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イラクでは、4月23、24日と自爆テロがおき、130人以上の死者が出た。その中、25日、クリントン米国務長官がイラクを電撃訪問した。同長官は、バグダードでイラクのマリキ首相、タラバニ大統領と会談を行った。その翌26日には、残念なことに米軍が民家を急襲した際、男女2人を死亡させる事件が起きた。この件では、イラク政府の一部から地位協定違反だとの非難の声も出ている。

こうした状況下、4月30日にイラク南部のバスラ地区について英軍がイラク側に治安権限を委譲した。これにより、英軍のイラクでの戦闘作戦は終結、6月まで残留する4100人はイラク軍の訓練が目的となる。英国は2003年3月以降、イラクで179人の死者を出した。

2003年、ブレア首相はブッシュ米大統領とともにイラクへの出兵を行い、世論で厳しい非難を浴びた。この時のブレア首相には、大量破壊兵器開発阻止やサッダーム・フセイン独裁政権下の人権問題などを明確に認識し、独自の正義感やグローバル化の中での政治指導者の果たす役割について確固たる信念を持っていたといわれている。

このブレア首相やブッシュ米大統領に対する評価は、本来ならば歴史に委ねられるところだろうが、英国国内では、イラク戦争になぜ英軍が参加しなければならなかったのか、公開調査を求める声も出ている。その背景には、2005年7月7日の英国同時テロをはじめ、英国民の安全を脅威にさらしたことや、イスラム世界での英国の評判の低下などの問題がある。

一方、英国の駐留を受け入れていたイラクのバスラは、失業率が30%に達し、水道、電気、教育、保健衛生などの市民への基本サービスは改善されていない。

世界経済危機の中にある米英にとって、イラクでの利益集団間対立の蓋然性がかつてより低下し、平和構築に明るい見通しが立ち始めた意味は大きい。それが、アフガニスタンに軍事力の軸足を早く移しすぎることで台無しにならないことを願う。

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