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国際原子力機構(IAEA)の時期事務局長選挙では、日本の外務省が懸命に努力をしても必要得票率である3分の2の賛成票をまとめることができなかった。結局、賛成できないのなら棄権をと頼んでようやく3分の2を確保することができ、ポストを得たと報じられている。また、日本はラクイラ・サミットでの2国間首脳会談の予定をほとんど埋めることができなかったとの報道も流れている。

洞爺湖サミットから1年。国際経済危機と国内政治の長引く混迷により、日本はサミット開催国としての役割を果たすことができず、国際的地位を大きく後退させたことは確かである。今回、中国の胡国家主席がサミットを欠席したことが先進国首脳会議に負の影響を与え、開催意義が低下したとのメディアの報道は、そのことを象徴しているようだ。アジアの代表国の選手交替を感じさせる出来事である。日本人として、このような状況をどう考えればよいだろうか。

日本は現在、ソマリア沖およびインド洋で国際貢献に努めており、アフガニスタンでも文民支援を展開している。これらの国際協力についての対外的広報活動は決して十分とは言えないが、これまでの実績は多くの国々から評価されている。また、世界経済危機に対しても、アジア諸国への経済協力を行い国際経済の悪化阻止のために必要な役割を担っている。しかし、国際社会の日本への関心が低下し続け、日本の評価は上がらない。これは、先述したサミット開催国の役割が果たせなかったことが原因なのだろうか。

ここで、やはり気になるのは、少子高齢化社会の到来や教育力の衰退などの問題が起きている日本社会について、与野党ともに今後どのような方向を目指せばよいのかというグランド・デザインを描ききれない“政治の衰退”である。特に、「市場経済を規制せよ」「構造改革は間違いだ」との極端な声が政治家の中で大きくなっていることである。確かにグローバル化にともなう構造改革や規制緩和の実施には負の面もある。しかし、実際には、それぞれの出来事における貪欲さの表面化など“人間の品格”に関わることを要因として問題が生じているのではないだろうか。また、グローバル化に対する施策が未完成であるために生じる弊害もあるだろう。

デビット・スミスが『世界はカーブ化している』で指摘しているように、改革の流れが歪められる(カーブ化する)ことで、社会の不確実性が高まっているとも考えられる。そして、その不確実性の高まりが人々に不信感や将来不安を抱かせるようになっているとも考えられる。日本においては、そうした人々がおかれた状況を改善する施策を生成する力が、政治の側だけでなく国民自身も弱まっているようだ。ますますグローバル化する国際社会の中で、日本国民のこうした不安感や脆弱性が、日本という国に対する国際評価に目に見えない形で反映しているとは言えないだろうか。

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