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6月2日、スーダンでは南部の独立が近づく中、北部のバシール政権との間の係争地であるアビエイ地区で、北部軍の進行により100人近くの市民が殺害された。
また、パキスタンの北西部カイバル・パクトゥンクワ州のアッパー・ティール地区で、アフガニスタンから越境してきた武装集団に警察が襲撃され、治安部隊28人、市民6人が殺害された(6月3日付AFP)。
尊い人命が政治の犠牲になる現実がそこにある。
そしてシリアでも、その現実が繰り広げられている。
6月3日シリア各地で、13歳のハムザ・ハティーブ君がシリア当局の拷問で死に至ったことへの抗議として、「子供の金曜日」と名付けられた市民抗議活動が展開された。
今回の抗議活動は大規模なものとなり、同日の死者は70人に達した。
翌4日には、前日の犠牲者となった人々の葬儀が行われ(ハマー市では10万人が参列)、再び治安部隊と武力衝突し、48人の犠牲者が出た。
市民の抗議活動と葬儀が連動し政変を生んだ例としてはイラン革命が挙げられる。この時も、1978〜79年にかけて同様の過程が踏まれて革命に至った。当時、パーレビ政権を支えていた秘密警察「サバク」も市民に対し強い監視力を持っていたが、体制は崩壊した。
果たして、バッシャール・アサド政権下の治安機関(17の機関がある)や、軍(特に大統領の弟マヘル率いるアラウィー派のみからなる第4師団)が市民活動を抑えきれるだろうか。
シリアの市民抗議活動は、政権側が5月31日に恩赦を発表した段階では鎮静化するかに見えていた。一部では、バッシャール・アサド大統領は「勝利宣言」を用意しているとの情報もささやかれていた。
しかし、ハムザ・ハティーフ君(ダルアー出身)の遺体の映像が動画サイトのユーチューブに投降され、フェースブックにハムザ君の追悼ページが立ち上がったことで、新たな局面を迎えた。
そのポイントは、(1)アサド大統領に対する批判への共感者の増大、(2)国連事務総長や国連児童基金(こどもの死者30人以上)が市民の犠牲者数に言及、(3)トルコの南部アンタリヤでシリアの反体制派会合が開催(5月2日、なお4日にもブリュッセルでヨーロッパ在住のシリア反体制運動家の会合が開催)、(4)シリア国内のインターネット上で公然とレバノンのヒズブッラーの指導者ナスラッラー師への批判がなされる、などが挙げられる。
この中で、特に注目すべきは(3)のアンタリヤでの「シリア変革会合」である。
この会合は、バッシャール・アサド政権が政治犯の恩赦(6月1日には実際に数百名の政治犯を釈放)や「国民対話」のための委員会設置(4日にシャルア副大統領が議長となり開催)を公表した後に開催の運びとなった。開催目的は、バッシャール・アサド大統領の即時辞任の要求確認に加え、同政権打倒後の政治体制を協議することであった。
同会合について6月3日付アル・ハヤート紙は、(1)抗議行動のみに焦点をあてる者、(2)体制打倒に備えた準備(過渡期)を進めたい者、(3)新国家の形態についてのビジョンを示そうとする者などの思惑が錯綜し、声明作りは難しかったことを紹介している。また、国家のあり方の基本となる政教分離問題では意見調整がつかず、声明では言及されていないとも報じている(一部ではムスリム同胞団からの参加者が政教分離で妥協したとの情報も流れている)。
この会合後、31名からなる「国民委員会」が選出され、「シリアの解放の行程表作成」などに当たることになった。
また、同会合参加者は、多民族(アラブ人、クルド人、アッシリア人、チェルケス人、アルメニア人)からなるシリアの国土の統一性や対等な法的権利の保障、さらには外国勢力の介入拒否を確認したとの報道もある。
ここで、目を外に転じてみよう。
会合の開催地となったトルコ、イランのシリアへの関与を警戒するサウジアラビアと、シリアの反体制派との関係はどのようなものだろうか。
また、会合ではシリアのムスリム同胞団の指導部メンバーのダルービー氏が演説を行っている。そのことと、6月3日にシリアのハマー(1982年にムスリム同胞団による蜂起があり、大量の犠牲者が出た地)で、数万人規模のデモが実施されたこととは関係しているのだろうか。
さらに、欧米諸国、特に米国の関与はどうだろうか。
これらの疑問と関係するのはイスラエルの存在である。
6月2日、クリントン米国務長官がアサド政権に対して、「正当性はゼロではないにせよ尽きかけている」と述べる一方、国際社会による対シリア圧力の足並みは、リビア問題程にはそろっていないと認めている。
どうやら、米国は対シリア政策も、対リビア政策同様に協調主義を取ろうとしているように見える。むしろ、オバマ政権は、中東地域の諸問題については、東地中海地域ではトルコ、湾岸地域ではサウジアラビアを中心に解決をはかればよいとの考えを持っているのではないだろうか。
言い換えれば、先のオバマ大統領の新たな中東政策の発表からもわかるように、現在の中東の政治変化を前に、米国は自らが関与できる有効な政策を立案しあぐねている。
例えば、シリアとイランがイスラエルの建国記念日(5月14日)の時のように、イスラエル占領地や各国のパレスチナ難民の抗議活動の扇動を再び行うと、イスラエルを取り巻く国際環境における緊張感は高まる。
実際、本日(6月5日)、1967年の6日戦争(6月5〜10日)開始日の挑発行為として、イスラエル・シリア国境にパレスチナ人が集まり始めており、シリアのテレビではイスラエル軍により2人の死者が出たと報じている。
つまり、シリアの国内情勢の悪化がイスラエルを絡めた国際紛争に転嫁される懸念がある。
シリア国内でイランの支援を受けるヒズボラのナスラッラー師への批判が高まっていることも、この関連で理解できる。
このことに鑑みれば、国際社会はエジプトでの政変時と同様に、(1)バッシャール大統領の退任(副大統領への権限移譲)、(2)憲法作成の暫定議会選出、(3)国会議員、大統領選挙実施という民主化プロセスを実現すべく働きかけることをはじめる時期がきたようである。
そのシリアへの働きかけに関し、現在、日本の外交関係者には適任者がそろっている。しかし、今の菅政権を取り巻く国内政治環境に鑑みれば、国際的役割を果たそうとする余裕はないかもしれない。
東日本大震災で多くの犠牲者を出し、国際社会から多くの支援を受けている日本だからこそ、国境を越えて、人命尊重のために動くべきだと思うのだが。
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