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8月20日、アフガニスタンで大統領選挙と地方議会選挙が実施された。25日に暫定結果が発表されることになっている。ここに至るまでの犠牲は多く、平和定着の難しさを感じる。日本でも衆議院選挙が近づいている。そこで選挙について考えてみたい。 民主主義において選挙は民意が反映できる重要な仕組みである。では、その民意は「正しい」選択をするのだろうか。 多くの市民は国政レベルに関しては専門的知識を有していない。また選択に当たっては身近な問題についての利益を優先的に考慮することが多いだろう。極端な例としては、票をお金で買う行為である。これは今回のアフガニスタンの選挙でも起きたとの報道があった。その行為をすることが「正義」に反するとは思わない人々がいるということだろう。 このように、選挙権を持つ「個人」が生きてきた文化的意味体系(死生観、道徳観などの価値体系)によって左右される。したがって、これが「正しい選挙」だとか、これは「正しい民主主義」だという唯一のモデルは現実レベルではありえないのではないだろうか。むしろ各国、各地の文化にあった方法で民意を政策に反映した方がよいように思う。例えばサウジアラビアで実施している「マジュリス」は、多数決でなく地域の合意を政策に反映させている。 選挙は、統治における正当性を与える1つの方法であって目的ではない。そこで重要なことは「公平性」の確保である。今回のアフガニスタンの選挙の場合、タリバンの妨害行為により投票ができなかった地域が出ている。また治安確保のために10万人以上の軍を展開し、外出制限や通行制限を実施した選挙である。これがアフガニスタンの現在の状況である。イラクの選挙でも同様に治安確保のために多くの制限を行った。しかし、アフガニスタンとの違いがある。それは、有権者が受けてきた教育の違いに関係している。 アフガニスタンの再建には、長年にわたる部族社会に根付いた集団の慣習から子供たちや女性、そして男性たちが抜け出し「参加」していくことが必要である。そしてそのためには教育が重要となる。今回、2人の女性が大統領に立候補し、選挙を戦った。アフガニスタンにも変化の風が吹きつつある。 先進国といわれ、高い教育水準を誇ってきた日本において、一票の格差が2倍以上もある選挙制度が修正されることなく続いている。そして、優先順位や実施方法が明示できないマニフェスト選挙、さらには歴史的転換点であるといわれている現在においてさえ長期的国家ビジョンを語れない政党選挙が繰り広げられている。公平性の高い民主主義に向けて改善を重ねるには、教育の量だけでなく質を高めることも必要なのだろう。
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2009年08月23日
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