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公共選択理論で有名なノーベル賞受賞者ジェームズ・ブキャナン教授は、多様な価値を有する国民が行う社会の基本ルール(憲法や税制改革など)の選択は「数の問題(多数決)」ではなく「価値の問題」であると述べている。したがって、その選択は、全員一致に近い仕方で行われるべきだとしている。
ただし、その方法をとることが現実的に難しい状況にあるならば、いくつかの基本ルールの改正をパッケージにしたり、長期的効力を持つ規定にして、各人が利害を推し量り難い形に変えて合意形成を図る努力をすべきだと補足している。
このことを踏まえて考えれば、参議院選挙でも話題となった日本の税制改革はどうあるべきなのだろうか。
現在の財政状況で、景気対策のために国債を発行すべきなのだろうか。また、民主党の衆議院選挙でのマニフェスト(約16兆円)を実施する必要があるのだろうか。民主党議員の中には、マニフェストの実行について、予算の組み替え、埋蔵金の活用、財政投融資の仕分けなどを行えば、可能だと語る人もいる。しかし、恒久財源への言及はない。
問題となるのは、選挙で多数をとったのだから、国民全員に大きく関わる基本ルールでも、与党が数の理論で決めてよいという考え方である。
ブキャナンに代表されるアメリカ的政治理論では、少なくとも、国民から意思を負託された議員が全員一致に近い状況になるよう公議し、基本ルール内容の改正をはかることが求められる。
また、イギリスに目を転じれば、現在のキャメロン首相は財政削減政策について、タウンミーティングを続けている。
国民生活にとって重要なルールの変更は、政党間で合意できそうにないと思われる課題であっても、合意を目指して動くことが大切である。ましてや、党内での合意形成努力は当然といえるだろう。
政治は「数」や「結果責任」よりも、「合意を求める努力」と「その行為が何のために行われるのか」が重要だと考える。
ここ数日、さまざまな政治家がテレビ番組に出演し、発言している姿を見ていると、政治家本来のあるべき資質に欠けているのではと首を傾げたくなる人物もいる。
国会議員1人1人が年に1度、自らの政治活動について自己評価を作成してもらい、さらにそれを中立的な第三者が評価し、公表してはどうだろう。
政治家主導の改革を掲げるのであれば、議員自らも襟を正して、評価システムの構築に取り組むべきである。
それが国会改革の第一歩となるだろうし、その延長として、日本の政治文化の向上もあるのではないだろうか。
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