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7月15日、トルコのユルドゥルム首相は民放テレビで「軍の一部の集団に不法行為があった」と述べ、政権は治安部隊を動員して事態の掌握に動くとした。
この軍の一部の集団は、トルコ国営メディアTRTを占拠し、声明を流した。
動機については「民主主義が現在の政権によって蝕まれた」として「新しい憲法を準備する」と説明した。
今回の軍の一部が起こした軍事クーデタは、過去にトルコで起きたものとは異なり、(1)高位の軍人が参加しておらず、(2)参加した兵員数が少なく、(3)与党である公正発展党(AKP)の支持者が街頭に繰り出したことなどから短期間で終息した。
ロイター通信、AFP通信などによると、この事件での逮捕者は1563人で、将軍クラスから5人、佐官クラスから29人がポストを退いたとも伝えられている(逮捕者は2800人以上とも)。
また、ユルドゥルム首相によると、トルコ全土で死者161人、負傷者1440人の被害者が出ている。
事態は終息したが、クーデタが起こされる要因について、改めて国内外で認識されることとなった。
以下に、エルドアン政権への批判や懸念をまとめた。
<内政>
1 シリア人難民のトルコ国籍付与(7月2日のエルドアン大統領の発言)に対する批判
2 国会議員の不逮捕特権はく奪に対する批判
3 国会で各党が発議した議案の審議時間を削減する動き(国会内規の改正)
4 「イスラム国」(IS)、クルド労働者党(PKK)、左派勢力による多発するテロを防げないことに対する不満
<外交>
1 ロシア、イスラエルとの関係正常化に対する批判
2 対シリア関係見直しの動きに対する批判(サウジアラビア、カタールからも批判)
<経済>
1 年間インフレ率が5月は6.5%、6月は7.6%に上昇していることへの懸念
2 イスタンブール住宅価格上昇していることへの懸念
3 シリア人への労働許可証発行数の増加への懸念
4 観光収入の低下(対前年比23%)への懸念
上記のような政治状況となった原因の一つには、AKP内の中央決定運営委員会(MKYK)が2015年9月の党大会からエルドアンは一色となり、政党結成以来の重鎮が党運営から遠ざけられたたことがあるとみることも可能だろう。
2016年2月にHurriyet紙は、AKP分裂による新党結成の動きがあるとも報じている(ギュル前大統領、ババジャン元経済相などの動きに注目)。
そして5月には、「党の決定・執行委員会」により党首(当時はダヴトオール首相)の地方組織の任命権はく奪問題が起き、同首相が辞任するきっかけとなった。
治安問題(ISやPKKなどによるテロ事件)、外交的孤立傾向、経済の後退の兆し、シリア難民の拡大(約300万人)など、国民の中に不安や不満を抱く者が出ているといわれている。
今回、多数の現政権支持者が街頭でクーデタの阻止に動いたことが報じられているが、国民生活と政策が乖離しつつあるとの見方もある。
このような潜在的な社会状況がある中、軍の一部が、大統領権限が強まる政治に危機感を抱いたと考えられる。
エルドアン政権は今回の事件の背後にギュレン運動があると述べている。
現在のところ、その真相を検証することはできない。
しかし、エルドアン政権と同運動は、2013年12月に閣僚数人が辞任に至った汚職事件以来、対立を深めている。
そして、同政権はギュレン教団への経済犯罪に関する捜査や、同教団に関係する組織と見られる「影の国家機構」への捜査を通し、解体圧力を強めている。
そのことに鑑みれば、野党が反対した教育財団法案の国会承認(6月)をきっかけに、ギュレン運動関係者がエルドアン政権打倒に動いた可能性がないわけではない(ギュレン氏自身は否定)。
一方、今回のクーデタ未遂事件は、エルドアン政権が親族や親しい仲間を権力の中枢に据えて権力強化を図ったことで社会統合が低下している査証との見方もできる。
また、トルコ市民は難民の流入、テロの恐怖、経済の後退への懸念という新しい状況がもたらす生活の負担に耐えられなくなりつつあり、従来の法律や制度への信頼感を失いつつあるのではないかとみることも可能だろう。
死刑制度の復活も検討されていると伝えられている。
多様な考え方や生活のあり方に寛容な社会をつくるのではなく、強権的な政策を進めることでトルコ社会が抱えている諸問題を解決し、市民の不安や不満を解消することができるのか。
国内の亀裂が大きくなれば、トルコの政治は再び大きく揺らぐ蓋然性は高いといえるだろう。
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7月14日、フランス南部のニースでトラックを約2kmにわたり暴走させ、多数を殺害、負傷させた事件が発生した。
現在のところ、死者84人、負傷者100人以上(うち重体18人)と報じられている。
トラックを運転していた人物は警察と銃撃戦となり射殺された。
翌15日、パルス首相は事件を「テロ」と断定し、犯人の動機、背後関係など事件解明に全力を挙げると述べた。
15日(日本時間21時)現在、犯行声明は出されていないと伝えられている。
1 なぜ今か
(1)7月14日は1789年に起きたフランス革命記念日で、各地は祝賀ムードであった。
(2)オランド政権が今月末を持って非常事態宣言を解除すると表明した。
(3)サッカーのヨーロッパ選手権(ユーロカップ)が7月10日に終了し、警察官およそ10万人を動員していた厳格な警備体制が緩んでいた。
(4)夏期休暇(バカンス)シーズンに入っていた。
2 なぜニースか
(1)世界的に人気のある保養地である(年間の観光客数およそ400万人)。
(2)高級ホテル、飲食店が立ち並ぶ通り「プロムナード・デザングレ」(英国人の遊歩道の意)。
(3)花火大会に多くの市民や観光客が集まっていた。
(4)犯人はニース在住者である。
3 犯人像と手口
(1)フランスとチュニジアの二重国籍保有者(犯行に使われたトラックから身分証が発見され、指紋で確認された)。
(2)犯人は1985年生まれの31歳で、窃盗・暴力行為で逮捕歴があるものの、情報機関の監視対象者ではなかった。
(3)犯行に使用されたトラックは現場近くでレンタルした車であり、大掛かりな準備や資金がなくとも実行が可能であった(単独犯の可能性もある)。
(4)ソフトターゲットを狙った意図的な行動。
4 コメント
犯行の動機や組織性は捜査中であり、現在のところ不明である。
類似した犯行としては、米国のフロリダでの銃乱射事件がある。
フロリダでの事件では、オマル・マディー容疑者がフェイスブックに「ISへの空爆に対する復讐」と動機を書き込んでいる。
この事件ではオバマ政権がISとの関係性を否定したこともあり、犯人は「ISのプロパガンダへの共感者」であると解説されている。
今回の事件も同様にISへの共感者であるとも考えられる。
その一方、オマル・マディー容疑者の動機は、ISに対する空爆に巻き込まれた一般のイスラム教徒の死への復讐であると考えることもできる。
仮にそうであれば、ISに共感したというよりも、同胞愛に基づく「怒り」が見えてくる(このケースではイスラム共同体の成員として)。
警官の黒人への暴力に対する復讐と同じ構図といえる。
その場合、イスラム過激思想に強く染まっていなくとも犯行に及ぶ可能性があり、厳戒態勢を敷いたとしても犯行を防ぐことが難しいといえる。
これまで、イスラム過激思想に多くの注意が向けられてきたが、改めて、犯人を取り巻く社会環境をより丁寧に分析する必要があるだろう。
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