気」が勝った意思決定のようにも思える。そうだとすれば、中村元が指摘した、日本人の歴史的な特性の発現である。
しかし、すでに多くのニュースで伝えられているように、合理性の高い社会で育った外国の人々は、戦犯とされた人々も合祀されている宗教施設への参拝は奇異に映る。その結果、海外の政府やマスメディアから「不信感」が伝えられている。
意図的に「尊崇」という言葉を使い、国内に向けては「神をあがめる」気持ちを伝え(それによってナショナリズムを煽り)、国外向けには戦死者への感謝だと伝えたのではとさえ疑われかねない。
 
今日、国際社会では「多文化共生」ということが言われている。また、外交ではソフト・パワーとして自文化の発信力が注目されている。
哲学的思惟訓練の機会を逸してきた日本人が、価値観の「違いを違い」として理解し、合理性を前提に協調・協働するグローバル人材を育てることが、どの程度できるだろうか。
一方、グローバル化の中で、豊富な感性的あるいは感情的な精神作用を持つ和語を用いてきた日本人のものの見方が継承されないということが起きないだろうか。
 
欧米的な合理主義の思考が世界潮流の根底にはある。その流れの中で変化していく社会環境と世界の人々の意識を結ぶ道具として、高度通信・情報技術や高度交通システムが発達してきた。国際法や制度も創生されている。
合理主義的思考が主流ではない異なる文化を持つ国でも、その潮流をうまく利用しているところもある。一方で、潮流と自国文化がぶつかり激しい渦が生じているところもある。
中東のイスラム世界は後者だろう。
また、第2近代化が進んだ国でも、個人化やリスク社会に関する認識が不十分なまま、グローバル化の波を受け続けた場合、個人、企業、国家レベルで、国際レベルの秩序との間の混乱が起きる。
その結果、内集団の狭い価値観では許容されている言動が、国際社会のさまざまな価値観と頻繁に摩擦を起こすことになる。
今年、シリア問題で見せたオバマ大統領の政策決定の過程はその一例といえる。また、今回の安倍首相の靖国神社参拝をめぐる出来事もそうだろう。
 
「国益」の主張が目についた2013年の終わりに、日本人として百八つの鐘の音を聞きながら、シリアをはじめ紛争の中に生きる人々のことを思い浮かべ、欧米的な価値観ともいわれる「人権」について考えたい。
 
オバマ米大統領は910日(日本時間11日午前10時)シリア問題についてホワイトハウスから米国民に向けて説明を行った。その中で同大統領は、サンクトペテルブルグでのG20会議でロシアと協議したシリアの化学兵器を国際管理するとの提案についてシリア政府が前向きに回答してきており、今後、国連安保理での協議で具体化させるとの考えを示した。
この演説で、シリア問題の政治解決にほのかな明かりがともったように見える。
 
そこで、前回99日のブログ「議論が深まらない『保護する責任』」において、安保理決議の内容に言及した上で「速やかに採択すべき」と述べた点について補足したい。
同ブログでは、国際社会がリビアでは文民を保護する目的で国連安保理決議1973号に基づき武力介入を行った事例を参考に、シリア問題でも優先すべきだと述べた。そして、(1)国際刑事裁判所への人権侵害の実態調査の付託、(2)化学兵器の廃棄を求める(3)アサド政権に市民の保護を求めるべきだと述べた。この3点を挙げた理由について簡単に整理しておく。
 
ポイント1: 3回に及ぶ国連安保理決議案の否決
国連安保理において、2011年にはじまったシリア問題に関する決議案が過去3回、否決されている。第1回は2011104日(S/2011/612)で、賛成9、棄権4、ロシアと中国が拒否。第2回は201224日(S/2012/77)で、賛成13、ロシアと中国が拒否。そして第3回は2012719日(S/2012/538)で、賛成11、棄権2、ロシアと中国が拒否である。この3回の採決において、ロシアは決議案がアサド政権打倒に結びつくことへの懸念から、中国は内政不干渉の原則の重視から拒否権を発動し続けた。
この点を踏まえると、「化学兵器の廃棄」「市民の保護」の2点については、ロシアおよび中国との協調が可能だと言えそうである。
現在、フランスが安保理に提示している決議草案は、(1)化学兵器の廃棄(①15日以内の情報公開、②速やかな国連査察団の受け入れ、③国際管理下での施設・危機の解体)、(2)約束不履行時の措置、(3)化学兵器使用者の国際刑事裁判所への訴追が盛り込まれていると報じられている。
ここで問題となるのは、昨日のブログでも触れている国際刑事裁判所の活用である。アサド政権を訴追することは政権打倒と結びつくからである。したがって、この点でロシアは慎重な姿勢を示すと考えられる。
 
ポイント2: 「保護する責任」を打ち出さない理由
「保護する責任」の概念は、1990年以降「破たん国家」が増加し、その中で人権侵害が行われてきたことで考えられた。こうした状況を踏まえ200112月に「介入と国家主権についての国際委員会」(ICISS)が発表した報告を基に国連で議論が積み重ねられた。
そこでは国民を保護する責任は、第一義的にはその国家にあるとされている。そのため、国際社会はその国の保護能力の向上を支援することが期待されている。
リビアの場合、反体制派が形成した政府を国際社会が早期に承認したため、国際支援は「新政府」の保護能力を向上させることに注がれた。しかし、シリア問題では現在のところ、自国民への軍事攻撃を行っているアサド政権を支援するしかないことになる。
また、国連を舞台に協議されてきた「保護する責任」は国連安保理を通じ、国連憲章7章に基づいて集団的行動として実施されることになっている。したがって、シリア問題では、ロシアと中国の拒否的な姿勢が続く限り、「適切な時期」に「断固たる方法」でシリア市民を保護するための決議を通すことは難しい。
 
以上の点から、シリア問題では「保護する責任」ではなく、「化学兵器からの文民保護」の観点から政策が立案されることになる。
ただし、オバマ大統領が言及した1925年のジュネーブ条約は化学兵器の国内使用について厳しく規定したものではないとも言える。したがって、国際規範を犯したとの観点でアサド政権に対応を迫るためには、安保理決議が必要となるだろう。
国際社会はシリアの化学兵器使用疑惑に関し、どうにかシリア、ロシア、そして中国から妥協案を見出せそうな状況になった。
ここを糸口に、シリア問題の政治的解決を導き出せるかどうかの最初のハードルは、安保理決議案の作成である。そのカギは、地域機関であるアラブ連盟との密接な連携が保てるかどうかであろう。
 
国際社会や米国社会では、オバマ米大統領はシリア化学兵器使用疑惑問題で一体何を問いかけているのだろうと思う人もいるだろう。
そうした疑問がわくのもうなずける。
オバマ政権のこれまでの説明では、「人間の尊厳」を訴える一方、化学兵器拡散が及ぼす安全保障上の脅威を説いている。そのことで、聞き手には、対シリア軍事介入の目的は「保護する責任」に基づくシリア市民の人道保護なのか、化学兵器拡散防止の安全保障措置なのかが理解できないのである。
 
政策立案において多くの賛同を得ようとするとき、このような手法はしばしば用いられており、今回のオバマ政権の政策が特殊事例というわけではない。
そうではあるが、今回の政策形成のあり方について、マサチューセッツ大学のチャーリ・カーペンター(Charli Carpenter)准教授(政治学)が次のような指摘を行っている(Foreign Affairs, August 29, 2013)。
カーペンターは介入について、国際規範を支え守るという目的と、民間人を政府の残虐行為から守るという目的では必要とされる介入方法が異なると述べている。また、それに基づく法的根拠の違いについても指摘している。
まず前者、国際規範を破って化学兵器を使用した者に懲罰を科すという観点での介入行動は、(1)誰が化学兵器を使用したかを確認し、(2)公式にその行為を非難し、(3)合法的にペナルティを課す(武器禁輸、経済制裁など)という手順になると述べている。
そして後者の「保護する責任」という原則に基づく介入行動では、(1)市民の殺戮がどのような兵器を用いて行われたか、(2)どれくらいの民間人が犠牲になったか、(3)保護する責任を果たす適切な根拠があるかの検証が必要であり、さらに(1)国際社会の同意、(2)国際法が認める範囲内、(3)可能な限り民間人を保護する方法という行動規制があるとしている。その上で、「保護する責任」では、懲罰的介入と異なり、紛争を終わらせる交渉の開始や兵力引き離しの平和構築の部隊の派遣などに結びつく長期的なコミットメントが必要だと述べている。
こうしたことから、同氏は今回のオバマ政権の介入手段としての「空爆」には問題があり、反対だと結論付けている。
空爆については同氏の他にも、(1)限定攻撃で達成できることは少なく、シリア情勢を悪化させる、(2)周辺諸国を巻き込み地域紛争に拡大する恐れがあるなどの指摘がある。
これらの意見を踏まえると、米国議会のみならず多くの人は武力介入を疑問視するだろう。
 
ここで、オバマ大統領が問いかけたものの1つである「人間の尊厳」について考えてみる。20113月のリビアへの国際介入では、この「人間の尊厳」に焦点が当てられ、国際社会は「保護する責任」を履行した。安全保障決議1973号に基づく行動である。チュニジア、エジプトに続き、リビアでも民主化を求める市民抗議運動が発生したが、カダフィ政権が戦闘機や戦車を使用して自国民を弾圧した。国際社会はそのことで、人道介入の検討を始め、同国の状況を国際刑事裁判所の検察官に付託した。その後、リビア情勢は悪化し、国際社会は文民居住地区を守るためとして「必要なあらゆる措置」を講じる権限を盛り込んだ安保理決議1973号を採択した。そして、反体制勢力の拠点であるベンガジをカダフィ軍が取り囲んだことで国際介入の緊急性、必要性が生じたとしてNATO軍による武力介入が実施された。軍事作戦ではカダフィ軍の主要基地、武器が攻撃対象とされた。
 
この時の国際介入に鑑みれば、アサド政権下で11万人近い死者、および200万人の難民と400万人の国内避難民を出している現在のシリアの人道危機は、化学兵器使用問題に焦点が当たり過ぎているように見える。
今日の国際社会において、ある主権国家に対する内政干渉や武力介入が実施されるのは、内戦などで市民が深刻な被害を受けているとき、その主権国家が被害を回避させたり防止しようとせず、その領域内の人々の「人間の尊厳」が著しく侵害された場合である。そこでは「保護する責任」が内政不干渉の原則に優越して実施されるとされている。その法的根拠は、国連憲法24条、国際人道法、人権諸条約上の義務、そしてこれまでの国際慣行に求められている。
化学兵器という大量破壊兵器の使用は、確かに「人間の尊厳」を無視するものであり許されない行為である。ただし、その行為の犯人探しに時間を費やすことで人道危機を悪化させてはならない。したがって、シリア情勢においても、カダフィ政権同様に、アサド政権が無辜の市民を無差別に殺害するという軍事行動をとっていること自体を焦点化するべきではないだろうか。
こうした観点からすると、国際社会が賛同できる国際刑事裁判所への人権侵害の事態調査の付託、さらに化学兵器の廃棄とアサド政権への市民保護を求める安保理決議を速やかに採択すべきである。仮に、安保理が機能しない場合には、国連の緊急特別総会を開催し武力介入への支持を求める必要があるだろう。化学兵器使用という事態の深刻さに鑑みれば、武力介入への緊急性、必要性はあると言える。だからこそ、シリア市民をしっかりと保護する法手続きを早急に講じ、正当性を得るべきだと考える。
 
シリアに対する軍事行動の問題は、イギリス議会で参加が否決されたこと(829日)、その後、オバマ米大統領が演説で「議会承認」に言及したこと(831日)により状況が変化している。
そこで、注目点について確認した上で、今後のシナリオを修正してみる。
 
<注目点1> 米国議会は軍事行動を認めるか?
現在、オバマ大統領をはじめ米政府関係者の議会への説明が行われているが、米国のマスメディアの分析では、上院では承認されるが、下院での承認は難しいというものが多い。
注目される発言は次のようなものである。
 (1)ジェームズ・インホフ上院議員(共和党、軍事委員会)は、「我が国の軍の力は現在、かなり劣化している」と言及し、予算縮小を進める中での軍事介入は承認されないとの見方を表明。
 (2)ピーター・ギング(共和党、テロ対策・情報小委員会委員長)は、「大統領は主張の根拠を明確にしていない」としながらも、軍事加入を支持。ただ、共和党内の動きに懸念があると語る。
 *(1)、(2)とも91Fox News Sunday
 (3)ランド・ポール上院議員(共和党)は、「上院は通るだろうが、下院は五分五分」として、軍事介入には反対を表明。(91NBCテレビ)
 (4)マイク・ロジャーズ下院議員(共和党、下院情報委員会委員長)は、「これは国家安全保障の問題だ。オバマ大統領と議会の対決でも、共和党と民主党との対決でもない」と述べ、軍事介入を承認する姿勢を示した。(91CNNテレビ)なお、ロジャーズ議員は、米情報機関によると、アサド政権は化学兵器を9回使用していると語っている(英国議会資料では14回使用となっている)。
 (5)なお、マケイン(共和党)、グラム(共和党)、レビン(民主党)のようなタカ派議員やイスラエル友好議員連盟(CIAC)は、軍事行動の効果が不十分である点を指摘し、オバマ大統領の軍事介入のあり方を批判している。
米政府は、来年に中間選挙を控えている議員たちの動向がつかめず、票読みは難しい。
特に、民主党内ではリベラル派の、共和党内ではリバタリアン(小さな政府を目指す自由主義者)の議員の動向の把握が難しい。
<注目点2> 議会の承認が得られなくても軍事介入を実施できるのか?
92日付フィナンシャル・タイムズの社説「シリア情勢で賭けに出たオバマ氏」で言及されているように、オバマ大統領は831日の演説で「I will seek authorization…‥」と述べており、議会の承認を「必要とする」のではなく「要請する」としている。
したがって、オバマ大統領は、1973年成立の戦争権限法に基づいて意思決定ができる(軍事行動開始から48時間以内に議会報告をし、議会は90日以内に承認すればよい)。
なお、議会が軍事行動を否決したものの、大統領が軍事行動を行った事例としては、1999年のクリントン大統領のコソボ空爆がある(上院は承認、下院は否決)。
<注目点3>国防費も歳出削減の対象となっているが、対シリア作戦の戦費に影響があるか?
ゲイリー・ラフィッド元海軍大将(20113月の対リビア攻撃の作戦関係者)は、「長期化しない限り補正予算は必要ない」と述べている。ただし、シリアの防空能力の破壊や飛行禁止区域の設置などの追加措置が生じた場合は、戦費が急激に膨らむ。(9313:41ロイター通信)
このこととも合わせて、議会周辺でも来年度予算案と政府債務上限の引き上げ問題の解決を求める声が出はじめている。
なお、オバマ大統領が議会に求める草案では、軍事行動の期限、攻撃対象地域の限定が明記されておらず、戦費の面からも議案修正が求められる可能性がある。この点について、政府も修正の用意がある旨を表明している。
<注目点4>対シリア軍事介入へのアサド政権の備えは十分か?
バッシャール・アサド大統領はフィガロ紙とのインタビュー(92日付)で、具体的な反撃については言及しなかったが、「火薬庫が爆発すれば、誰もコントロールできなくなり、大混乱と過激主義が広まる。地域戦争の危険がある」と警告した。
シリア側からの報道を整理すると、次の点が注目される。
(1)政府施設の周辺には対空砲を配備。
(2)軍隊は標的となる公算が高い主要基地から避難。
(3)一般市民が攻撃対象を視察、同地域にテントを張って座り込む(人間の盾)。
(4)レバノンのヒズボラが地中海に展開する米艦船を攻撃する。
時間の経過とともに防空体制は整備されており、ロシアの軍事顧問やイランの軍事顧問の存在が注目される。
なお、米軍は地中海東部に5隻の駆逐艦を配備したほか、空母ニミッツと駆逐艦4隻、巡洋艦1隻を紅海に向かわせている。
 
オバマ大統領による議会への軍事介入の承認を要請の前には、第1に議会と世論、第2にG20を舞台とした国際世論、第3に軍事行動の目的と成果の整合性という3つの高いハードルが存在している。
以上のことを踏まえて、今後のシナリオを考えてみる。
 
<今後のシナリオ>
 
1.武力介入がないケース <蓋然性は小>
米議会で草案が否決。オバマ大統領がその結果にしたがい、軍事力行使を断念。
シリア国内では政府軍が攻勢に出る。ただし、反体制派を鎮圧するまでにはいかない。
 
2.武力介入実施のケース
有志連合(米・仏)。(1)米議会の承認あり、(2)米議会の承認なし(上院のみ承認)。
2−(1)のケース: <蓋然性は大>
攻撃期間と対象が米議会により制限されることで、シリア側の被害は小さくなる可能性がある。
作戦目標は、シリア国内に緩衝地帯を設置すること。一方、シリア側はゴラン高原での戦闘、ヒズボラの対米艦船攻撃を行う可能性も生まれる。
なお、議会承認を得たことで、シリアの反撃で戦闘がエスカレートした場合の対応(飛行禁止空域の設置など)や、民間人に被害が出た場合への批判、世論への対応が比較的容易になる。
2−(2)のケース: <蓋然性は中>
シリア軍に対し、空爆という方法で軍関係施設および軍隊に対し一定期間(数週間程度か?)にわたり攻撃を実施。シリア内戦の戦局が変化。最終的にはアサド政権崩壊を目標とする。
 
3.政権交代のシナリオ
(1)バッシャール・アサドの暗殺にともなう政権崩壊。<蓋然性は中>
(2)アサド家とその関係者の国外亡命。<蓋然性は小>
(3)米・ロが共催で国際会議を開催し、アサド大統領の退任後、大統領選挙の実施を決める。<蓋然性は中>
 
米国の外交政策の「形成と実行」について、元米国務長官のジェームズ・ベーカーが次の内容の指摘をしている(『フォーリン・アフェアーズ』200610月号)。
 
外交政策は、「原則」や「価値」を重視する理想主義と、「国益」を重視する現実主義の双方のバランスをとる必要がある。特に「国益」に関わっていない課題への対策について、国内の政治的支持を取り付けるのは難しい。当然、現実主義的配慮も必要になる。
 
この論に基づいて、今回のシリア問題を検討すると、次のようなことが見えてくるのではないか。
まず、「武力介入容認」動議が、英国議会下院において285272で否決されたのは、キャメロン首相がシリアにおける「人道危機」に対して国際規範に基づく行動をとりたいとの理想主義的な主張をしたことが1つの要因だと考えられる。
また、逆にオバマ大統領が「アメリカの核心的な国益」という言葉をインタビュー(828日、米公共放送)で使ったのは、それが国内の支持を取り付けるのに効果的な言葉の1つだと認識しているためだと考えられる。
 
現在の高度情報通信社会では、焦点化されている問題が、多様な価値観や環境にある人々によって異なる関心、優先順位というフィールターを通して発信・受信される。そのため、解決が難しくなる事例が増えているのではないだろうか。
このため、オバマ大統領は、ブッシュ前大統領時代に国益を主張したネオコンの政策とは異なる理想主義を語る一方で、米国内の様々な関心、優先順位をできるだけ同じ方向に向けさせるため、「アメリカの核心的な国益」という言葉を使ったのではないかと考察できる。
 
ここで、シリア問題に関する政策形成について、理想主義と現実主義のそれぞれの観点について検討してみる。
1.政策目的
理想主義は国際公共の観点から、人権保護や国際秩序づくりを重視する。
一方、現実主義は、国益の観点で、安全保障やリスク回避を重視するだろう。
先に挙げた発言のみ取り上げると、前者がキャメロン首相、後者が労働党のミリバンド党首をはじめとする英国下院で反対票を投じた議員たちだと言えるだろう。
2.選択肢とその成果
理想主義の場合、政策を実施することは「象徴」であり、短期的な成果を強くは望まない。
この点、現実主義は政策実施の即効的成果を重視する傾向がある。
今回のシリアでの化学兵器使用について、人道主義的理想主義の政策であれば、懲罰的作戦をとる場合、軍の指令系統や化学兵器使用部隊を対象とした短期間の軍事行動となる。その作戦では、化学兵器の再使用を完全に防止することは出来ないだろう。しかし、米国が国際秩序の観点から語った言葉(例えば「レッドライン」)を、まだ簡単に無視することはできないという国際的認識は深まるだろう。
一方、現実主義は、根本的な解決策として、アサド体制の打倒を視野に入れて同政権の軍事力を徹底的に弱らせ、反体制派を勢いづかせる作戦をとるだろう。それにより、イラン、シリア、レバノンのヒズボラの連帯に楔を打ち込み、中東のパワーバランスを変えようとすると考えられる。その政策においては、イランの核開発の阻止にも役立つことを視野に入れた政策立案が取れる。
 
これらを踏まえれば、今回、シリアへの武力介入を試みようとしているオバマ大統領の政策選択はどちらの傾向が強いのだろうか。
ここで、ベーカー元国務長官の指摘に立ち返って検討すると、オバマ政権は、大義では理想主義を掲げている。しかし、シリアの反応次第では、本格的に空爆により同盟国「イスラエル」の安全保障の確保、およびイランと対立する湾岸アラブ産油国との信頼関係の強化という「国益」をとる余地を残している。
また、経済の回復途上にある米国にとって、原油、天然ガス価格の高騰、株価の下落というリスクと結びつくシリア問題の長期化は、望ましいものではない。このリスクを回避する狙いもあるだろう。
 
1990-91年の湾岸戦争後、ジョージ・HW・ブッシュ大統領とベーカー国務長官は、ロシアと共同でマドリード中東和平会議を開催し、オスロ合意を取り付け、さらにヨルダン・イスラエル平和条約の締結への道を開いた。そして、マドリード会議では、出席しないと思われていたハーフェズ・アサド・シリア大統領(故人、バッシャール・アサド現大統領の父親)も参加した。
こうした先人の知恵に見習えば、オバマ大統領とケリー国務長官は、武力行使を短期間に止め、ロシアとの共同主催によるシリア問題国際会議「ジュネーブ2」の開催を積極的に推し進めるという政策選択も考えられるだろう。
それは、武力では達成できないシリアの平和構築を一歩でも進め、「中東の安定」という米国の「国益」にもかなう政策選択だと言える。
 
以上のことから、G20首脳会議をはじめ、軍事介入を前後しての米国とロシアの外交を注視していきたい。
 

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