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ロシアのプーチン大統領はウクライナでの体制変革の正当性を否定し、ロシア系住民の保護と国益を守るという目的で、ウクライナのクリミア自治共和国への介入を行った。ロシアは国連安保理において、この対外行動は「ヤヌコビッチ・ウクライナ大統領」の要請に応えたものだと説明している。
また、クリミア自治共和国の議会は36日、ロシアへの帰属を決議し、316日には住民投票を行うこととなった。これを受け、ロシアも国家安全保障会議で帰属受入れの方針を確認している。
今回のロシアのクリミア介入の影響で、33日の国際金融市場は株安、新興国の国債安となった。ロシアの株と国債も下落し、ルーブルの対ドル価格は大幅安となった。そして36日には、米国が対ロシア経済制裁(ビザの発給制限、ウクライナへの介入に関係する人物の米国への渡航禁止と米国内の資産凍結)を発動した。EUも首脳会議で、外交が進展しない場合、米国同様の経済制裁を検討することとしている。
プラグマティックな政治家と呼ばれるプーチン大統領が、これらのデメリットを考慮せずに対外行動を選択したとは考えにくく、国際批判を浴びてでも得たいものがあったと考えるべきだろう。それは、2015年に予定されているユーラシア連合を成功裏に結成させることではないだろうか。
このロシアの対外行動にいち早く対応した1人が、国内外で外交手腕が高く評価されているトルコのダウトオール外相であった。
以下では、ソ連のアフガニスタン侵攻なども参考に、ウクライナ情勢から見えた国際社会の動向について考えてみる。
 
●ダウトオール外相の動き
ロシア軍がクリミア自治共和国に入り、シンフェローポリ国際空港を確保したとの一報を、ダウトオール外相が受けたのはブルガリアを公式訪問中のことであった。トルコのHurriyet紙によると、31日にはダウトオール外相は予定を変更し、ウクライナの首都キエフを訪問、トゥルチノフ大統領代行、ヤシェニュク首相と会談した。さらに、クリミア・タタール民族大会の元議長であるクルムオール国会議員とも協議を行っている。そして、ダウトオール外相は記者会見で、ウクライナの領土の一体性とクリミアのタタール人が平穏な生活を送る権利があることを強調した。なお、クリミア・タタール人はスンニー派ムスリムで言語はチュルク語で、クリミアの人口の1220%程度を占める。
その後、同外相は、ケリー米国務長官やシュタインマイヤー・ドイツ外相と電話会談を行っている。
こうしたトルコの外交は、クリミアの分離独立やロシアへの帰属を視野に入れたものであろう。それは帝政ロシアの南下政策と向き合ったオスマン帝国時代の歴史に学んだものだといえる。
 
●ソ連のアフガニスタン侵攻との違い
1979年のソ連のアフガニスタン侵攻は、共産勢力とイスラム勢力の間でアフガンの体制が揺れる中、共産党勢力のカルマル政権の要請により実施された。今回の介入と同様、ソ連は「要請」に基づいていることを正当性の根拠とした。
しかし、二つの介入には異なる点がある。例えば、軍事的行動を行っているのは「国籍不明の自衛部隊」だとされている点、クリミア議会や住人投票という民主的手続きを用いている点などが挙げられる。また、国際社会も、介入を政治分野の問題に限定し、できるだけスポーツや経済など他の分野にまで対立を広げないよう努めている点もアフガン侵攻時とは異なる。
その背景には冷戦が終焉したことと、それに伴う経済制度の共通化などにより各国間の相互依存度が高まっていることがある。これはロシア側から見れば、天然ガスや鉱物資源がこれまで以上に外交カードとして使える環境だといえる。
しかし、強いロシアの復活を目指しているプーチン大統領にとっては、この有効なカード以上のものが必要である。それというのも、ロシアの西側ではEUが東方に拡大しており、東側ではTPP交渉が進められているという環境変化があるからである。こうした欧米の動きに対抗しうるものとして、プーチン大統領は、独立国家共同体(CIS)の足場を固め、上海経済機構との結びつきを視野に入れたユーラシア連合という経済圏構想を描いていると考えられる。
米国の国際関係の研究者ケント・E・カルダーは『新大陸主義』(杉田弘毅監訳)で、エネルギーや地政学の観点でユーラシアの発展を捉え、21世紀のユーラシア外交の重要性について指摘している。この見方を参照すると、今回のプーチンの動きの目的は、ウクライナのEUおよびNATOへの接近を阻止することに止まらないことが見えてくる。つまり、ウクライナへの介入は、エネルギー・鉱物資源を国家の管理下で戦略的に使い大国ロシアを復活させるための1つのプロセスだといえるのではないだろうか。
 
●未承認国家問題
国際社会が抱える難問の一つに「未承認国家」への対応がある。この問題は、今回のウクライナでも見られるように「領土保全」と「民族自決権」という二つの国際原則が絡む場合は現国境の保持(領土保全)が優先されてきたことが要因となっている。
この暗黙の了解を変えたのが、EUと米国による20082月のセルビア共和国からのコソヴォ独立の承認である。当時ロシアはこれに強く反発した。
20088月、立場が逆転した出来事が起きた。ロシアが、アブハジア自治共和国と南オセチア自治共和国のグルジアからの独立を支援したのである。それは冷戦の再開を想起させた。
今後、ウクライナ問題でクリミア自治共和国に続き、親ロシア住民地域で独立やロシアへの帰属が表明される蓋然性は高まっている。しかし、ソ連のアフガン侵攻時に国家安全保障問題担当大統領補佐官だったブレジンスキー(米国の政治学者)が、西側陣営の一体化を説くために用いた「ドミノ理論」におけるロシア脅威論が巻き起こる事態にはならないのではないだろうか。
国際社会は、冷戦終焉後、アメリカの一国主義外交期を経て多極化外交期に入っている。今回、EU首脳会議でのロシアへの対応が、穏健路線と強硬路線とに割れたこともそれを裏付けている。つまり、国際秩序づくりが難しい時代に入っているといえるだろう。
プーチン大統領は、外交戦術として、そこを衝いてきているといえる。
では、今後、ウクライナ問題はどうなるのだろうか。
 
●ウクライナとロシア
ウクライナはソ連崩壊時に、ロシア、ベラルーシとともに独立国家共同体(CIS)の創立を宣言した国である。その後12カ国にまで拡大しCISは、親ロシア派の関税同盟グループと反ロシアのGUAM(グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバ)とに大別される。
これまで見てきたように、経済ファーストの政策をとるプーチン大統領は、対ウクライナ政策で債務の支払要求や天然ガス代金の値上げ、ウクライナの生産物の輸入禁止などの経済圧力と、ウクライナ国内の新ロシア住民を煽っての市民抗議行動で揺さぶりをかけ続けるだろう。
ウクライナは、自国のエネルギー安全保障の確保をはじめ経済力、軍事力の面でEUNATOへの加入レベルに達していない。このため、EUは東方パートナーシップ(連合協定)によって、経済的・政治的影響力を広げようとしてきた。しかし、この連合協定はロシアの圧力で、201211月に調印が停止した。
仮にクリミア自治共和国のロシアへの帰属が現実のものとなると、1997年にロシア・ウクライナ間で調印された「友好・協力・パートナーシップ条約」(両国の領土の一体性、国境不可侵、内政不干渉を明記)や、ロシアの黒海艦隊の駐留条件をまとめた諸協定(ウクライナ法令遵守、基地賃借料、環境破壊保障費など)が効力を失うことも考えられる。
現在、ウクライナ暫定政府は「領土保全」の立場で、国境変更の国民投票はウクライナ全国民によるものでない限り無効であると主張している。しかし、ロシアは国籍不明の部隊を撤退させ、セヴァストポリ基地の駐留ロシア軍をベースにクリミアの事実上の支配を続けるだろう。そして、プーチン政権は国際的外交圧力をかわしつつ、基地賃借料や環境破壊保障費は支払わないまま、天然ガス使用料を暫定政府に要求し続け、EUと米国がウクライナへの経済的支援を続けられない状況をつくっていくだろう。こうした一連の戦術は、ウクライナをユーラシア連合に加盟させるという戦略のもとで行われると考えられる。
 
●ウクライナ問題の波紋
トルコのダウトオール外相の敏速なキエフ訪問は、必然性の高いものだったといえる。それは、(1)ボスポラス海峡を有するトルコがロシアの黒海艦隊の展開に大きな影響力を持っている点、(2)クリミアのタタール人の保護の問題、(3)クルド民族の未承認国家問題などトルコ自身の関心事項が多いことが理由である。
また、国際環境の面から見ても、オバマ政権がアラブ諸国で見られた政変(通称「アラブの春」)、シリア内戦、イラン核問題などの政策で失敗し、米国の国際的信用が失墜しているという状況にある。つまり、欧米との調整よりもまず自身の判断でこの問題に対応する必要性がある。
一方、ロシアは1990年代後半から中国、インドとの連携を強め、20035月の中ロ首脳会談の共同声明で米国の一国主義的な外交を批判し、反米的姿勢を強めてきた。そして、シリア問題で見られたように、中国が国連安保理でロシアとの協調姿勢をとることで国連のもとでの国際秩序づくりが難しくなっている。
こうした状況下、トルコの政権の担い手は、国益、市民からの民主化・自由化圧力を睨みつつ、どのように国際協調を行っていくか難しい選択に迫られている。これは、他の中東諸国も同様である。
1のハードルは、対ロシア経済制裁だろう。
今回の問題は、オバマ政権が外交をアジアに「ピボット」させると表明する中で起きている。EUや中東の親米政権にとっては特に、短期的視野での安全保障政策を含む米国関係と、長期的視野でのユーラシアを一体とする経済圏構想への係わりをどうバランスさせるかの分岐点になるかもしれない。
日本の対外政策においても、単に米国との政策協調やロシアとの領土問題を配慮したものではなく、中・ロが手を結んだユーラシア連合の形成を見据え、中・長期的戦略のもとで政策形成がなされることが望まれる。

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