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米国と北朝鮮の国益をかけた厳しい外交が展開されている現在、「国民国家」とは何か、「国益」とは何かについて、言葉と概念を問い直すときにきているように思います。
一連の報道の中の政治指導者たちが語る言葉からは、その問いの答えを見つけ出せそうにありません。
彼らの発言を聞いても、生きていることの苦しみを抱え、それぞれの場所で「今、この時」を懸命に生きている人々(自国民も含めた人々)に思いを寄せて、対等な立場で対外政策立案をしているようには感じられないのです。
そうした心のもやもやを抱えながら、本日からトルコとカタールに行ってまいります。
今、この時も、ロヒンギャの人びとは命を懸けた移動に迫られています。
アフリカ大陸からも生活の困苦から逃れるために危険を冒して海を渡る人々が絶えません。
政治指導者たちが「仮の危機」に「仮の議論」を重ね、人びとの不安感を高める一方で、多くの人びとの「死」の事実への対応が遅れています。
対立よりも協力が、断絶よりもコミュニケーションが求められる時ではないでしょうか。
トルコとカタールでは、対立の中でほんろうされる社会に生きる人々の姿をしっかり見てきたいと思います。
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